無雑作に振り上げられた金槌が無雑作に振り下ろされる度、耳を塞ぎたくなるような破壊音が部屋に響いた。それが十分も続けば金槌の標的は粉々に砕けて原形もわからなくなる。
指先で拾うことさえ困難な赤い石の欠片を前に、金槌を振り下ろしていた錬金術師は首を傾けた。こんなものだろうかと、一つ一つの欠片に向けられた双眸が細められる。
開けっ放しの窓から流れ込む微風が、まるで急かすように錬金術師の頬を撫でた。
「……」
ガシガシと乱暴に頭を掻いて、錬金術師は欠片の半分を両手で掬う。そして量りもせず火にかけたジャム瓶に放り込んだ後は、気を失うようにベッドへ倒れこんだ。
約三日振りの睡眠は、二時間足らずで終了する。
何の予備動作もなく、錬金術師はのそりと体を起こした。好き勝手な方向に伸びる濃灰の髪を混ぜ返しながら、寝ぼけ眼を彷徨わせ、くあ、と欠伸を一つ。視線はやがて机の上のジャム瓶に落ち着いた。
瓶の中では、不透明な赤茶色の液体が揺れている。二時間前に入れた赤い石の形はもう残っていなかった。それ以前に入れた様々な固体も、どろどろに溶けてわからなくなっている。
錬金術師は猫のように目を細め、もう一度ベッドに沈んだ。視線だけは瓶から離さずに、枕越しの呼吸を何度か繰り返す。
「知識と、体と、理性と、自我と、命と、好奇心と――」
くぐもった囁きは永遠と続き、最後に掠れた声で、錬金術師は「凝り固まれ」と締めくくった。
瓶を熱するランプの火は独りでに消え、赤茶の液面が落ち着きを取り戻す。それから瓶の中身が冷えて固まるまで、錬金術師は微動だにせず息を殺していた。
すっかり冷えて赤みを失くした固体は、また暫くすると――たぷんっ――音を立て液化する。真黒い液体はジャム瓶から零れんばかりに渦を巻いた。静かに音もなく、だが確かに。
床に転がっていた赤い石の欠片を一つ、瓶に投げ入れて、錬金術師は漸く体を起こしにかかった。
「凝り固まれ、人の形に。無知なる賢者よ、姿を見せろ」
朗々と、紡がれる言葉に渦が深さを増していく。
淡々と、まるで興味なさ気に錬金術師は微笑んだ。
「フラスコの中の小人[ホムンクルス]」
凝り固まれ。
「ホムンクルス」
それは私の名ではない。ホムンクルスとして造られた私の存在は意図して歪められていた。溢れる知識は塞き止められ、形を持った肉体が、人を模そうと暴れ回る。
「おはよう」
ガシャンと殻の割れる音がして、暗転。
瓶を割り出てきたホムンクルスは、人の形をしてはいたが無性で、大きさも、到底人とは呼べない手乗りサイズだった。だがそれは錬金術師にとって想定の範囲内の出来事で、特に驚いたり、落胆したりすることはない。小さいのなら、大きくすればいいだけの話だ。
湯を張ったバスタブに赤い石の残りを放り込んで、更に意識のないホムンクルスを放り込む。ホムンクルスは湯の中に沈んだが、まだ呼吸することを知らないために苦しみはしない。――まるで人形のようだ。
「……おなかすいた…」
一々時間を持て余す錬金術師は、パンを一枚かじってまたベッドに沈む。睡魔はすぐに訪れて、手際よく意識を連れ去った。
少し、白みがかった視界に、軽くて薄い体。――夢の中ではいつもこんな感じだ。僕はただ一人、世界から隔絶された存在。
『博士、どこですか? 博士――』
唐突に聞こえた声は、少しだけくぐもっていた。これもいつもと同じ。
緑に溢れた綺麗な場所を、中性的な顔立ちの人が歩いていた。博士、博士と、その人は辺りを見回しながら呼びかけ続ける。――探している《博士》の助手でも務めているのか、その人は白衣に身を包んでいた。
『あんな所に…』
助手(仮)は遠くに小さな人影を見つけて、深々と息を吐く。――きっとあれが、探していた《博士》なのだろう。
足早に去っていく助手(仮)を、僕は追わなかった。――いや、追えなかったんだ。
『 』
助手(仮)に気付いて振り返った博士の顔が、ぱぁっ、と華やぐ。半ば叫ぶように呼ばれた助手(仮)の名前が届く前に、僕は目を覚ました。
ばしゃり
「――……」
水音が一度。漸く呼吸を始めたのかと、錬金術師は浴室を覗き込む。ホムンクルスは白いバスタブの縁に乗り上げ目を閉じていた。
長い黒髪に覆われた背中が、不自然なほどゆっくりと上下している。
錬金術師は近くにあったタオルをホムンクルスに被せ、バスタブに湯を足した。溢れた湯で自分が濡れるのも構わずに、タイルの床に膝をついて濡れそぼった髪を拭く。
「起きてる?」
バスタブの中身がすっかり入れ替わる頃には、元々白いタオルは桃色に染まっていた。その色がもう落ちないことを錬金術師は知っていたが、気にも留めない。すっかり変色した服についても同様だ。
逆にホムンクルスの方が、濡れた膝を見咎めて眉根を寄せる。
「濡れているぞ」
錬金術師は器用にタオルだけでホムンクルスの髪を纏め上げた。体の成長に伴って伸びた髪はそれなりの長さがあるが、隙間から零れ落ちてくる気配はない。
「小姑みたいなことを言うね」
その時漸く、二人の視線が交わった。濃灰色をした錬金術師の瞳と、ホムンクルスの透き通った赤茶色のそれ。二人の目は到底かけ離れた色をしていたが、互いに抱いた感想は同じだった。
「私はお前より若い」
「冗談だよ」
酷く淡白で必然的な、それが運命だと誰が気付けただろう。
「おはよーさん」
時計の針が午後三時を回った頃、いつものようにRAIDはその家を訪れた。稀代の天才錬金術師、RASISの研究室兼自宅は、ごく一般的な民家と同じような外観をしている。おかげで誰も、そこに《あの》RASISが住んでいるとは夢にも思わなかった。
「食料買ってきたぞー」
合鍵を使って上がり込んだRAIDは、勝手知ったる人の家。手際よく両手に抱えた紙袋の中身を捌いて仕事を終えた。来週のために必要な物のメモを作れば完璧。もうそれ以上することはない。
「さて、と…」
RAIDはそれまで見向きもしなかった二階への階段を、そこに強敵でも待ち構えているかのようにじっと見つめた。見つめること三十秒。「よしっ」という小さな掛け声とともに、一歩踏み出す。目指すは二階奥。RAIDの雇い主であり、密かな想い人でもあるRASISの部屋だ。
ノックは静かに二度。RASISが寝ている時のことも考えて声はかけず、返事も待たずに扉を開ける。
RAIDが想像していたのは、いつもと同じ、散乱した実験器具と皺だらけのベッド。そこに横たわるか、実験に精を出しているRASISの姿。
「はっ…」
けれど現実はRAIDに冷酷だった。
「博士の不潔ー!!」
バタバタと品のない足音が遠ざかっていく。――随分前から目を覚ましていたホムンクルスは、なんだったんだと呆れ交じりに肩の力を抜いた。
「RAIDが来たの…」
「さぁな」
RAIDどころか、錬金術師以外の人間を知らないホムンクルスは生返事で目を閉じる。眠気はとうに醒めていたが、まだまどろんでいたい気分だった。
逆に、寝起きのいい錬金術師はすっかり目が覚めている。すぐにじっとしていることに耐えられなくなってベッドを抜け出した。
「寒い」
腕の中から抜け落ちた温もりに、ホムンクルスが唸る。
「起きたら?」
「……」
渋々起き出したホムンクルスは温かい窓際に椅子を置いて膝を抱えた。寒い寒いと、全身で訴えても錬金術師は気にも留めない。季節は秋だがまだ気温はそう低くなく、ホムンクルスが寒がっているのはただ体の温度調節がうまくいっていないだけだと知っているからだ。
リアリズ・クリアウォーターは黒と見紛う程に深い紅色の髪を持つ、赤目の吸血鬼だ。彼女は自分が吸血鬼と人間の混血児、《ダンピール》であると知るなり自ら命を絶ち吸血鬼としての生を望んだ変わり者で、吸血鬼としても変り種だった。
「アマギ、アマシロ、テンジョウ、喉が渇きました血を寄越しなさい」
リアリズ・クリアウォーターの隷属、天城[テンジョウ]は夜のように暗い色の髪を持つ、黒目の使い魔だ。彼は悪魔と吸血鬼の間に生まれた魔界の異端児で、リアリズに前の主人を殺されるまでは戯れで命を奪われるような毎日を送っていた。
「二時間前に飲んだばかりだろ」
「喉が渇いたんです」
「……」
ソファーでうつぶせに横たわり、気だるく手を伸ばしてくるリアリズの前で、天城は仕方なく膝を突き身を屈めた。リアリズは躊躇いがちに差し出された手を掴み、そのまま雪崩れるように彼を床へ押し倒す。
強かに打ちつけた背中に天城が痛みを感じるより早く、リアリズは彼の喉元に喰らいついた。
「ッ、――」
痛みと恐怖以外の感情が、吸い出される血と入れ替わるように流れ込む。抗い難いそれに耐えるため噛み締めた奥歯はギリッと嫌な音を立てた。
「…流されてしまえばいいのに」
空腹を紛らわす程度に血を吸って、リアリズは一息つく。
「何を意地になっているのですか?」
そう問いかけてはみても、天城が答えることはない。吸血行為の直後はいつもそうだった。天城は虚ろな瞳を虚空へ向けたまま、無防備に首筋を曝け出す。
たった今治まったはずの衝動がまた疼き、眩暈にも似た感覚に囚われリアリズはもう一度天城に覆い被さった。
「ぁ、ッ……やめ…っ」
二度目の吸血は容赦なく、相手が己の隷属であるのをいいことに、死なない程度の魔力を与えながら吸い尽くす。
抵抗の素振りを見せた両手はすぐに力を失くした。
「や、ぁっ…――!!」
びくりと一度引き攣って、それきり、天城は動かなくなる。さすがにやりすぎたかと、彼を押さえ込んでいたリアリズも顔を上げた。
「……」
そして嘆息。
「アマシロ…?」
気を失った天城はやはり答えない。彼の腹の上に乗り上げたまま、考えた末リアリズは吸血鬼らしく鋭く尖った爪を己の手首に押し当てた。抉るように皮膚を裂いて、溢れ出した鮮血は天城の唇へと落とされる。
「こうなることをわかっていて、どうして貴方は私の傍に来るんでしょうね」
彼の本能の半分が、意識を差し置いてリアリズの手首に縋った。生きるための容赦ない牙に顔を顰めるほどの痛みを感じながらも、リアリズは気のない手つきで乱れた髪を宥め梳かす。
「こうなることをわかっていて、どうして私は貴方を傍に置くんでしょうね」
天城は答えなかった。
『――――』
《あるじさま》が、何か言ってる。僕から引きずり出した内臓を踏みつけたまま、怒ってる。僕は何もしてないのに、《あるじさま》は踏みつけた内臓をぐちゃぐちゃに混ぜ返した。
『――――』
《あるじさま》が、何か言ってる。僕の腕を引き千切りながら、ドアの向こうに叫んでる。放り投げられるまま壁にぶつかって、ずるずると壁紙を汚しながら床に落ちても、《あるじさま》は更に僕を痛めつけようとはしなかった。
『――悪趣味な男ですね』
《あるじさま》は、何も言わない。《彼女》に殺されてしまったから。
『全く気が知れない』
動かなくなった《あるじさま》を床に転がして、《彼女》は血だらけの部屋を見渡した。《彼女》が指を振ると飛び散った僕の内臓と、引き千切られた腕は元通りになって、僕は、初めての経験に驚く。
『貴方、名前は?』
《彼女》は僕の新しい《ご主人》になった。
「……夢、か…」
気がつけばベッドの上、ということはよくある。むしろ《彼女》に血を吸われた後は大抵そうだ。誰が運んでいるのかは考えるまでもない。僕と彼女は二人で暮らしているのだから。
「……」
時計を見て、溜息をついて、どうせ遅刻ならと急ぐでもなく仕度をした。彼女はまだ寝ている。日が落ちるまで起きることはない。
朝食代わりに血でも吸ってやろうかと考えて、昨日までの空腹が嘘のように満たされていることに気付いた。けれど血を吸った覚えはない。憶えているのは彼女に吸い殺されそうになったことだけで、僕は満足な抵抗も出来ないまま気を失ったはずだ。
大体、彼女が血をくれるはずがない。だって彼女は――
「学校、行かなくていいのですか?」
「っ! ……なんで、起きて…」
「もう九時ですよ? …送ってあげましょうか」
「――冗談!」
けたたましい音と共に閉ざされた扉を暫くの間見つめていたリアリズは、大きく溜息をついてからベッドの上で寝返った。丁度いい場所を探しているうちに天城の足音と気配は遠ざかり、やがて見失う。
「喉が渇きました…」
寝ているうちに襲ってしまわなかったことを後悔しても、後の祭りだった。
『貴方、名前は?』
彼の《主》である悪魔の血を吸った私は、知っている。彼が《名無し》であることを。名前すら与えられなかったのだ、この《異端児》は。
『僕に名前なんてない』
『ならあげましょう』
『なんで』
『私が呼ぶ時困るからです』
彼の存在を知った時から考えていた。彼を見つけた時から決めていた。
『天城にしましょう』
だって彼に罪はない。ただ父親が吸血鬼で、母親が悪魔だったというだけで、そこになんの咎がある。
『てん、じょう…?』
『えぇ。それが今日から貴方の名前です』
彼が虐げられる理由など、ありはしないのだ。
『いつか大切なものを守れるように』
あっていいはずがない。
気だるい午後の授業が終わっても、早々と帰る気にはなれなかった。確かに今、僕は一日中五体満足でいられる。だけど苦しいほどに血を吸われる毎日に満足はしていない。できるはずがない。こんな体にさえ生まれなければ、僕は――
「――浮かない顔をしているな」
送ってあげましょうかと、からかい交じりに提案した彼女の顔が浮かんで消えた。考え込んでいたせいで、いつの間にか校門の近くまで来ている。道沿いに並んだ街路樹の上で、僕を見下ろす《銀の魔女》は微笑んだ。
「那智[ナチ]ならもう帰った」
「知ってる」
「じゃあここに何の用だよ」
銀の魔女、《大いなる災厄》、僕や彼女とはまた違う意味で《異端》な女は意味深に笑みを深めて姿を消す。取り残された僕は暫くその場に立ち尽くした後、ゆっくりと帰路についた。朝は確かにあった血に対する充足感は既になく、そうしなければ生きていけない身とはいえ、《契約》という名の鎖で僕を縛る彼女への不満と一緒に、血への渇望が燻っている。
今日は、どんなに頼まれても血なんてやるものか。
「なん、だよ…それっ!!」
「何って、血液製剤ですよ。見ればわかるでしょう?」
「そうじゃなくて!」
嗚呼、どうしたものかと、リアリズは首を傾けた。
「むしろ、貴方は喜ぶと思っていたのですが・・・」
「な、んで…」
飢餓感に負けて手を出した製剤は、実際舌の肥えたリアリズにとて到底飲めた代物ではない。それでもこうして美味くもない紛い物の血を飲んでいるのは、そうしなければ眠ることもままならなかったからだ。
「貴方、血を吸われるの嫌いでしょう?」
初めて彼女に血を吸われた時のことは、今でもよく憶えている。あれは彼女が僕の《ご主人》になった直後のことだ。彼女は僕を安心させるように微笑んでから何度も頭を撫でて、そっと、啄むように血を吸った。僕は初めての快楽にただ戸惑うことしかできなくて、同時に未知への強い恐怖も感じていた。救いだったのは、彼女がけして悪意や敵意を見せなかったことだ。虐げられ続けた僕には当時、それすら戸惑いを助長させるものでしかなかったけれど。
「……デジャヴ」
荒々しく部屋を出て行った天城の気配はすぐに感覚の外へと逃れ、残されたリアリズは溜息一つ。グラスに残った似非血を飲みほす。
「いいのか? 放っておいて」
いつの間に入り込んだのか、後ろから髪を梳いてくるイヴリースの言葉に返す応えはない。
「貴方は以前、全てのものは対になるべくしてなるのだと、言いましたね」
「言ったな」
「どうやら彼は、私の《対》ではなかったようです」
糸の切れた人形のように崩れ落ちたリアリズは、四肢を無造作に投げ出し、やがて目を閉じた。
その姿がイヴリースの目には不貞腐れているように映って、銀の魔女は一拍置いて音もなく笑う。
「それはどうだろうな」
リアリズは答えなかった。
《家出》なんて子供っぽいことをするのは初めてだ。だけどそうしなければならないと、説明しようのない衝動に押され、気付いたら家を飛び出していた。彼女が追ってくるわけもないのに《裏側の世界[ヒンタテューラ]》へ逃げ込んだのは、もう何もかもが嫌になってしまったからなのかもしれない。
元々その資格もないのに無理矢理世界と世界の境界を飛び越えたせいで、魔力は底を尽きかけていた。たまに紛れ込む不運な人間のように、今すぐヒンタテューラに呑み込まれることは免れても、自力で表の世界に帰ることはできない。そして僕の力は、契約主の血を吸わない限り回復しない。それどころかじわじわと減っていくせいで、徐々にこの世界へ呑み込まれていく恐怖に苛まれることになる。
緩やか死は、言葉の響きほど優しくはない。
自分がダンピールであると知って迷わず命を絶ったのは、人生を悲観したからではなく、自分自身の可能性を確かめてみたかったから。同時に飽き飽きしてもいた。同じことを繰り返すだけの毎日、上辺だけの友達、薄暗い未来に。歓喜はしなかった。ただ、幾らかマシになるだろうと、漠然と考えていただけ。
吸血鬼になってまず気落ちしたのは、自分がまたしても《異質》であったこと。《異質な人間》を卒業したら次は《異質な吸血鬼》、皮肉なものだと、取りあえず二、三年は殻の中に引き籠っていた。空腹に負けて動き出す頃には、それも個性だと無理矢理割り切った。
生きるために血を吸う度、私は私でなくなっていく。私にとって血は単なる糧ではない。たった一滴口にするだけで、私は血の主の記憶や知識、ありとあらゆる情報を何の苦もなく手に入れることができた。吸い殺してしまえば、人格だって取り込める。
そうして私は、いつしか自分が誰であるかを忘れた。
吸血鬼は孤独で、基本的に他の吸血鬼と行動を共にすることは、血族でもない限り殆んどない。私は自分が誰の血に連なる者かを知らなかったし、分かったところで、私のような異端を受け入れてくれる血族がいるとも思えなかった。血を吸う限り私は一人ではなかったし、私は半ば自棄的に《私》が《私以外》と混じり合うことを受け入れた。今使っているリアリズ・クリアウォーターという名前だって、実のところ誰のものかわかりはしない。私は生まれた時からリアリズだったかもしれないし、昨日からかもしれなかった。
いい加減吸血鬼として生きることにも厭きを感じていた私を寸でのところで生へと繋ぎとめたのは、一つの噂。魔族にさえ疎まれる《異端児》の存在が、私の中に眠る《何か》の興味を惹いた。期待していたのかもしれない。
《異端》という名の、《絆》に。
けれどあの子は私の《対》にはなれなかったのだ。――飽くことなく髪を梳き続けるイヴリースをそのままに、リアリズはそっと上体を起こした。喪失感は拭えないが、それもすぐ気にならなくなるだろう。これまでだってそうだった。
「貴女はいつまでここにいる気ですか? イヴリース」
「とりあえず今日は泊まる」
「ならソファーへどうぞ」
「つれないな」
「ベッドは私の寝床です」
「天城は寝かせるくせに」
「使い魔なんて、所詮体の一部ですよ」
「ほぅ?」
夜が近い。明かりのない部屋の中は薄暗く、イヴリースの銀髪だけが淡く輝いていた。
「ならどうして逃がした」
「彼が勝手に逃げただけです」
「その気になれば思考さえ操れるくせに」
「……」
目が痛い。
「本当は何一つ忘れてないのに忘れたフリして、いったいお前は何を得られたんだ?」
嗚呼、どうして、こんな魔女さっさと追い出してしまわなかったのか。
「《天壌》」
気付くのはいつだって、取り返しがつかなくなってからだ。
苦しさに気を失って、目が覚めたらまた彼女の隣、なんて、都合のいい奇跡は、きっと起こらないのだろう。――もう動くことはおろか思考さえ纏まらない状況で、僕はまだ期待している。彼女と出逢ってからずっとそうだ。
心のどこかで期待してしまった僕は、勝手な想いを裏切られる度に傷付き、反発する。彼女は何も悪くないのに、全ての罪を、僕はあの優しい吸血鬼に擦り付けたんだ。
今更悔やんだって遅い。謝る機会も与えられないまま、僕は闇に還される。
「――――」
願わくば、彼女が僕の死に気付きませんように。
「リアリズ・クリアウォーター」
手放されたグラスは床に当たって砕け散る。きらきらと、弾け飛ぶ破片が幾つも視界を横切った。
「お前たちはそろそろ、奇跡は起こすものだと気付いた方がいいよ」
眩しさに目を閉じる。
「そうかもしれませんね」
薄情な神モドキの笑う気配がした。
「アマギ、アマシロ、テンジョウ、喉が渇きました血を寄越しなさい」
リアリズ・クリアウォーターの隷属、天城[テンジョウ]は夜のように暗い色の髪を持つ、黒目の使い魔だ。彼は悪魔と吸血鬼の間に生まれた魔界の異端児で、リアリズに前の主人を殺されるまでは戯れで命を奪われるような毎日を送っていた。
「二時間前に飲んだばかりだろ」
「喉が渇いたんです」
「……」
ソファーでうつぶせに横たわり、気だるく手を伸ばしてくるリアリズの前で、天城は仕方なく膝を突き身を屈めた。リアリズは躊躇いがちに差し出された手を掴み、そのまま雪崩れるように彼を床へ押し倒す。
強かに打ちつけた背中に天城が痛みを感じるより早く、リアリズは彼の喉元に喰らいついた。
「ッ、――」
痛みと恐怖以外の感情が、吸い出される血と入れ替わるように流れ込む。抗い難いそれに耐えるため噛み締めた奥歯はギリッと嫌な音を立てた。
「…流されてしまえばいいのに」
空腹を紛らわす程度に血を吸って、リアリズは一息つく。
「何を意地になっているのですか?」
そう問いかけてはみても、天城が答えることはない。吸血行為の直後はいつもそうだった。天城は虚ろな瞳を虚空へ向けたまま、無防備に首筋を曝け出す。
たった今治まったはずの衝動がまた疼き、眩暈にも似た感覚に囚われリアリズはもう一度天城に覆い被さった。
「ぁ、ッ……やめ…っ」
二度目の吸血は容赦なく、相手が己の隷属であるのをいいことに、死なない程度の魔力を与えながら吸い尽くす。
抵抗の素振りを見せた両手はすぐに力を失くした。
「や、ぁっ…――!!」
びくりと一度引き攣って、それきり、天城は動かなくなる。さすがにやりすぎたかと、彼を押さえ込んでいたリアリズも顔を上げた。
「……」
そして嘆息。
「アマシロ…?」
気を失った天城はやはり答えない。彼の腹の上に乗り上げたまま、考えた末リアリズは吸血鬼らしく鋭く尖った爪を己の手首に押し当てた。抉るように皮膚を裂いて、溢れ出した鮮血は天城の唇へと落とされる。
「こうなることをわかっていて、どうして貴方は私の傍に来るんでしょうね」
彼の本能の半分が、意識を差し置いてリアリズの手首に縋った。生きるための容赦ない牙に顔を顰めるほどの痛みを感じながらも、リアリズは気のない手つきで乱れた髪を宥め梳かす。
「こうなることをわかっていて、どうして私は貴方を傍に置くんでしょうね」
天城は答えなかった。
『――――』
《あるじさま》が、何か言ってる。僕から引きずり出した内臓を踏みつけたまま、怒ってる。僕は何もしてないのに、《あるじさま》は踏みつけた内臓をぐちゃぐちゃに混ぜ返した。
『――――』
《あるじさま》が、何か言ってる。僕の腕を引き千切りながら、ドアの向こうに叫んでる。放り投げられるまま壁にぶつかって、ずるずると壁紙を汚しながら床に落ちても、《あるじさま》は更に僕を痛めつけようとはしなかった。
『――悪趣味な男ですね』
《あるじさま》は、何も言わない。《彼女》に殺されてしまったから。
『全く気が知れない』
動かなくなった《あるじさま》を床に転がして、《彼女》は血だらけの部屋を見渡した。《彼女》が指を振ると飛び散った僕の内臓と、引き千切られた腕は元通りになって、僕は、初めての経験に驚く。
『貴方、名前は?』
《彼女》は僕の新しい《ご主人》になった。
「……夢、か…」
気がつけばベッドの上、ということはよくある。むしろ《彼女》に血を吸われた後は大抵そうだ。誰が運んでいるのかは考えるまでもない。僕と彼女は二人で暮らしているのだから。
「……」
時計を見て、溜息をついて、どうせ遅刻ならと急ぐでもなく仕度をした。彼女はまだ寝ている。日が落ちるまで起きることはない。
朝食代わりに血でも吸ってやろうかと考えて、昨日までの空腹が嘘のように満たされていることに気付いた。けれど血を吸った覚えはない。憶えているのは彼女に吸い殺されそうになったことだけで、僕は満足な抵抗も出来ないまま気を失ったはずだ。
大体、彼女が血をくれるはずがない。だって彼女は――
「学校、行かなくていいのですか?」
「っ! ……なんで、起きて…」
「もう九時ですよ? …送ってあげましょうか」
「――冗談!」
けたたましい音と共に閉ざされた扉を暫くの間見つめていたリアリズは、大きく溜息をついてからベッドの上で寝返った。丁度いい場所を探しているうちに天城の足音と気配は遠ざかり、やがて見失う。
「喉が渇きました…」
寝ているうちに襲ってしまわなかったことを後悔しても、後の祭りだった。
『貴方、名前は?』
彼の《主》である悪魔の血を吸った私は、知っている。彼が《名無し》であることを。名前すら与えられなかったのだ、この《異端児》は。
『僕に名前なんてない』
『ならあげましょう』
『なんで』
『私が呼ぶ時困るからです』
彼の存在を知った時から考えていた。彼を見つけた時から決めていた。
『天城にしましょう』
だって彼に罪はない。ただ父親が吸血鬼で、母親が悪魔だったというだけで、そこになんの咎がある。
『てん、じょう…?』
『えぇ。それが今日から貴方の名前です』
彼が虐げられる理由など、ありはしないのだ。
『いつか大切なものを守れるように』
あっていいはずがない。
気だるい午後の授業が終わっても、早々と帰る気にはなれなかった。確かに今、僕は一日中五体満足でいられる。だけど苦しいほどに血を吸われる毎日に満足はしていない。できるはずがない。こんな体にさえ生まれなければ、僕は――
「――浮かない顔をしているな」
送ってあげましょうかと、からかい交じりに提案した彼女の顔が浮かんで消えた。考え込んでいたせいで、いつの間にか校門の近くまで来ている。道沿いに並んだ街路樹の上で、僕を見下ろす《銀の魔女》は微笑んだ。
「那智[ナチ]ならもう帰った」
「知ってる」
「じゃあここに何の用だよ」
銀の魔女、《大いなる災厄》、僕や彼女とはまた違う意味で《異端》な女は意味深に笑みを深めて姿を消す。取り残された僕は暫くその場に立ち尽くした後、ゆっくりと帰路についた。朝は確かにあった血に対する充足感は既になく、そうしなければ生きていけない身とはいえ、《契約》という名の鎖で僕を縛る彼女への不満と一緒に、血への渇望が燻っている。
今日は、どんなに頼まれても血なんてやるものか。
「なん、だよ…それっ!!」
「何って、血液製剤ですよ。見ればわかるでしょう?」
「そうじゃなくて!」
嗚呼、どうしたものかと、リアリズは首を傾けた。
「むしろ、貴方は喜ぶと思っていたのですが・・・」
「な、んで…」
飢餓感に負けて手を出した製剤は、実際舌の肥えたリアリズにとて到底飲めた代物ではない。それでもこうして美味くもない紛い物の血を飲んでいるのは、そうしなければ眠ることもままならなかったからだ。
「貴方、血を吸われるの嫌いでしょう?」
初めて彼女に血を吸われた時のことは、今でもよく憶えている。あれは彼女が僕の《ご主人》になった直後のことだ。彼女は僕を安心させるように微笑んでから何度も頭を撫でて、そっと、啄むように血を吸った。僕は初めての快楽にただ戸惑うことしかできなくて、同時に未知への強い恐怖も感じていた。救いだったのは、彼女がけして悪意や敵意を見せなかったことだ。虐げられ続けた僕には当時、それすら戸惑いを助長させるものでしかなかったけれど。
「……デジャヴ」
荒々しく部屋を出て行った天城の気配はすぐに感覚の外へと逃れ、残されたリアリズは溜息一つ。グラスに残った似非血を飲みほす。
「いいのか? 放っておいて」
いつの間に入り込んだのか、後ろから髪を梳いてくるイヴリースの言葉に返す応えはない。
「貴方は以前、全てのものは対になるべくしてなるのだと、言いましたね」
「言ったな」
「どうやら彼は、私の《対》ではなかったようです」
糸の切れた人形のように崩れ落ちたリアリズは、四肢を無造作に投げ出し、やがて目を閉じた。
その姿がイヴリースの目には不貞腐れているように映って、銀の魔女は一拍置いて音もなく笑う。
「それはどうだろうな」
リアリズは答えなかった。
《家出》なんて子供っぽいことをするのは初めてだ。だけどそうしなければならないと、説明しようのない衝動に押され、気付いたら家を飛び出していた。彼女が追ってくるわけもないのに《裏側の世界[ヒンタテューラ]》へ逃げ込んだのは、もう何もかもが嫌になってしまったからなのかもしれない。
元々その資格もないのに無理矢理世界と世界の境界を飛び越えたせいで、魔力は底を尽きかけていた。たまに紛れ込む不運な人間のように、今すぐヒンタテューラに呑み込まれることは免れても、自力で表の世界に帰ることはできない。そして僕の力は、契約主の血を吸わない限り回復しない。それどころかじわじわと減っていくせいで、徐々にこの世界へ呑み込まれていく恐怖に苛まれることになる。
緩やか死は、言葉の響きほど優しくはない。
自分がダンピールであると知って迷わず命を絶ったのは、人生を悲観したからではなく、自分自身の可能性を確かめてみたかったから。同時に飽き飽きしてもいた。同じことを繰り返すだけの毎日、上辺だけの友達、薄暗い未来に。歓喜はしなかった。ただ、幾らかマシになるだろうと、漠然と考えていただけ。
吸血鬼になってまず気落ちしたのは、自分がまたしても《異質》であったこと。《異質な人間》を卒業したら次は《異質な吸血鬼》、皮肉なものだと、取りあえず二、三年は殻の中に引き籠っていた。空腹に負けて動き出す頃には、それも個性だと無理矢理割り切った。
生きるために血を吸う度、私は私でなくなっていく。私にとって血は単なる糧ではない。たった一滴口にするだけで、私は血の主の記憶や知識、ありとあらゆる情報を何の苦もなく手に入れることができた。吸い殺してしまえば、人格だって取り込める。
そうして私は、いつしか自分が誰であるかを忘れた。
吸血鬼は孤独で、基本的に他の吸血鬼と行動を共にすることは、血族でもない限り殆んどない。私は自分が誰の血に連なる者かを知らなかったし、分かったところで、私のような異端を受け入れてくれる血族がいるとも思えなかった。血を吸う限り私は一人ではなかったし、私は半ば自棄的に《私》が《私以外》と混じり合うことを受け入れた。今使っているリアリズ・クリアウォーターという名前だって、実のところ誰のものかわかりはしない。私は生まれた時からリアリズだったかもしれないし、昨日からかもしれなかった。
いい加減吸血鬼として生きることにも厭きを感じていた私を寸でのところで生へと繋ぎとめたのは、一つの噂。魔族にさえ疎まれる《異端児》の存在が、私の中に眠る《何か》の興味を惹いた。期待していたのかもしれない。
《異端》という名の、《絆》に。
けれどあの子は私の《対》にはなれなかったのだ。――飽くことなく髪を梳き続けるイヴリースをそのままに、リアリズはそっと上体を起こした。喪失感は拭えないが、それもすぐ気にならなくなるだろう。これまでだってそうだった。
「貴女はいつまでここにいる気ですか? イヴリース」
「とりあえず今日は泊まる」
「ならソファーへどうぞ」
「つれないな」
「ベッドは私の寝床です」
「天城は寝かせるくせに」
「使い魔なんて、所詮体の一部ですよ」
「ほぅ?」
夜が近い。明かりのない部屋の中は薄暗く、イヴリースの銀髪だけが淡く輝いていた。
「ならどうして逃がした」
「彼が勝手に逃げただけです」
「その気になれば思考さえ操れるくせに」
「……」
目が痛い。
「本当は何一つ忘れてないのに忘れたフリして、いったいお前は何を得られたんだ?」
嗚呼、どうして、こんな魔女さっさと追い出してしまわなかったのか。
「《天壌》」
気付くのはいつだって、取り返しがつかなくなってからだ。
苦しさに気を失って、目が覚めたらまた彼女の隣、なんて、都合のいい奇跡は、きっと起こらないのだろう。――もう動くことはおろか思考さえ纏まらない状況で、僕はまだ期待している。彼女と出逢ってからずっとそうだ。
心のどこかで期待してしまった僕は、勝手な想いを裏切られる度に傷付き、反発する。彼女は何も悪くないのに、全ての罪を、僕はあの優しい吸血鬼に擦り付けたんだ。
今更悔やんだって遅い。謝る機会も与えられないまま、僕は闇に還される。
「――――」
願わくば、彼女が僕の死に気付きませんように。
「リアリズ・クリアウォーター」
手放されたグラスは床に当たって砕け散る。きらきらと、弾け飛ぶ破片が幾つも視界を横切った。
「お前たちはそろそろ、奇跡は起こすものだと気付いた方がいいよ」
眩しさに目を閉じる。
「そうかもしれませんね」
薄情な神モドキの笑う気配がした。
「最近那智が冷たくていけない」
心底憂鬱気に、イヴリースは呻いた。
「いじめすぎたんだよ」
強い酒を湯水のように飲みながら玉藻[タマモ]は意地悪く笑う。グラスの中で小さくなった氷を口に含み噛み砕くとガリガリ情緒のない音がして、無遠慮な冷たさが火照った体に心地よかった。
「…やっぱり?」
「気に入った相手ほど手酷くやるんだから、小学生のような習性じゃあないか」
既に空になったボトルは三つ。まだまだ酔いは回ってこないが、はてさて、いつまで飲めたものか。――傷口に塩を塗るようなことばかり言いながら、玉藻はグラスに映る冴えない容貌を覗き込んだ。
「イスラの姿を見なくなったのもそのせいか…」
「そのうち本当に嫌われるよ」
ばたり。イヴリースがカウンターに突っ伏すと、心なしか精彩を欠いた銀糸が扇のように広がって、玉藻の元に届いた。
「人間の子供に、何をそこまで入れ込むことがある」
思いがけず真摯な響きの声に、イヴリースは息を吐く。
「やっぱり変?」
「…いいや。お前らしといえばそうだろうね」
彼女自身戸惑っているのだ。
「けれど思わせぶりなことばかりしないことさ。お前が《そう》であることを割り切れるモノは以外と少ないんだからね」
感情が奇妙な具合に揺れているのは知っていた。けれどそれを放置した。なぜなら彼女は《力》であり《精神》ではないのだから、心の乱れによって力を乱されることはない。
そう、彼女は失念していたのだ。ここが《例外》の世界であることを。
「さぁさ、本格的に嫌われないうちにご機嫌取りにでもいっといで」
イヴリースは《神の力》。《神の精神》ではない彼女にとって《感情》は決して《力》以上のものにはなりえず、またそうあるべきだ。――彼女によって生み出された《世界》の中では。
「お前がいつまでもそれじゃ調子が狂うんだよ」
ぐずるイヴリースを無理矢理に談話室から追い出し、玉藻もまた深く溜息を吐いた。
流した視線はカウンターの端へ。
「ここの全てが落ち着かなくなる」
アベリアを映す小窓の外で、世界は落ち着きなく揺れていた。
カーテンの隙間から差し込む光が床の上に温かそうな日溜りを作り出していた。
「――うるさい…」
頭の上ではジリジリと目覚ましが鳴っている。
「那智ー?」
タイミングを見計らったように俺を呼ぶ声。
「起きてるよー」
枕に顔を埋めたまま意味のない返事をして、片手で枕元を探った。指先を掠めたシーツ以外の感触を引き寄せて、態とらしく古いアラームを止める。
少しの間そのままぼーっとしていると、――カチカチカチカチ――必要のない秒針の音が二度寝を誘っているような、そうでもないような。
どっちつかずの間[マ]があって、仕方なく這うようにベッドを出た。部屋を出て階段を降りリビングに顔を出すと、エプロンなんて俗なものを着けたイヴリースが朝食の用意をしていて、そんな朝の光景にも慣れつつある自分自身に――くらり――眩暈。
「顔洗って来い?」
「…うい」
フライ返し片手にイヴリースは首を傾げた。高い位置で結われた銀色の髪がその拍子にキラキラと光りを弾いて、眩しい。
「なに」
「いや…別に? なんでもない」
彼女は含み笑いを隠そうともせず、フライパンを置いた手の動きで俺を洗面所へと追いやった。鏡を見てもなんてことはない、いつも通りの俺がそこにはいて、何がそんなにおかしかったのか見当もつかない。
「なぁ、さっきなんで笑ってたの?」
「だから何でもないって、疑い深い奴だな」
からかい交じりに笑われて、俺はそれ以上何も言えなくなった。
「いただきます」
「…いただきます」
朝食は片目の目玉焼きとウインナー、トースト。トーストにイヴリースは真っ赤なジャムを塗って、俺はマーガリンを塗った。何もかもが現実離れしているくせにイヴリースの作る料理はいつだって美味しい。――それ自体が《普通》ではない可能性はともかくとして。
「そういえば…」
「ん?」
「お前、学校とか行きたい?」
いつも唐突なイヴリースはまた唐突にそう言って、俺の反応を窺うように手を止めた。
「え…行けんの?」
そういえばと、俺も手を止める。イヴリースという《異常》の登場で全てが狂ってしまったけど、彼女と出会うまで俺は《普通》の高校生で、高校にも当然のように通っていた。
「近場でよければな」
イヴリース曰く、《俺》という一つの存在は「世界の裏側」である「ヒンタテューラ」に堕ちて一度《リセット》されてしまったらしい。だから何もかもを新しく始めなければならないらしいんだけど…どうだろう。
「戸籍とかどうなんの」
「葵に言えばなんとかなる」
「葵さんがかわいそうじゃん」
「仕方ないさ、それが仕事なんだから」
きっと俺が一言「行きたい」と言えば、イヴリースは簡単に必要な準備を整えてくれるはずだ。あの時「死にたくない」と言った俺を助けたように。
「で、どうする? 別に今すぐ決めなくてもいいが、こういうことは早いほうがいいだろう?」
イヴリースという女性はそういう存在で、彼女もまた自身がそうあることを誇りに思っていた。
「俺が学校に行ったとして…」
「行ったとして?」
「俺がいない間、あんたはどうするんだよ」
「…私?」
一瞬イヴリースの声が驚愕に揺れて、俺は自身の失言に気付く。
「なんだお前、私の心配をしてるのか?」
「や、別に…そういうわけじゃ…」
イヴリースはにたにたと笑いながら最後のパンを頬張った。そのまま機嫌よさそうに指先に残ったジャムを舐め上げて、意味もなく俺の方をじっと見つめる。
「違うって…」
「はいはい」
俺はさも不満ですと眉間に皺を寄せ、わざとらしく彼女から視線を外した。
「暫くは私と遊ぼうな」
拒否権はどこを探したって見当たらない。
「――って言ってたのは、自分のくせに」
アルヴェアーレの十一ある棟のうち、エントランスのあるシュティーアから順番に数えて六つ目、近い方から数えて五つ目のスコルピオーンに、俺とイヴリースは暮らしていた。
俺がヒンタテューラに堕ちてから既に一週間が過ぎて、同じだけここでの生活は続いている。その間、いつだって傍にいたイヴリースの姿が今はない。
「どこ行ったんだよ…」
どこにいたって目立つ銀色を探して二階のテラスから中庭をのぞき込むと、中央にある噴水の水が床に彫られた溝を伝っているのが見て取れた。空から降って来る太陽の光に照らされて、流れる水はキラキラと眩しい。
見渡した中庭にもイヴリースの姿はなくて、俺は手摺に寄りかかりながら体を反転させ、もう一度部屋の中に目を向ける。向かって左は俺の部屋、右はイヴリースの部屋で、俺たち二人はスコルピオーンの二階を丁度半分ずつ使っていた。
「……」
部屋の中にもイヴリースの姿はない。シュティーアの二階を丸々使ったサンルームにも人影は見当たらないし、イヴリースの行きそうな所に心当たりもない俺はきつく眉根を寄せた。
置いてきぼりを喰らった子供みたいだと、分かっていても溢れる不安を押さえ込むことはできない。大体、出かけるなら出かけるで声くらいかけて行かないイヴリースが悪い。
「――あ…」
不意に、誰もいなかった中庭から声がして、俺は何気なく肩越しに階下を見下ろした。
――そして、硬直。
「馬鹿」
私が声を上げてすぐ、ジンが至極面白そうにそう言った。顔がにやけている時点で彼があえて黙っていたことは明白で、私は零れそうになった溜息をなんとか呑み込む。
「君、なんでここにいるの?」
噴水の縁に立つ私と、私の前に立つジン、私たちを見下ろす《彼》。今ヴィッダァと呼ばれるアルヴェアーレの中庭にいるのは明らかに出会ってはいけなかった三人だ。よくある少女漫画的な意味じゃなくて、もっと切実に。
「なんで、って……俺に言われても…」
「質問を変えようか」
考えろ、私。今ここでどうすることが最良か。
「どうして君は、まだ、生きているの」
ひゅっ、と《彼》が鋭く息を吸う。《彼》に背を向け私と向き合うジンはまるきり他人事のように笑った。かわいそうにと、音もなく彼の唇が嘯く。
イヴリースの姿が見当たらないことだけが唯一の救いだった。
「…来て、マガミ」
低く呟くと――ザワリ――周囲の大気が音を立てて研ぎ澄まされる。足下を蹴れば体は軽く、一躍で《彼》のいるテラスへと移動した私は気持ちを完全に切り替える。
「悪いけど、君には死んでもらわなきゃ」
「なっ…」
「それがイヴのため」
振り上げた手の動きを追って私の影を飛び出したマガミは脇目も振らず《彼》へと襲い掛かり、私は《彼》の死を疑いもしなかった。――いや、そもそも彼は死んでいるのだ。彼にとってこれは《死》ではなく《消滅》。無への回帰。
「――させると思ったか?」
神狼・大口真神を力で押さえつけるなんて荒業をやってのけたイヴリースは平然とテラスの手摺に腰掛けていた。
「なんだ、いたの」
祈沙はさっさと大口真神を呼び戻し、俺は言われるまでもなく彼女の傍に移動する。
「残念だったな。今戻ったところだ」
「どこ行ってたの?」
「野暮用」
ハァ、と溜息一つ。祈沙が白旗を上げた。
「…どうしてもその子を守り通す気なら、」
俺はさっさとここから離れられるよう力を揮い、イヴリースはつまらなそうに肩を揺らす。祈沙は俺に寄りかかりながら目を閉じて、本当にどうでもいいことのように言った。
「無茶はしないでね」
もしもその手に力があったなら、彼女は躊躇わなかっただろう。
「引き際は弁えているか」
ぐらぐらと、俺の足下が揺れていた。
「なんで、」
「ん?」
最初から頼りなかったそこは既に崩壊寸前。危ういバランスの上に立っていた俺はもう、自分一人の力では体勢を立て直せそうにない。
「あんたのために、俺が死ななきゃならないんだよ」
「…世迷言さ。祈沙はヒンタテューラに関わる全てが憎い」
なのにあんたは手を差し伸べてはくれなくて、
「でもっ」
「お前が気にする必要はないよ、那智。私がついてるんだから」
俺は突き放される。
「…何かあったら私をお呼び。お前が私の名を呼べば、私はいつだってお前の傍に駆け付ける。それが私たちの契約で、私が唯一お前に強いることだ」
まるで呪いの言葉のように、イヴリースが放つ一つ一つの音は俺に絡み付いた。どうしてこんな風になってしまったのか、俺にはわからない。わかるはずがない。
「お前は《生きたい》言った。だから生きておいで」
だって彼女は何一つ教えてはくれないんだ。
「私がお前を生かすから、」
俺は望んだ。生きることを。そして今思い知った。
「お前はただただ生きておいでよ」
本当は《生きている》ことに意味なんてない。
一四三一年、この世に生を受けた後のワラキア公ヴラド・ツェペシュは、生まれながらに優秀な魔術師であった。
一四五六年、邪悪なる儀式によって自らを人ならざる「吸血鬼」へと変貌させたヴラドは夜の支配者となり、魔性の者として世界にその名を広める。
彼には血を分けた子が二人いたが、「純血」の娘・リトラは彼自身が「血分け」を行い、魔性の者へと変えた愛人・ニキータの子で、正妻であるキルシーとの子・セシルは呪われた混血児「ダンピール」だった。
一四七六年、セシルは持って生まれた「吸血鬼を殺す力」によって実の父であるヴラドを手にかけた。こうして「真祖」と呼ばれる始まりの吸血鬼は昼と夜の分かたれた世界に別れを告げる。
けれど彼を祖とする新しい種は、彼の死後も夜の支配者として君臨し続けた。
深い夜が広がっていた。獣たちでさえ息を潜め気配を殺し、朝を待つ漆黒の夜が。
「――貴方も物好きね、コール」
艶やかな女の声が冴え冴えとした空気を震わせる。冷たい石床をヒールが叩く音を辿って、コールは女――カサノバ――へと目を向けた。
夜の支配者たる彼らの目は、容易く闇を見通す。
「お前か」
愛想の欠片もないコールの言葉に肩を竦めて、カサノバは緩くくねる自慢の髪を指先に絡めながら、ごあいさつねぇと笑った。
「せっかく、貴方が知りたくて知りたくて仕方のない始祖鬼の情報を、持ってきてあげたのに」
コールは目を瞠る。それはと、半ば無意識の内に零された言葉は掠れていた。
「聞きたい?」
髪を絡めた指先を口元に寄せながら、カサノバは勿体つけて問う。
コールは表情を歪めた。
「何が望みだ」
優しい声がした。ユーリと、あたしではない誰かを呼ぶ声。
『ユーリ、ユーリ、薔薇を持って来たよ』
差し出された一輪の薔薇は、海の色を映したように鮮やかな青をしていて、ユーリの色だよと、声は笑った。
『ユーリに一番似合う色にしたんだ』
あたしではない誰かの色。
『今度は花束にして持ってくるよ。土に根付いたら広い所に移して、花畑を作ろう』
描かれる夢のような未来図に眩暈がした。真っ青な薔薇で埋め尽くされる世界。もしこの目で見ることが出来たなら、永遠だって信じられるだろう。
『二人で歩こうよ、ユーリ』
泡沫の夢。
幸福な夢から醒める。青の似合うユーリは平凡な女子高生の夕里に戻って、変化に乏しい日常のループに絡め取られた。
(二人で歩こう、か…)
伸ばした手はありもしない薔薇を掴もうとして空を掻いた。幾ら手繰っても手繰っても手繰っても、夢の欠片は得られない。泡沫。
「あたしは夕里。立花、夕里」
ユーリじゃないと、言い聞かせるような言葉が一体誰に対してのものなのか、あたし自身わからなかった。取り違えるなという自分への警告なのか、それとも――。
「学校、行かなきゃ」
カーテンの隙間からのぞく空はどこまでも晴れていた。まるであの夢のように。
「おはよーレンフィーちゃん」
「…おはよう」
なかなか働き始めない頭を振って二人がけのソファーに沈むと、斜め前に置かれた一人がけのソファーに座るジキルが首を傾げた。
「今日は早いんだね」
肘掛に置いたカップに何杯目か分からない砂糖が落とし込まれる。
「目が覚めた」
「そう」
「…まだ入れるのか」
カップの内容物を甘くすることではなく、砂糖を入れるという行為そのものが目的であるかのように、砂糖は足され続けた。
「レンフィーちゃんも飲む? 珈琲」
少しして、ジキルが問う。
柔らかく体を包むソファーの心地よさにまどろんでいた私は、ぼんやりとカップの中身が珈琲であることを理解した。力の抜けた腕が腹から落ちて、指先を絨毯が掠める。
「飲めもしないものを淹れるな、勿体無い」
「レンフィーちゃんが飲むかと思って」
ジキルが〝態々〟飲めもしない珈琲を淹れたのだと理解して、ほんの少しだけ目が覚めた。
「…飲む」
本当に少しだけ。横になっていたらまた眠ってしまいそうだったから、後ろ髪引かれながらも体を起こした。
差し出されるカップ。
「小生今日は出かけるんだけど、レンフィーちゃんも来る?」
「いいや」
ジキルが主に活動する時間帯を知っている私はすぐに同行を拒否して、カップだけは丁寧に受け取る。
残念ながらジキルほどの酔狂さは持ち合わせていない。
「なら、レンフィーちゃんはお留守番」
ジキルは肩を落とすでもなく分かっていたように頷いて、そのまま開けっ放しの扉へ。歩く度に揺れる長い灰色の髪は、すぐに視界から消えた。
「そうだな」
私を目を閉じる。冷めた珈琲の何とも言えない味がじわりと胸にしみた。
部屋の入り口に放り出していたカバンと携帯だけを持って家を出る。あたし以外誰も居ない、寂れた二階建てアパートの一室。錆付いた外階段を降りて見上げれば、壁にはりついた蔦が時代を感じさせた。いかにも古そうで、実際古い。壁も薄いからたまに隣の部屋の話し声が聞こえてきたりもする。でも家賃は安くて、住人も大家さんも親切だから結構気に入っている。あたしは、ここが好き。だけど…
「いってらっしゃい夕里ちゃん」
二階の窓から顔を覗かせた角部屋のお姉さんが、キャミソールのまま手を振った。風邪引きますよと苦く笑って、あたしは大きく手を振り返す。
「いってきます!」
朝の静けさに包まれた街を急ぐことなく歩いた。通い慣れた通学路。毎日のように目にする街並みが、ゆっくりと流れていく。
(――ぁ、)
何気なく見上げた空と夢の中の空とが重なった。青い薔薇の花弁が無数にひらひらと、あたしの幻想に落ちてくる。伸ばした手はやはり空を掻いた。泡沫と、呟いて固く拳を握る。
緩く頭を振ることで振り払った花弁は、打ち捨てられ朽ち果てることなく消えてなくなり、脆い幻想から目を背けたあたしはアスファルトの地面を見据えた。泣いても笑っても、あたしはここで生きていくしかない。だって、ここで生まれたんだから。
ユーリと、あたしではない誰かを呼ぶ声がリフレインした。
「――混血の匂いがするな」
暗転。
はらりと花弁が舞った。
「……」
ジキルの淹れた珈琲はまだ半分ほどカップに残されたまま、テーブルの上に随分前から放置されている。その少し向こうに置かれた硝子のコップ。入れられた薔薇の花弁が一枚、はらりと舞った。
普通の花ならそういうこともあるだろう。けれどこの屋敷で、その花が散るはずのないことを私は知っている。
あれは二度と散らされることのない、約束された花だ。
「ジキル…?」
まどろんでいた意識が急激に正常な働きを取り戻す。心臓が鼓動を増して、らしくないと分かっていても、部屋を飛び出さずにはいられなかった。無駄に広い廊下を駆けながら、伸ばした手は何もない空間から黒衣を引きずり出す。フードのついた、足元までを隙間なく覆うローブ。夜に溶け込むその色は、月のない世界では酷く浮いて見えた。
(クソッ)
廊下の途中をエントランスではなくバルコニーへと曲がって、そのまま外へ。室内では抑えていた力を解放すれば周囲の景色が輪郭を濁した。人間の目では決して捉えられない速さで昼の世界を駆け抜ける。付きまとう違和感と倦怠感には目を瞑った。元々、日の光に弱い血統ではない。
(どこに行った…)
出かけると告げて出かけるようになっただけ進歩。けれど行き先くらい告げて行けばいいものをと思わずにはいられなかった。昔から、ジキルの気配だけは探すのに苦労する。無駄に薄くて頼りなく、今にも消えてしまいそうな存在感。
それでも、見失うことはない。
(――いた!)
私たちもまた〝約束〟されているのだから。
薄い被膜の破れるような音がして、はっと立ち止まる。
「今…」
朝の少し冷たい空気に手を伸ばしても明確な答は得られなかったが、頭の中ではガンガンと警鐘が鳴り響いていた。
「……」
なんとも言い難い感情が胸を満たす。歓喜しているとも、恐怖しているともつかないそれは酷く壊れやすいように思えて、一瞬扱いに困った。
それでもと、頭の中で冷静な自分が行動を促す。
「ごめんね」
胸に挿した薔薇から花弁を一枚貰い、そっと唇につけ必要な言葉を紡ぐ。この世界で最も魔術に適した言葉は、はっきりと発音されることなく花弁に溶けた。
熱を持った花弁が独りでに動き出す。風に流され頼りなく揺れながら、進むべき方向を示し、後を追うように更なる呪文を唱えると、風を切るように飛んだ。
追って駆け出すとすぐに人気のない方へ向かっているのだと気付く。鳴り止まない警鐘が音を増し、花弁が速度を上げた。
風を切って走る感覚が、今は遠い過去の記憶と交差する。高層ビルに囲まれた今が昔よりも少しだけ息苦しく感じるのは、きっと――
「――こんな昼間から、お食事ィ?」
意図して上げた〝普段通り〟の言葉は不自然ではなかったろうか。
「…来たな」
見知らぬ吸血鬼が一人。腕の中にはこれまた見知らぬ少女。
(誘われた…?)
息苦しさが遠のいたのは刹那。
「現存する最古の始祖鬼、灰被りジキル。領域を荒らせばあるいはと思ったが、こうも簡単にかかるとは」
男の言葉にまんまと嵌められたのだと理解する。同時に、胸元の薔薇が散った。
「ッ!」
無数の花弁が一つ一つ凶器となって男へと襲い掛かる。
「なら分かってると思うケド、」
瞬くよりも短い間に意識のない少女を男の腕から攫い上げ、足場のない空に降り立った。
よく知る人影が、入れ代わるように下へ。
「小生の街には凶暴なハンターがいるんダ」
振り下ろされた大鎌は鈍い音と元にアスファルトの地面へと突き刺さる。男はチッと鋭く舌打ちして自分の影に沈んだ。ヒンタテューラへの逃走。
「追わなくていいよ、レンフィーちゃん」
「誰が追うか」
引き抜いた大鎌を器用にクルクルと回していたレンフィールドが、どこか不機嫌そうにこちらを仰いだ。
「私はあそこが嫌いだ」
『二人で歩こう』
長く伸びた灰色の髪から覗かせた同じ色の瞳に、溢れんばかりの幸福を湛えて、無邪気な男が笑った。欠片ほどの彩りも無いその男が、あたしの目には何よりも眩しく映る。
『―――』
あたしではない誰かが彼を呼ぶ声は、音もなく弾けた。
『きっと見つけるから』
どんなに願ったって、あたしは夢の中の愛されたユーリにはなれない。
「どうしようレンフィーちゃん」
少し乱暴に扱えば壊れてしまう、酷く脆弱な人間の子供を宝物のように腕に抱いて、ジキルは途方に暮れているようだった。
らしくないなと、からかい混じりの言葉を呑み込む。
「…お前が決めろ」
ジキルによって散らされた薔薇は再び花の形を成し、少女の胸に納まっていた。
それこそが明確な答であるはずなのに、ジキルは気付かない。
(約束された魂、か…)
アスファルトの地面を蹴って、跳躍。何もない空間を足場にジキルと同じ目線に立って、咄嗟に持ってきてしまっていた薔薇を、眠り姫の胸へと捧げた。
これが私の答。
「怒ってる…?」
「何について?」
「全部だよ」
この世界で最も魔術に適した言葉を紡ぎながら、もう一度足元を蹴る。私とジキルの間で、世界が歪んだ。
「さぁな」
歪みを意のままに操って、世界を渡る。所謂空間転移。
「私には決められない」
最後に見えたジキルの顔が親においていかれる子供のようで、思わず笑ってしまった。
「お前にしか決められないんだよ」
親はお前だろうに。
「あら、お早いお帰りね」
態とらしく驚いたように振舞ってみれば、それを見て不機嫌そうに眉根を寄せる。
「種は蒔いた」
「それで?」
全く、分かり易いったらない。
「芽が出れば私の勝ちだ」
長い石畳の廊下を立ち止まることなく歩いていくコールの姿を見送って、ふと、戯れに自分自身の左手首に口付けてみた。
「貴方はあの人に勝てないわ」
左腕には隙間なく、ワインレッドの薔薇を模ったタトゥーが刻まれている。手首の蕾から伸びた蔓を辿って、甲の咲き誇る大輪の薔薇へと唇を移すと、胸の奥が鈍く疼いた。
「だって、」
そのタトゥーは忌まわしい呪いであり大切な約束だった。最後に交わした言葉は再会を誓うものではなかったのだから、与えられることのない愛を求め足掻いている方が私には似合いだろう。
「芽は出ないもの」
彼[カ]の始祖鬼にとってコールなど、自ら手を下す価値もない存在であることは火を見るよりも明らかだ。
「バカねぇ」
そのことに気付かないのは当の本人一人きり。
「灰被りなんて、一番手強い相手じゃない」
――ユーリ、ユーリ、ボクをおいていかないで
「無邪気に見えたって力だけは本物なんだから」
――泣かないで、ジキル。大丈夫、貴方は独りじゃない
「舐めてかかると瞬殺よ?」
――また会えるから
柔らかくて、温かくて、優しい声に呼ばれて目を覚ます。穏やかな時間の流れる緑の丘。
「ユーリ、ユーリ、そろそろ戻ろうよ」
真っ青な空を遮って――私を緑の大地に引き止めて――、貴方は笑う。
「夢を、見たの…哀しい夢」
差し伸べられた手をとって立ち上がると、心地いい風が頬を撫でた。
「夢?」
乱れた髪をそっと梳いていた貴方の手が止まる。
どんな夢を見たのと、言外の問いかけには答えず私は歩き出した。緑の丘を、白い家へと。
「嗚呼でも、それほど、哀しくはなかったかもしれない」
貴方は不思議そうな顔をしながらついてくる。
「ユーリ?」
「ジキルは何にも心配しなくていいの」
繋がれた手を引く私に合わせて、貴方はほんの少しだけ急ぎ足。長く伸びた灰色の髪が揺れて、時々、綺麗な金色の目が覗いた。
「大丈夫」
大丈夫、一目見て思い出すわ。どれほど時間が流れても、私が今の私じゃなくっても、貴方を見るだけで思い出す。そしてまた、恋に落ちるの。何度だって幸せになれるわ。
「私が見つけてあげるから」
約束よ。
一四三一年、この世に生を受けた後のワラキア公ヴラド・ツェペシュは、生まれながらに優秀な魔術師であった。
一四五六年、邪悪なる儀式によって自らを人ならざる「吸血鬼」へと変貌させたヴラドは夜の支配者となり、魔性の者として世界にその名を広める。
彼には血を分けた子が二人いたが、「純血」の娘・リトラは彼自身が「血分け」を行い、魔性の者へと変えた愛人・ニキータの子で、正妻であるキルシーとの子・セシルは呪われた混血児「ダンピール」だった。
一四七六年、セシルは持って生まれた「吸血鬼を殺す力」によって実の父であるヴラドを手にかけた。こうして「真祖」と呼ばれる始まりの吸血鬼は昼と夜の分かたれた世界に別れを告げる。
けれど彼を祖とする新しい種は、彼の死後も夜の支配者として君臨し続けた。
深い夜が広がっていた。獣たちでさえ息を潜め気配を殺し、朝を待つ漆黒の夜が。
「――貴方も物好きね、コール」
艶やかな女の声が冴え冴えとした空気を震わせる。冷たい石床をヒールが叩くカツリカツリという音を辿って、コールは女――カサノバ――へと目を向けた。
夜の支配者たる彼らの目は容易く闇を見通す。
「お前か」
愛想の欠片もないコールの言葉に肩を竦めて、カサノバは緩くくねる自慢の髪を指先に絡めながら、ごあいさつねぇと笑った。
「せっかく、貴方が知りたくて知りたくて仕方のない始祖鬼の情報を、持ってきてあげたのに」
コールは目を瞠る。それはと、半ば無意識の内に零された言葉は掠れていた。
「聞きたい?」
髪を絡めた指先を口元に寄せながら、カサノバは勿体つけて問う。
コールは表情を歪めた。
「何が望みだ」
優しい声がした。ユーリと、あたしではない誰かを呼ぶ声。
『ユーリ、ユーリ、薔薇を持って来たよ』
差し出された一輪の薔薇は、海の色を映したように鮮やかな青をしていて、ユーリの色だよと、声は笑った。
『ユーリに一番似合う色にしたんだ』
あたしではない誰かの色。
『今度は花束にして持ってくるよ。土に根付いたら広い所に移して、花畑を作ろう』
描かれる夢のような未来図に眩暈がした。真っ青な薔薇で埋め尽くされる世界。もしこの目で見ることが出来たなら、永遠だって信じられるだろう。
『二人で歩こうよ、ユーリ』
泡沫の夢。
幸福な夢から醒める。青の似合うユーリは平凡な女子高生の夕里に戻って、変化に乏しい日常のループに絡め取られた。
虚しさが込み上げる。
(二人で歩こう、か…)
伸ばした手はありもしない薔薇を掴もうとして空を掻いた。幾ら手繰っても手繰っても手繰っても、夢の欠片は得られない。泡沫。
「あたしは夕里。立花、夕里」
ユーリじゃないと言い聞かせるような言葉は一体誰に対してのものなのか、あたし自身わからなかった。取り違えるなという自分への警告なのか、それとも――。
「学校、行かなきゃ」
カーテンの隙間からのぞく空はどこまでも晴れていた。まるであの夢のように。
「おはよーレンフィーちゃん」
「…おはよう」
なかなか働き始めない頭を振って二人がけのソファーに沈むと、斜め前に置かれた一人がけのソファーに座るジキルが首を傾げた。
「今日は早いんダネ」
肘掛に置いたカップに何杯目か分からない砂糖が落とし込まれる。
「目が覚めた」
「ソウ」
「…まだ入れるのか」
カップの内容物を甘くすることではなく、砂糖を入れるという行為そのものが目的であるかのように、砂糖は足され続けた。
「レンフィーちゃんも飲む? 珈琲」
少しして、ジキルが問う。
柔らかく体を包むソファーの心地よさにまどろんでいた私は、ぼんやりとカップの中身が珈琲であることを理解した。力の抜けた腕が腹から落ちて、指先を絨毯が掠める。
「飲めもしないものを淹れるな、勿体無い」
「レンフィーちゃんが飲むかと思って」
ジキルが〝態々〟飲めもしない珈琲を淹れたのだと理解して、ほんの少しだけ目が覚めた。
「…飲む」
本当に少しだけ。横になっていたらまた眠ってしまいそうだったから、後ろ髪引かれながらも体を起こす。
差し出されたカップ。
「小生今日は出かけるんだけど、レンフィーちゃんも来る?」
「いいや」
ジキルが主に活動する時間帯を知っている私はすぐに同行を拒否して、カップだけは丁寧に受け取る。残念ながらお前ほどの酔狂さは持ち合わせていない。
「なら、レンフィーちゃんはお留守番」
分かっていたように頷いて、そのまま開けっ放しの扉へ。歩く度に揺れる長い灰色の髪は、すぐに視界から消えた。
「そうだな」
私を目を閉じる。冷めた珈琲の何とも言えない味がじわりと胸にしみた。
部屋の入り口に放り出していたカバンと携帯だけを持って家を出る。あたし以外誰も居ない、寂れた二階建てアパートの一室。錆付いた外階段を降りて見上げれば、壁にはりついた蔦が時代を感じさせた。いかにも古そうで、実際古い。壁も薄いからたまに隣の部屋の話し声が聞こえてきたりもする。でも家賃は安くて、住人も大家さんも親切だから結構気に入っている。あたしは、ここが好き。
「いってらっしゃい夕里ちゃん」
二階の窓から顔を覗かせた角部屋のお姉さんが、キャミソールのまま手を振った。風邪引きますよと苦く笑って、あたしは大きく手を振り返す。
「いってきます!」
朝の静けさに包まれた街を急ぐことなく歩いた。通い慣れた通学路。毎日のように目にする街並みが、ゆっくりと流れていく。
(――ぁ、)
何気なく見上げた空と夢の中の空とが重なった。青い薔薇の花弁が無数にひらひらと、あたしの幻想に落ちてくる。伸ばした手はやはり空を掻いた。泡沫と、呟いて固く拳を握る。現実逃避の仕方は忘れてしまったはずだ。
あたしはもう現実から目を背けたりはしない。楽な方へ楽な方へと思考を持っていくことがさらなる苦行を引き寄せるなら、あたしはいつだって最悪の未来を選択する。不幸の底には裏切りも、絶望もないことを知っているから。
緩く頭を振ることで振り払った花弁は、打ち捨てられ朽ち果てることなく消えてなくなる。脆い幻想から目を背けあたしはアスファルトの地面を見据えた。泣いても笑っても、あたしはここで生きていくしかない。だって、ここで生まれたんだから。
ユーリと、あたしではない誰かを呼ぶ声がリフレインした。
「――混血の匂いがするな」
暗転。
はらりと花弁が舞った。
「……」
ジキルの淹れた珈琲はまだ半分ほどカップに残されたまま、テーブルの上に随分前から放置されている。その少し向こうに置かれた硝子のコップ。入れられた薔薇の花弁が一枚、はらりと舞った。
普通の花ならそういうこともあるだろう。けれどこの屋敷で、その花が散るはずのないことを私は知っている。
あれは二度と散らされることのない、約束された花だ。
「ジキル…?」
まどろんでいた意識が急速に正常な働きを取り戻す。心臓が鼓動を増して、らしくないと分かっていても、部屋を飛び出さずにはいられなかった。無駄に広い廊下を駆けながら、伸ばした手は何もない空間から黒衣を引きずり出す。フードのついた、足元までを隙間なく覆うローブ。夜に溶け込むその色は、月のない世界では酷く浮いて見えた。
(クソッ)
廊下の途中をエントランスではなくバルコニーへと曲がって、そのまま外へ。室内では抑えていた力を解放すれば周囲の景色が輪郭を濁した。人間の目では決して捉えられない速さで昼の世界を駆け抜ける。付きまとう違和感と倦怠感には目を瞑った。元々、日の光に弱い血筋ではない。
(どこに行った…)
出かけると告げて出かけるようになっただけ進歩。けれど行き先くらい告げて行けばいいものをと思わずにはいれなかった。昔から、ジキルの気配だけは探すのに苦労する。無駄に薄くて頼りなく、今にも消えてしまいそうな存在感。
それでも、見失うことはない。
(――いた!)
私たちもまた〝約束〟されているのだから。
薄い被膜の破れるような音がして、はっと立ち止まる。
「今…」
朝の少し冷たい空気に手を伸ばしても明確な答は得られなかったが、頭の中ではガンガンと警鐘が鳴り響いていた。
「……」
なんとも言い難い感情が胸を満たす。歓喜しているとも、恐怖しているともつかないそれは酷く壊れやすいように思えて、一瞬扱いに困った。
それでもと、頭の中で冷静な自分が行動を促す。
「ごめんね」
胸に挿した薔薇から花弁を一枚貰い、そっと唇につけ必要な言葉を紡ぐ。この世界で最も魔術に適した言葉は、はっきりと発音されることなく花弁に溶けた。
熱を持った花弁が独りでに動き出す。風に流され頼りなく揺れながら、進むべき方向を示し、後を追うように更なる呪文を唱えると、風を切るように飛んだ。
追って駆け出すと、すぐに人気のない方へ向かっているのだと気付く。鳴り止まない警鐘が音を増し、花弁が速度を上げた。
風を切って走る感覚が、今は遠い過去の記憶と交差する。高層ビルに囲まれた今が昔よりも少しだけ息苦しく感じるのは、きっと――
「――こんな昼間から、お食事ィ?」
意図して上げた〝普段通り〟の言葉は不自然ではなかったろうか。
「…来たな」
見知らぬ吸血鬼が一人。腕の中にはこれまた見知らぬ少女。
(誘われた…?)
息苦しさが遠のいたのは刹那。
「現存する最古の始祖鬼、灰被りジキル。領域を荒らせばあるいはと思ったが、こうも簡単にかかるとは」
男の言葉にまんまと嵌められたのだと理解する。同時に、胸元の薔薇が散った。
「ッ!」
無数の花弁が一つ一つ凶器となって男へと襲い掛かる。
「なら分かってると思うケド、」
瞬くよりも短い間に意識のない少女を男の腕から攫い上げ、足場のない空に降り立った。
よく知る人影が、入れ代わるように下へ。
「小生の街には凶暴なハンターがいるんダ」
振り下ろされた大鎌は鈍い音と元にアスファルトの地面へと突き刺さる。男はチッと鋭く舌打ちして自分の影に沈んだ。ヒンタテューラへの逃走。
「追わなくていいよ、レンフィーちゃん」
「誰が追うか」
引き抜いた大鎌を器用にクルクルと回していたレンフィールドが、どこか不機嫌そうにこちらを仰いだ。
「私はあそこが嫌いだ」
『二人で歩こう』
長く伸びた灰色の髪から覗かせた同じ色の瞳に、溢れんばかりの幸福を湛えて、無邪気な男が笑った。欠片ほどの彩りも無いその男が、あたしの目には何よりも眩しく映る。
『―――』
あたしではない誰かが彼を呼ぶ声は、音もなく弾けた。
『きっと見つけるから』
どんなに願ったって、あたしは夢の中の愛されたユーリにはなれない。
「どうしようレンフィーちゃん」
少し乱暴に扱えば壊れてしまう、酷く脆弱な人間の子供を宝物のように腕に抱いて、ジキルは途方に暮れているようだった。
らしくないなと、からかい混じりの言葉を呑み込む。
「…お前が決めろ」
ジキルによって散らされた薔薇は再び花の形を成し、少女の胸に納まっていた。
それこそが明確な答であるはずなのに、ジキルは気付かない。
(約束された魂、か…)
アスファルトの地面を蹴って、跳躍。何もない空間を足場にジキルと同じ目線に立って、咄嗟に持ってきてしまっていた薔薇を、眠り姫の胸へと捧げた。
これが私の答。
「怒ってる…?」
「何について?」
「全部だよ」
この世界で最も魔術に適した言葉を紡ぎながら、もう一度足元を蹴る。私とジキルの間で、世界が歪んだ。
「さぁな」
歪みを意のままに操って、世界を渡る。所謂空間転移。
「私には決められない」
最後に見えたジキルの顔が親においていかれる子供のようで、思わず笑ってしまった。
「お前にしか決められないんだよ」
親はお前だろうに。
「あら、お早いお帰りね」
態とらしく驚いたように振舞ってみれば、それを見て不機嫌そうに眉根を寄せる。
「種は蒔いた」
「それで?」
全く、分かり易いったらない。
「芽が出れば私の勝ちだ」
長い石畳の廊下を立ち止まることなく歩いていくコールの姿を見送って、ふと、戯れに自分自身の左手首に口付けてみた。
「貴方はあの人に勝てないわ」
左腕には隙間なく、ワインレッドの薔薇を模ったタトゥーが刻まれている。手首の蕾から伸びた蔓を辿って、甲の咲き誇る大輪の薔薇へと唇を移すと、胸の奥が鈍く疼いた。
「だって、」
そのタトゥーは忌まわしい呪いであり大切な約束だった。最後に交わした言葉は再会を誓うものではなかったのだから、与えられることのない愛を求め足掻いている方が私には似合いだろう。
「芽は出ないもの」
彼[カ]の始祖鬼にとってコールなど、自ら手を下す価値もない存在であることは、火を見るよりも明らかだ。
「バカねぇ」
そのことに気付かないのは当の本人一人きり。
「灰被りなんて、一番手強い相手じゃない」
――ユーリ、ユーリ、ボクをおいていかないで
「無邪気に見えたって力だけは本物なんだから」
――泣かないで、ジキル。大丈夫、貴方は独りじゃない
「舐めてかかると瞬殺よ?」
――また会えるから
柔らかくて、温かくて、優しい声に呼ばれて目を覚ます。穏やかな時間の流れる緑の丘。
「ユーリ、ユーリ、そろそろ戻ろうよ」
真っ青な空を遮って――私を緑の大地に引き止めて――、貴方は笑う。
「夢を、見たの…哀しい夢」
差し伸べられた手をとって立ち上がると、心地いい風が頬を撫でた。
「夢?」
乱れた髪をそっと梳いていた貴方の手が止まる。
どんな夢を見たのと、言外の問いかけには答えず私は歩き出した。緑の丘を、白い家へと。
「嗚呼でも、それほど、哀しくはなかったかもしれない」
貴方は不思議そうな顔をしながらついてくる。
「ユーリ?」
「ジキルは何にも心配しなくていいの」
繋がれた手を引く私に合わせて、貴方はほんの少しだけ急ぎ足。長く伸びた灰色の髪が揺れて、時々、綺麗な金色の目が覗く。
「大丈夫」
大丈夫、一目見て思い出すわ。どれほど時間が流れても、私が今の私じゃなくっても、貴方を見るだけで思い出す。そしてまた、恋に落ちるの。何度だって幸せになれるわ。
「私が見つけてあげるから」
約束よ。
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