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「シーリン、ラス様を知りませんか」
「知らない。呼ぼうか?」
「お願いします」

「――ラスティール」

「シーリンを使うなんて卑怯よ!」
「ありがとうございます」
「お礼はケーキで!」
「わかりました」
「え、無視なの?」
「行きますよラス様」
「えぇー…」
「がんばってねー」
「はーい」
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「一人なんて珍しいな」
「一服盛った」
「……マジ?」
「大まじ」
「効いたのか?」
「効いたんでしょ? 私がここにいるんだし」
「それもそうか…。――で、どんな薬使ったんだよ」
「アルカナのマスターがくれやつ」
「…それ、死ぬんじゃね?」
「大丈夫でしょ。魔王なんだし」
「そんな理由…」
「ヴェール」

 虚空へ一度、短く声をかけて並び立つニクスとメルメリに目配せする。二人が同時に頷くと、前触れも無く周囲の景色は一変した。


「おかえり」


 《空間》を操る魔族ヴェールは、青い薔薇の咲き乱れる園で私たちを迎える。そこはもう王宮の廊下ではない。《青の離宮》の周囲に広がる《迷いの森》で神封じの結界の一端を守る東屋の一つだ。

「「ただいま」」

 声を揃えた二人はそのまま姿を消す。二度目の《空間転移》は王宮の結界に阻まれる事が無いため自力だ。

「…気になる?」

 二人に続こうと魔力を紡ぎかけて、腕の中へ注がれるヴェールの視線に気付く。

「後でね」

 悪戯っぽく笑って言うとヴェールは驚いたような顔をした。気にせず魔力を紡いで《次元の狭間》を飛び越える。
 銀色の軌跡を纏いながら降り立った青の離宮のエントランスホールには、ニクスとメルメリ以外の同族の姿もあった。

「この子はシーリン。私のだから、リー以外は触っちゃ駄目よ」
「言いたい事はそれだけですか」
「えぇ」

 とりあえず釘を刺して、さも不機嫌そうなレイを笑顔でやり過ごす。呼ばれる前に自分から現れたリーは何もかも心得た顔でシーリンを受け取った。

「よろしくね、リー」
「はい」

 これでレイの事は問題無い。

「…後で面倒な事になっても知りませんよ」

 リーの笑顔に二秒と耐えられずレイは姿を消した。それを見たソルが「意気地の無い」と仕方のない事を言いながら唇の端を持ち上げる。「ポーカーフェースが崩れてるよ」と、静かに指摘するヴェールもにやけ気味だ。

「私はもう決めた。後はお前たちだ」
「ヴェール」

 虚空へ一度、短く声をかけてラスティールは並び立つメルメリとニクスに目配せした。二人が同時に頷くと、前触れも無しに周囲の景色は一転する。


「おかえり」


 《空間》を操る魔族ヴェールは、青い薔薇の咲き乱れる庭で三人と一人を迎えた。そこはもう王宮の廊下ではない。《青の離宮》の周囲に広がる《迷いの園》の途中に小休止のため用意された東屋だ。

「「ただいま」」

 声を揃えた二人の随従はそのまま揃って姿を消す。二度目の《空間転移》は王宮の結界に阻まれる事が無いため自力でだった。

「…気になる?」

 二人に倣おうと魔力を紡ぎかけて、腕の中へ注がれるヴェールの視線に気付く。悪戯っぽく笑ったラスティールは「後でね」と言い残して姿を消した。

「殺しに行ったんじゃ…?」

 残されたヴェールは一人首を捻りながら力を発現させる。髪と同じ、深い碧の光が弾けると彼は青の離宮の中にいた。
 エントランスには、メルメリやニクス以外の同族の姿もある。

「この子はシーリン。私のだから、リー以外は触っちゃ駄目よ」
「言いたい事はそれだけですか」
「ええ」

 不機嫌さも顕わなレイの言葉にラスティールは怯まなかった。にっこりと満面の笑みで答えると、何も無い空間から滲むように現れたリーにシーリンと呼んだ赤子を手渡す。

「よろしくね、リー」
「はい」

 レイはなおも物言いたげな顔をした。けれど相手がリーなら勝ち目はない。そんなものは皆無だ。

「…後で面倒な事になっても知りませんよ」

 案の定、笑顔のリーにじっと見つめられたレイは二秒と耐えられず姿を消す。ソルは「意気地の無い」とかわいそうな事を言いながらおかしそうに唇の端を歪めた。「ポーカーフェースが崩れてるよ」とヴェールは静かに指摘して、ラスティールに目を戻した。

「…ソル、君は今更なレイの事よりあっちにコメントした方が良いと思うよ」
「ラス。気持ち悪いからその緩みきった顔をどうにかしろとヴェールが言っている」
「やだなーソルったら。違うんだよ? ラス。思ってただけでまだ何も言ってないからね」

 ラスティールはちらりと二人の方へ視線を投げただけでまたすぐリーに向き直ると、必要な指示を出して歩き出す。どこへ行くのだろうと窺うような四人の視線は全く意に介されなかった。

「ラス様全無視」
「やめてニクス、地味に傷付くから」
「つまんないのー」
「つまらなくない。ラスは変な所で子供だからな。機嫌を損ねると後が厄介だ」

 抑揚の無いニクスの言葉に胸を押さえたヴェールをメルメリが笑い、ソルは真顔で白々しい事を言う。

「その割に損ねようとしてたけどね」
「コメントしろと言ったのは貴様だ、ヴェール」
「ソル、変な所素直」
「全くだよ。あー怖かった」
「ぜんっぜん相手にされなかったけどね」
「ラス様べた惚れ」
「「……」」
「…さすがにその反応はないと思うわよ」
「ニクス失言?」
「ま、確かにラスがあんな顔したの千年振りくらいだし、仕方ないわよねー」
「シーリン聖女?」
「ちょっと待て」
「それってマズくないかい?」
「なんで?」
「聖女危険。ラス様殺す」
「キュン死でしょ? もう遅くない?」
「……」
「何故そこで黙る」
「…もう手遅れって事なのかな?」
「……ニクス帰る」
「「あ」」
「逃げちゃった」
「つまりもう完全に手遅れなのか」
「まぁ、さっきの様子見たらそんな気はしてたけど…」
 魂に神の呪いを刻まれた子は殺さなければならない。それがこの国の法。魔族と共に神族と戦い勝利した人間が再び神に支配される事を防ぐために出来る唯一の自己防衛。違えれば、否定する事になる。これまで失われてきた全ての命、流された血と、涙。聖女と謳われる女が命をかけた全身全霊の願いを。違えるわけにはいかなかった。ラスティールは《魔王》なのだから。誓ったのだ。《聖女》ラスティールに。譲られた名と存在にかけて。神族によってもたらされる災いは魔族の手で取り除かれなければならない。それが契約。それが願い。それが約束だから。聖女と魔王の。最初で、最後の。
「その子は、わたし、の…」
「貴女の子は死んだわ、王妃。呪われた子はもういない。私が殺した。そうするために呼ばれたのだから」
「そんな…っ」
「諦めなさい。死んだ子は、もう生き返らない。失われた命を取り戻す事は私にだって出来ないのよ」
「ですが、その子はまだ生きています…貴女様の腕の中で! なのに…」
「神の呪いを受けた子は殺さなければ。それがこの国の法。何故そうしなければならないのかを、今更説かなければならないの? 私が、貴女に」
「ならば殺して下さい! 今すぐに、ここで! そのために来たのでしょう!?」
「えぇ。だから貴女の子はもう死んだと言ったでしょう? ここにいるのは私の子。貴女ではなく、私――魔王ラスティール――の子よ」

 
 呪いを、かけてあげましょう。





「これは、私の」

 ラスティールが宣言すると周囲は騒然としたが、止めようとする人間は誰一人としていなかった。元々生まれるより早くに死ぬ事が決まっていた子供だ。ラスティールが引き取るというのなら、その方が良いに決まっている。それ以外に子供が生きる方法がはないのだと、誰もが理解していた。

「ラスティール、さま…」

 子供の母――ミデン――は縋る思いでラスティールを呼び、我が子へ手を伸ばす。生まれたばかりの子を抱きたいのだろうと、彼女を囲む人間たちは気付いた。だがラスティールや彼女の同族達にとってそんな親心、何の意味もない。子は既にラスティールの物だ。彼女がそう宣言した時点で、ミデンは子の親ではなくなっている。

「子供の事は残念だったわね、王妃」

 よってラスティールの言葉は彼女たちにとって適切だった。そもそもラスティールはこの場へ子供の死に立ち会うため来たのだから、何も間違っていない。おかしいのはむしろ生きている子供の方だ。

「そんな…」

 ミデンの側仕えの一人が、その場にいる人間全員の心境を代弁する。誰も正面切ってラスティールを非難する事は出来ないのに、目ばかり雄弁だった。
 恨みがましい視線にさらされメルメリがさも気分を害されたとばかりに鼻で笑う。窘めるようメルメリの肩に手を置いたニクスは、自ら主たるラスティールの代弁者として口を開いた。

「お気の毒さま」





「ニクスきっつー」

 けらけらと笑いながら、緩い駆け足でラスティールを追い越したメルメリが振り返る。

「きつくない」

 左右の高い位置で結われた蜂蜜色の髪が弧を描き、その動きを見るともなしに目で追いながらニクスは無感情に答えた。真実代弁者であったニクスに他意は無い。そこが厄介な所だ。分かっていてやるメルメリと違って加減というものを知らない。

「それにしても良く寝てるわねー、その子」
「ラス様の魔法」
「あ、やっぱり?」
「呪われた子。産声さえ疲弊した人間には危険」
「あんな王妃死んじゃえばよかったのに」
「ラス様魔王。人間殺す無理」
「事故死と故殺は違うでしょー?」

 
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