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「――アシェラ?」

 たとえるならそれは、取り合った手と手を心無い第三者によって断ち切られてしまうような感覚。
 中庭に面した廊下を大広間へと歩いていたジェノスは立ち止まった。胸の中にぽっかりと風穴を開けられてしまったような喪失感が、じわじわと広がっていく。

「(アシェラ、どこだ)」

 思いのほか強い口調になった呼びかけに、幾ら待っても答えはなかった。
 それどころかアシェラの気配は神経を研ぎ澄ませなければ感じ取れないほどに希薄で、――居ても立ってもいられずジェノスは走り出す。

「(答えろ!)」

 初めてのことだった。多くの魔使いがそうであるように、ジェノスも、孤独であることを知らない。

「(答えてくれ…っ)」

 自分という自我が誰とも繋がっていないことが耐え難かった。










「カフカ」

 いやあれは何かの間違いだろ。――そう思って今見た光景を忘れてしまおうと頭を振ると、ポラリスからしっかりとした声で呼ばれる。
 目ざといなぁと、当然の事なのに心中でぼやかずにはいれなかった。

「…やっぱり見間違いじゃない?」
「えぇ、私にも見えましたから」
「マジか…」

 がしがしと頭を掻きながら、たった今通り過ぎたばかりの中庭を省みる。危ないですよとポラリスが窘めるのも聞かずに暫く歩いて、見知った後姿がないことに溜息一つ。進行方向に向き直ると、ルーラが不思議そうな目でこちらを見ていた。

「何かあった?」

 他意のない問いかけに一瞬真実を話すべきか躊躇う。偽ったところで意味はないのに。

「ジェノスが血相変えて走っていったからさ、珍しいなーって」
「ジェノスが?」

 それは珍しい。――何か企むようにルーラが微笑んで、隣を歩くリドルが小さく眉根を寄せる。

「ルーラ」
「様子見だから、ね? ――クロウ」

 どこに隠れていたのか、ルーラの言葉に応じて彼女のローブから飛び出したカナリアは、何を言われるでもなく中庭の方へと飛び去った。
 クロウと呼ばれていたし、アルビノだからきっとあれば例の守護獣だろう。それならルーラが必要最低限のことすら告げなかったのにも納得がいく。

「出歯亀?」
「知的好奇心」

 取り合えず、ジェノスが血相変えて走っていた理由くらいは分かりそうだ。
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