「あぁもう、面倒だな」
薄闇の中、心底鬱陶しそうに一人の少年が呟く。
「そうだろうさ」
少し離れた所で壁にもたれかかっていた女は空から視線を落した。
「何してるの?」
いつの間にか女の寄りかかる建物の上に立っていた少女が、二人のいる路地を覗き込み首を傾げる。
雲が晴れ月が覗いた。
「見ての通り」
壁に寄りかかっていた女が勢いつけて足元のコンクリートを蹴る。
「交渉決裂、さ」
「ねぇ、そっちは私にくれる?」
無邪気な瞳に不釣合いな光を宿し、少女は女が更に奥へと飛び込んだ路地の入り口を見やる。
「どうぞ」
突き立てていたナイフを引き抜き少年は切っ先を払った。
「ありがと」
さらさらと壁に縫い付けられていた影が砂と化す。
「報酬はやらんぞ」
すかさず路地の奥から飛んできた言葉に少女は嗤った。
「いらない」
そして一陣の風と化す。
「――嗚呼、」
夜の闇に眩いばかりの金糸を流し、女は漆黒の中舞い踊る少女の傍らに現れた。
「こんな所にいたのね」
闇を見通す金色[コンジキ]の目を細め女は少女をその腕に抱く。
「起きてもいないからどこに行ったのかと――」
二人に飛び掛ろうとした影が一つ、女と目を合わせるなり胸を掻き毟りそのまま砂と化した。
「とても心配したわ」
少女を取り囲んでいた影が軽くざわつく。あれは、あれは、と。
「愛しい子」
嗚呼、お前まで来たのか。と、少年に連れ添った女は呆れ混じりに呟いた。
いいじゃない、僕らは楽したんだし。と、女を顧み少女と少女に連れ添った女に背を向けた少年が笑う。
「そうは言うがな、スメラギ」
「もう済んだことだからいいよ、ティアーユ」
そんな二人のやり取りを見ていた女は腕の中の少女に擦り寄った。
「帰って上等なワインでも開けましょう? 桜子」
「それが赤ならばよろこんでご一緒するわ? ルナティーク」
するりと自分を抱く女――ルナティーク――の腕から抜け出した少女――桜子――は、繋いだ手を引き暗い路地から月の差すストリートへと歩き出す。
「またね」
「うん、また」
軽く肩口で振られた手に手を振り返し、振り向いた少年――スメラギ――は微笑した。
女――ティアーユ――が、軽く息を吐き空を見上げる。
「私たちは帰って寝るか」
もうすぐ月も満ちるだろうと、血が囁いた。
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