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「ヴェール」

 虚空へ一度、短く声をかけてラスティールは並び立つメルメリとニクスに目配せした。二人が同時に頷くと、前触れも無しに周囲の景色は一転する。


「おかえり」


 《空間》を操る魔族ヴェールは、青い薔薇の咲き乱れる庭で三人と一人を迎えた。そこはもう王宮の廊下ではない。《青の離宮》の周囲に広がる《迷いの園》の途中に小休止のため用意された東屋だ。

「「ただいま」」

 声を揃えた二人の随従はそのまま揃って姿を消す。二度目の《空間転移》は王宮の結界に阻まれる事が無いため自力でだった。

「…気になる?」

 二人に倣おうと魔力を紡ぎかけて、腕の中へ注がれるヴェールの視線に気付く。悪戯っぽく笑ったラスティールは「後でね」と言い残して姿を消した。

「殺しに行ったんじゃ…?」

 残されたヴェールは一人首を捻りながら力を発現させる。髪と同じ、深い碧の光が弾けると彼は青の離宮の中にいた。
 エントランスには、メルメリやニクス以外の同族の姿もある。

「この子はシーリン。私のだから、リー以外は触っちゃ駄目よ」
「言いたい事はそれだけですか」
「ええ」

 不機嫌さも顕わなレイの言葉にラスティールは怯まなかった。にっこりと満面の笑みで答えると、何も無い空間から滲むように現れたリーにシーリンと呼んだ赤子を手渡す。

「よろしくね、リー」
「はい」

 レイはなおも物言いたげな顔をした。けれど相手がリーなら勝ち目はない。そんなものは皆無だ。

「…後で面倒な事になっても知りませんよ」

 案の定、笑顔のリーにじっと見つめられたレイは二秒と耐えられず姿を消す。ソルは「意気地の無い」とかわいそうな事を言いながらおかしそうに唇の端を歪めた。「ポーカーフェースが崩れてるよ」とヴェールは静かに指摘して、ラスティールに目を戻した。

「…ソル、君は今更なレイの事よりあっちにコメントした方が良いと思うよ」
「ラス。気持ち悪いからその緩みきった顔をどうにかしろとヴェールが言っている」
「やだなーソルったら。違うんだよ? ラス。思ってただけでまだ何も言ってないからね」

 ラスティールはちらりと二人の方へ視線を投げただけでまたすぐリーに向き直ると、必要な指示を出して歩き出す。どこへ行くのだろうと窺うような四人の視線は全く意に介されなかった。

「ラス様全無視」
「やめてニクス、地味に傷付くから」
「つまんないのー」
「つまらなくない。ラスは変な所で子供だからな。機嫌を損ねると後が厄介だ」

 抑揚の無いニクスの言葉に胸を押さえたヴェールをメルメリが笑い、ソルは真顔で白々しい事を言う。

「その割に損ねようとしてたけどね」
「コメントしろと言ったのは貴様だ、ヴェール」
「ソル、変な所素直」
「全くだよ。あー怖かった」
「ぜんっぜん相手にされなかったけどね」
「ラス様べた惚れ」
「「……」」
「…さすがにその反応はないと思うわよ」
「ニクス失言?」
「ま、確かにラスがあんな顔したの千年振りくらいだし、仕方ないわよねー」
「シーリン聖女?」
「ちょっと待て」
「それってマズくないかい?」
「なんで?」
「聖女危険。ラス様殺す」
「キュン死でしょ? もう遅くない?」
「……」
「何故そこで黙る」
「…もう手遅れって事なのかな?」
「……ニクス帰る」
「「あ」」
「逃げちゃった」
「つまりもう完全に手遅れなのか」
「まぁ、さっきの様子見たらそんな気はしてたけど…」
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