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小噺専用
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「ミーゥ」
「…なに」
「疲れちゃった?」
「いいや。…考えごと」
「本当…?」
「本当だって」

 活動限界、というものが俺にはあって、ラナ・スプリプスはそれを気にしてる。「大丈夫だよ」と俺が笑って見せても、今日はずっと心配そうにしっぱなし。
 大体にして、夜はラナの時間じゃないから。

「トリック・オア・トリート!」
「楽しんでんなぁ…」
「菓子よこせ!」
「スタッフにんなもんたかんなー」
「ないの?」
「…あるけどな」
「なんだ、残念」



「何事も無く終わりそうだな」
「そうね」
「去年は吸血鬼が出て大変だったらしいけど」

「――今年は三番目が来てるからな」

「…誰です?」
「三番目の始祖鬼。ジキルが娘のヴァンパイアハンターを連れてきてるから、並大抵の吸血鬼は大人しいものさ」
「始祖鬼の娘がハンターですか…ダンピール上がり?」
「あぁ。今年は他にも結構大物が来てるし、死人は出そうにないな」
「そりゃ凄い」

「この後は適当に上がってくれて構わない。後片付けは他にやらせるから」
「…それはどうも?」
「明日は丸一日公欠扱いだから、ゆっくり休むといい」


「…バレてんな」
「バレてるわね」
「どこまでバレてると思う?」
「全部じゃない?」
「まじでか」

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「聞かれる前に言っておくけど、私は親切で倒れた君を運んであげたんだからね? こういう言い方は好きじゃないけど、わざわざ君に害がないよう気をつけながら魔力も分けてあげたんだ」
「だから天使の歌くらい大目に見ろと…?」
「感謝しろとまでは言わない」
「……」

 あくまで悪怯れないフェアフリードに、ベルーフも喧しく言う気は失せた。限界まで使い果たしたはずの魔力が回復しているのも本当で、それがフェアフリードによってもたらされたものだとすれば、相当に手間のかかる作業だったことは想像に難くない。フェアフリードは魔属の生き物であるにも関わらず、天使同様聖属の力しか持たないのだ。そんなものを空っぽの器へ注がれてはどんな吸血鬼であろうと一溜まりもない。

「ところで、君が助けた少年だけど」
「少年…?」
「…違うのかい? 状況的にてっきりそんな感じなんじゃないかと思って一緒に連れて来てるんだけど――」

「あれは猫だ」

「なら君が助けた猫君。彼はあっちのソファーに寝かせてあるからね」
「あぁ…」
「もう平気? なんならもう少し魔力を分けてあげようか」
「いらない」

「なら私たちは帰るよ。――カノン」
「はい」

「フェアフリード」
「なんだい?」
「ありがとう」



「――どういたしまして」



「左京君にはいらないんだよそういうの。あの子つっよいから」
「科戸より?」
「俺より」
「…真面目に相手したの?」
「うっかり殺されるところだった」
「ふぅん…」
「あれ、そっちには興味あるんだ?」
「だってあの子、そのうち僕を殺しにきそうじゃない」
「…なんでまた」
「僕のことが大嫌いだから」
「うっそだぁ」
「嘘なもんか」
「妖狐はそんなこと言ってなかったよ?」
「…言い方が悪かったかな。左京は次の塚守になりたいんだ。だから僕と父さんのことが邪魔で邪魔で仕方なくてでも今は敵わないってわかってるから大人しくしてる。まぁ僕には関係ないけど」
「右京ちゃんは人間だもんね」
「僕は父さんほど甘くない。左京が身の程も弁えず楯突いてきたら血祭りに上げてやるだけだ」

『僕が半妖でなかったらどうだというんです』

 今まで一度だって聞いたことのない、冷め切った声で右京が問う。見守ることだけを許された私は、呼ばれなければ彼女の元に駆けつけることすら出来ない。

『そんなことはありえないと言っているのだ』

 大妖は苛立ちも露に右京へ詰め寄った。それでも彼女は取り乱す素振りすら見せず、逆にさもおかしげな笑みを浮かべる。

『いつまでも貴方の思い通りになると思ったら大間違いですよ? ――父さん』

 蓮華。と、音もなく呼ばれ私は狐火を放った。絶対の名を持つ力の前に大妖は成す術なく命を落とし、彼の力は私の力となる。
 右京は言った。これでもう大丈夫だと。

『大好きだよ蓮華』

 私は彼女の狂気を知っている。私だけが知っていた。

『もう絶対に離れたりしない』

 かつて一つだった私達は二つになったのに、今また一つになろうと二つでいる《必然》に抗っている。彼[カ]の大妖が生きていたならこの愚かしさを嘲笑っただろうか。それとも、忌々しいと歯噛みしただろうか。

『一緒にいよう』

 私の狂気を、彼女だけが知っていた。
「あの忌々しい太陽を堕としてはくれないか」

 今日も今日とて、男は地下深く、太陽の光どころか地上の喧騒すら遠い部屋の隅で、到底叶えられそうもない願いを私に唱えた。毎日のように繰り返される代り映えのしない言葉へ、私は無言をもって答える。すると男はさも憂鬱そうに息を吐き、苛立ちを隠そうともせず髪を掻き毟った。それでも、私は無言を貫く。何故ならそれすら、毎日のように繰り返されている代り映えのしない行為の一つだからだ。毎日毎日、厭きることなく同じことを繰り返しても、繰り返しても、男はまだ繰り返す。いい加減、構う気も失せるというものだ。
 どうせ、放っておけば五分もしない内に男は膝を抱えて目を閉じる。けれどまどろむ程度の眠りは儚く、目が覚めれば男はまた唱えるのだ。私には到底叶えることの出来ない、大それた願いを。そして私は、男の願いを叶えなければならない運命[サダメ]の哀れな存在。男が永遠の落日を望む限り、私は見、聞き続けなければならない。太陽を疎み世を捨てた男のつまらない生と、身分不相応な恨み事を。

 桜の盛りはとうに過ぎ、時季が時季なら桃色の絨毯に覆われる小道は木々の影に覆われ涼やかな空気で満たされていた。

「もうそんな季節か」

 途切れることのない蝉の声に耳を傾け、女――イヴリース――は頬を撫でる風の心地よさに目を細めた。

「桜の咲く頃には戻ろうと思っていたのに」

 落胆した言葉とは裏腹に、自嘲と呼ぶには淡すぎる笑みを浮かべ歩き出す。あてもなく、というにはしっかりとした足取りで。目的があるにしては穏やか過ぎる彼女の歩みにあわせ、那智も歩き出した。
 態々イヴリースが口にするまでもなく、場の雰囲気を感じる心さえ持っていれば、ここに訪れる四季を容易に想像することが出来る。
 春には桜。夏には青々と茂る草木。秋は紅葉。冬は見渡す限りの銀世界。

「いい所だろう」
「あぁ」

 心を読んでいたようなタイミングで発せられたイヴリースの言葉に何の含みもなく返し、那智は感嘆と共に深く息を吐き出した。

「こんな所、初めて来たよ」
「そうそうありはしないんだよ、ここまで清められた場は。今はどこもかしこも少なからず穢れているからな」
「穢れとか、そういうの俺にはわかんないけどさ、とりあえずここが他の場所とは違うってことは分かる」
「それが分かるだけお前は幸せさ」

「それに――」

「それに?」
「…なんでもない」

 あんたと同じだ。

 俺はいつの頃からか、自分の頭の上に天井があることを知っていた。そのことを普段気に留めることはないけれど、ふとした瞬間、天井は絶対のものとして俺の存在を押し潰そうとする。そして天井は、俺がその存在に自覚的である限り消えてなくなりはしない。一度自覚してしまった以上、目を背けることなんで出来るはずもないのに。
 悲観的な考え方だってわかってる。でも俺は、どう足掻いたって一度見つけた天井から逃げられる気がしない。たとえ乗り越えられたとしても、天井の上には空があり、今度こそ越えられないという絶望を味わうくらいなら、俺は――

「――いい加減にしろ」
「あでっ」

 唐突な衝撃と痛みに俺は目を覚ます。
 眠った覚えはないのに頭は雨の日の寝起きみたいに重くて、体も似たようなものだった。

「いつまでもいつまでもぐだぐだぐだぐだと…ガキはガキらしく何も考えないでぽけーっと生きてろ。可愛げのない」
「……誰…?」

 そして俺の前には一人の女。

「…私はイヴリース」

 しかも銀髪。しかも超のつく美人。

「お前は――…と言っても、思い出せないだろうな」
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