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小噺専用
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「嗚呼、時間だ」



 聞き飽きた電子音に気付き顔を上げたティアーユに、それまで黙々と手を動かしていた少年は頷いた。



「ちょうどいいですよ、こっちも大方終わりです」



 少年――戸川原 和宮[トガワハラ カズミヤ]――は持っていた筆を水差しに放り、パレットを床に置く。



「そうか? 出来たらちゃんと見せてくれよ? 和宮」
「わかってますって、見せてるじゃないですか、毎回」



 長いこと窓枠に座り外を眺めていたティアーユは立ち上がり、椅子にかけていた上着からストラップをつかみ携帯を引きずり出すと、軽く目を瞠り、そして微笑んだ。



「?」
「クリスがな、午後から暇を貰って息子とショッピングにでも行こうと思った副社長が、肝心な息子と連絡が取れないと騒いで困っているそうだ」
「げっ」
「携帯の電源くらい入れておけよ? 和、いくら絵に集中したいからといっても」



 楽しげに言うティアーユとは違い、探し当てた携帯のディスプレイに並ぶ着信履歴を目の当たりにした和宮は蒼白だ。
 慌てて弁解の電話をしたいところだが一番古い履歴は2時間も前――つまりスメラギからの呼び出しもなく暇を持て余したティアーユがふらりとここを訪れてすぐ――なので、母の怒り具合を考えるとそれも気が引ける。嗚呼、でも今電話しないときっと後で酷い。しばらく家に入れてもらえないかもしれない。



「ほら、行くぞ」



 両手で携帯を握り締めたまま動かない和宮に声をかけ、ティアーユは壁にかけてある部屋の鍵を手に取った。



「え?」
「ナイン・ヤードの本社まで連れて行ってやる。――なんなら言い訳に使ってくれてもいいぞ」
「マジですか」
「お前の母親は怒ると怖い。それに、今日は暇だからな」



 ほら、急がないと状況は悪化するぞ。
 扉の向こうへ姿を消したティアーユを、和宮は慌てて追いかけた。
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 ゆっくりと暖かい闇の中から持ち上がる。
 淡くまどろんだまま目を開け、寝返りを打ち、カーテンの隙間から覗く陽光に気付きティアーユは枕元の時計を見遣った。



「嗚呼、寝過ごしたか」



 何年経っても朝から活動を始める生活には慣れないものだと、独り言のようにごちてから気だるい体を起こす。
 隣にあったはずの温もりはとうになかった。



「起こさずに行くのは気遣いか、諦めか」



 クツクツと楽しげに笑いながら身支度を整える。
 どうせ後五分もすれば、呼び出しの電話なりメールなりあるだろう。



「生意気になったものだ」



 覗く牙は、彼女の整った容貌を崩すにはあまりに役不足だった。






























「パラディック」



 何枚もの布が丁寧に重ねられた、絵画の中からそのまま飛び出してきたような衣装を身に纏う少女が一人。



「あら、いらっしゃい」



 ラフな格好で開け放った扉に手を付き首を傾げる少年が一人。



「一人なの?」
「生憎ね。でもいつものことさ」



 部屋の隅に置かれたソファーにゆったりと座っていた少女――パラディック――はクスリと笑みを零し、読んでいた本に栞を挟んだ。



「夕方の方がよかったかしら?」
「いいよ、別に」



 手招けば、スメラギは首を振り片手で襟の端をつまみ持ち上げる。
 嗚呼、そうね。と、わざとらしくパラディックは微笑んだ。



「ただ〝気をつけて〟って言おうと思ったの。ごめんなさいね、呼び出して」
「気をつけて? 何を、また」



 胡乱気に眉を寄せ、スメラギは彷徨わせていた視線を戻す。



「ただそれだけなのよ、本当に」



 曇りのない笑顔からは何も読み取れはしなかった。



「・・・わかった。気をつけるよ」
「えぇ、ティアーユによろしく」
「うん」










 まだ、誰も知らなくていい。











「あぁもう、面倒だな」



 薄闇の中、心底鬱陶しそうに一人の少年が呟く。



「そうだろうさ」



 少し離れた所で壁にもたれかかっていた女は空から視線を落した。



「何してるの?」



 いつの間にか女の寄りかかる建物の上に立っていた少女が、二人のいる路地を覗き込み首を傾げる。
 雲が晴れ月が覗いた。



「見ての通り」



 壁に寄りかかっていた女が勢いつけて足元のコンクリートを蹴る。





「交渉決裂、さ」





「ねぇ、そっちは私にくれる?」



 無邪気な瞳に不釣合いな光を宿し、少女は女が更に奥へと飛び込んだ路地の入り口を見やる。



「どうぞ」



 突き立てていたナイフを引き抜き少年は切っ先を払った。



「ありがと」



 さらさらと壁に縫い付けられていた影が砂と化す。



「報酬はやらんぞ」



 すかさず路地の奥から飛んできた言葉に少女は嗤った。



「いらない」



 そして一陣の風と化す。






























「――嗚呼、」



 夜の闇に眩いばかりの金糸を流し、女は漆黒の中舞い踊る少女の傍らに現れた。



「こんな所にいたのね」



 闇を見通す金色[コンジキ]の目を細め女は少女をその腕に抱く。



「起きてもいないからどこに行ったのかと――」



 二人に飛び掛ろうとした影が一つ、女と目を合わせるなり胸を掻き毟りそのまま砂と化した。



「とても心配したわ」



 少女を取り囲んでいた影が軽くざわつく。あれは、あれは、と。



「愛しい子」






























 嗚呼、お前まで来たのか。と、少年に連れ添った女は呆れ混じりに呟いた。
 いいじゃない、僕らは楽したんだし。と、女を顧み少女と少女に連れ添った女に背を向けた少年が笑う。



「そうは言うがな、スメラギ」
「もう済んだことだからいいよ、ティアーユ」



 そんな二人のやり取りを見ていた女は腕の中の少女に擦り寄った。



「帰って上等なワインでも開けましょう? 桜子」
「それが赤ならばよろこんでご一緒するわ? ルナティーク」



 するりと自分を抱く女――ルナティーク――の腕から抜け出した少女――桜子――は、繋いだ手を引き暗い路地から月の差すストリートへと歩き出す。



「またね」
「うん、また」



 軽く肩口で振られた手に手を振り返し、振り向いた少年――スメラギ――は微笑した。
 女――ティアーユ――が、軽く息を吐き空を見上げる。



「私たちは帰って寝るか」










 もうすぐ月も満ちるだろうと、血が囁いた。









「あぁ、やっとみつけた」



 女からしてみれば、そう言って自分に手を伸ばしたのはまだほんの子供だった。
 一人では立っていられないほど脆弱で、儚げで、ちっぽけな。



「ねぇ、あなたでしょ?」



 まだ幼さの残る声は何故か耳に心地よかった。
 首だけを振り向かせた中途半端な体勢から、自分の腰ほどまでしか背のない子供に向き直り女は膝を付く。
 例え東の龍王であろうと、彼女を跪かせることは出来ないというのに。



「何がだ?」



 女は何の躊躇いもなく膝を付き子供の頬に手を添えた。
 言葉を促すように。あるいは、慈しむように。



「私の何が、お前を魅せた?」





「ちがう」





「あなたがぼくに、みせられたんだ」



 久しく忘れていた笑みと共に、女は子供を抱きしめた。



「あぁ、そうさな」






























 それは忌わしい争いの只中だった。






























「おいおい、こんな所に餓鬼連れなんて余裕だな」
「そうでもないさ」



 吸血鬼らしい残忍な笑みを浮かべ男は嗤う。
 嗚呼、嗚呼。この女はよっぽど俺に殺されたいと見える。



「それとも違うことをお望みか? 姉上殿」



 そうでなきゃよっぽどの阿呆だ。





「うるさい」





 女の腕に抱かれ、見下ろしてくる男の視線を恐れもせず子供は鬱陶しげ気にぼやく。
 その、愚かしくもいっそ清々しい姿に男は残忍な笑みを崩し破顔した。



「クッ、アハハッ! 最高だなそいつ」
「だろうさ。この地獄でたった一人、生き残った子供だからな」
「そりゃすげぇ」



 誇らしげな女の言葉に嘘はない。
 だから男は気に入らない。



「人間ごときが、いい気になるなよ」
「それは私に対する侮辱だろう? 忌わしき弟よ」



 唇の端から覗く牙をギラつかせ男は一歩踏み出す。そこに足場はなく、重力に従って落ちる体を風が嬲った。



「ミンチにしてやる」
「嗚呼、嗚呼。哀れな我が弟よ」



 地面が――そこに待ち受ける血族が――近づく。



「狂気に走り血を穢し、母なる悪魔に孤独を投げつけた貴様を、私が許すとは思うまい?」
「だからどうしたっ」



 悠然とした笑み浮かべその腕に足手まといを抱いたまま、女はうっとりと目を細めた。





「あんたもう、いらないってさ」





 女よりも吸血鬼じみた笑みを浮かべ子供が嗤う。
 その手が、蓋のない小瓶を傾けた。



「ばいばい」



 清らかな水に混じり零れたのは「銀の血[シルバー・ブラッド]」と呼ばれる血統の血液。
 男の瞳が、驚愕に見開かれる。



「まさかだろ!?」
「そのまさかさ。――我等が母君は、お前を殺してもいいと仰った」



 銀の軌跡が宙を舞い落ちてくる男に襲いかかった。
 身を捻り避けてもそれは執拗に男を追い回し、女の腕に抱かれた子供は狂気に嗤う。



「そしてぼくにちをくれた」



 銀の血と同じ色をした瞳に射抜かれ男は唇を噛む。
 嗚呼、嗚呼。我が母よ。闇に抱かれし悪魔の化身。貴女はその血を分けし子を殺そうというのか。



「――この血を持って、」



 同じ子の手で。



「〝いつか〟お前を殺してやるよ」
「・・・そう、だなっ」



 殺し合わせようというのか。哀れむ心を、慈悲の思いを持たぬ人。



「嗚呼、嗚呼、我が弟よ。逃げおおせる前に聞かせておくれ、堕ちし者の名を」



 芝居がかった仕草で声を上げる女に、男は立ち止まり同じく芝居がかったそれで丁寧に腰を折り礼をとった。



「我が名はキラービー。母に与えられし名はもうなく」
「そうだろう、そうだろう。ならば行くがいい殺す者[キラー]。それ以上貴様に相応しい名もあるまい。母の血が再び踊らぬ内に行くがよい」



 女の腕の中で子供が面白くなさそうに男を見ている。



「では、また会う日まで」
「それは貴様の命日であろうよ」



 そして一陣の風を見送った。









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