「あぁ、やっとみつけた」
女からしてみれば、そう言って自分に手を伸ばしたのはまだほんの子供だった。
一人では立っていられないほど脆弱で、儚げで、ちっぽけな。
「ねぇ、あなたでしょ?」
まだ幼さの残る声は何故か耳に心地よかった。
首だけを振り向かせた中途半端な体勢から、自分の腰ほどまでしか背のない子供に向き直り女は膝を付く。
例え東の龍王であろうと、彼女を跪かせることは出来ないというのに。
「何がだ?」
女は何の躊躇いもなく膝を付き子供の頬に手を添えた。
言葉を促すように。あるいは、慈しむように。
「私の何が、お前を魅せた?」
「ちがう」
「あなたがぼくに、みせられたんだ」
久しく忘れていた笑みと共に、女は子供を抱きしめた。
「あぁ、そうさな」
それは忌わしい争いの只中だった。
「おいおい、こんな所に餓鬼連れなんて余裕だな」
「そうでもないさ」
吸血鬼らしい残忍な笑みを浮かべ男は嗤う。
嗚呼、嗚呼。この女はよっぽど俺に殺されたいと見える。
「それとも違うことをお望みか? 姉上殿」
そうでなきゃよっぽどの阿呆だ。
「うるさい」
女の腕に抱かれ、見下ろしてくる男の視線を恐れもせず子供は鬱陶しげ気にぼやく。
その、愚かしくもいっそ清々しい姿に男は残忍な笑みを崩し破顔した。
「クッ、アハハッ! 最高だなそいつ」
「だろうさ。この地獄でたった一人、生き残った子供だからな」
「そりゃすげぇ」
誇らしげな女の言葉に嘘はない。
だから男は気に入らない。
「人間ごときが、いい気になるなよ」
「それは私に対する侮辱だろう? 忌わしき弟よ」
唇の端から覗く牙をギラつかせ男は一歩踏み出す。そこに足場はなく、重力に従って落ちる体を風が嬲った。
「ミンチにしてやる」
「嗚呼、嗚呼。哀れな我が弟よ」
地面が――そこに待ち受ける血族が――近づく。
「狂気に走り血を穢し、母なる悪魔に孤独を投げつけた貴様を、私が許すとは思うまい?」
「だからどうしたっ」
悠然とした笑み浮かべその腕に足手まといを抱いたまま、女はうっとりと目を細めた。
「あんたもう、いらないってさ」
女よりも吸血鬼じみた笑みを浮かべ子供が嗤う。
その手が、蓋のない小瓶を傾けた。
「ばいばい」
清らかな水に混じり零れたのは「銀の血[シルバー・ブラッド]」と呼ばれる血統の血液。
男の瞳が、驚愕に見開かれる。
「まさかだろ!?」
「そのまさかさ。――我等が母君は、お前を殺してもいいと仰った」
銀の軌跡が宙を舞い落ちてくる男に襲いかかった。
身を捻り避けてもそれは執拗に男を追い回し、女の腕に抱かれた子供は狂気に嗤う。
「そしてぼくにちをくれた」
銀の血と同じ色をした瞳に射抜かれ男は唇を噛む。
嗚呼、嗚呼。我が母よ。闇に抱かれし悪魔の化身。貴女はその血を分けし子を殺そうというのか。
「――この血を持って、」
同じ子の手で。
「〝いつか〟お前を殺してやるよ」
「・・・そう、だなっ」
殺し合わせようというのか。哀れむ心を、慈悲の思いを持たぬ人。
「嗚呼、嗚呼、我が弟よ。逃げおおせる前に聞かせておくれ、堕ちし者の名を」
芝居がかった仕草で声を上げる女に、男は立ち止まり同じく芝居がかったそれで丁寧に腰を折り礼をとった。
「我が名はキラービー。母に与えられし名はもうなく」
「そうだろう、そうだろう。ならば行くがいい殺す者[キラー]。それ以上貴様に相応しい名もあるまい。母の血が再び踊らぬ内に行くがよい」
女の腕の中で子供が面白くなさそうに男を見ている。
「では、また会う日まで」
「それは貴様の命日であろうよ」
そして一陣の風を見送った。
女からしてみれば、そう言って自分に手を伸ばしたのはまだほんの子供だった。
一人では立っていられないほど脆弱で、儚げで、ちっぽけな。
「ねぇ、あなたでしょ?」
まだ幼さの残る声は何故か耳に心地よかった。
首だけを振り向かせた中途半端な体勢から、自分の腰ほどまでしか背のない子供に向き直り女は膝を付く。
例え東の龍王であろうと、彼女を跪かせることは出来ないというのに。
「何がだ?」
女は何の躊躇いもなく膝を付き子供の頬に手を添えた。
言葉を促すように。あるいは、慈しむように。
「私の何が、お前を魅せた?」
「ちがう」
「あなたがぼくに、みせられたんだ」
久しく忘れていた笑みと共に、女は子供を抱きしめた。
「あぁ、そうさな」
それは忌わしい争いの只中だった。
「おいおい、こんな所に餓鬼連れなんて余裕だな」
「そうでもないさ」
吸血鬼らしい残忍な笑みを浮かべ男は嗤う。
嗚呼、嗚呼。この女はよっぽど俺に殺されたいと見える。
「それとも違うことをお望みか? 姉上殿」
そうでなきゃよっぽどの阿呆だ。
「うるさい」
女の腕に抱かれ、見下ろしてくる男の視線を恐れもせず子供は鬱陶しげ気にぼやく。
その、愚かしくもいっそ清々しい姿に男は残忍な笑みを崩し破顔した。
「クッ、アハハッ! 最高だなそいつ」
「だろうさ。この地獄でたった一人、生き残った子供だからな」
「そりゃすげぇ」
誇らしげな女の言葉に嘘はない。
だから男は気に入らない。
「人間ごときが、いい気になるなよ」
「それは私に対する侮辱だろう? 忌わしき弟よ」
唇の端から覗く牙をギラつかせ男は一歩踏み出す。そこに足場はなく、重力に従って落ちる体を風が嬲った。
「ミンチにしてやる」
「嗚呼、嗚呼。哀れな我が弟よ」
地面が――そこに待ち受ける血族が――近づく。
「狂気に走り血を穢し、母なる悪魔に孤独を投げつけた貴様を、私が許すとは思うまい?」
「だからどうしたっ」
悠然とした笑み浮かべその腕に足手まといを抱いたまま、女はうっとりと目を細めた。
「あんたもう、いらないってさ」
女よりも吸血鬼じみた笑みを浮かべ子供が嗤う。
その手が、蓋のない小瓶を傾けた。
「ばいばい」
清らかな水に混じり零れたのは「銀の血[シルバー・ブラッド]」と呼ばれる血統の血液。
男の瞳が、驚愕に見開かれる。
「まさかだろ!?」
「そのまさかさ。――我等が母君は、お前を殺してもいいと仰った」
銀の軌跡が宙を舞い落ちてくる男に襲いかかった。
身を捻り避けてもそれは執拗に男を追い回し、女の腕に抱かれた子供は狂気に嗤う。
「そしてぼくにちをくれた」
銀の血と同じ色をした瞳に射抜かれ男は唇を噛む。
嗚呼、嗚呼。我が母よ。闇に抱かれし悪魔の化身。貴女はその血を分けし子を殺そうというのか。
「――この血を持って、」
同じ子の手で。
「〝いつか〟お前を殺してやるよ」
「・・・そう、だなっ」
殺し合わせようというのか。哀れむ心を、慈悲の思いを持たぬ人。
「嗚呼、嗚呼、我が弟よ。逃げおおせる前に聞かせておくれ、堕ちし者の名を」
芝居がかった仕草で声を上げる女に、男は立ち止まり同じく芝居がかったそれで丁寧に腰を折り礼をとった。
「我が名はキラービー。母に与えられし名はもうなく」
「そうだろう、そうだろう。ならば行くがいい殺す者[キラー]。それ以上貴様に相応しい名もあるまい。母の血が再び踊らぬ内に行くがよい」
女の腕の中で子供が面白くなさそうに男を見ている。
「では、また会う日まで」
「それは貴様の命日であろうよ」
そして一陣の風を見送った。
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無題
「BBB」連載「Lineage deeper than blood」(訳:血統よりも深い血)ついに始動
滅びを知らぬ血。目覚めぬ母。他のどの血統よりも優れし血が、10年前のあの日歪みを生んだ。
存在しない欠点。故に倒すことの出来ぬ九龍の血統が一人、高みよりかつての兄弟を嘲笑い咆哮を上げる。
深い碧[ミドリ]色をした髪を揺らし女は漆黒の女に一つの禁忌を渡された。
存在しないはずの欠点。あるはずのない血液。彼女らを生み出しし母の血。
かつては自らの内に流れ、人を喰らう内に失くした始まりの血に呑まれ眠れ――堕ちし子よ。
命となった血が遠からぬ未来死となるであろう、須く。
コメントがあとがきっぽくなってる
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