「ささのは、さーらさら」
軒端にゆれる
「おほしさま、きーらきら」
金銀砂子
『美咲[ミサキ]』
幸せな夢の中では、あなたはいつも私の傍にいてくれる。夢の中だけならずっと、ずっと、あなたは私だけの人。
『見てごらん、星が綺麗だよ』
十年前の七月七日を永遠に繰り返す私はいつからか、あなたの指差す方向を見て目を輝かせることはなくなった。私は私を抱きしめるあなたの横顔だけをじっと見つめて離さない。そうしている間だけ、私は安らぐことができた。
『誕生日プレゼントはなにがいい?』
あの日から、私が本当に望んでいるのは唯一人、あなただけ。
『イヴリース』
美しく気紛れな《銀の魔女》。慈悲深くも残酷な《神の力》。あなたが私のものになってくれたなら、もう何も怖くなんてないのに。
『ん?』
『……約束、して?』
『いいよ』
あなたは永遠に《彼女》もの。
『私の運命を弄らない、って』
大好きよイヴリース。たとえ世界中のありとあらゆる存在があなたを愛するよう呪われていたとしても、私の想いだけは本物だって誓えるわ。呪いが解けてあなたが一人になったって、私だけはあなたを愛し続けるから。
『…それをお前が望むなら』
私を呪わないでイヴリース。どうかどうか、その残酷な優しさで針は止めないで。
あなたのいない永遠に意味なんてないの。
『私はお前の運命に手をつけないと約束するよ、美咲。だけど憶えておいて』
優しい優しいイヴリース。愛しい愛しい《銀の魔女》。幼い私の髪を梳く左手の指輪が憎くて憎くてたまらない。それさえなければ、あなたは私にだって目を向けてくれたでしょうに。
あなたが《彼女》のものであることは、あなたがあなたであることの証明。あなたが許した存在理由。《銀の指輪》に誓われた愛は永遠に絶対。
『私はお前が好きだ』
幸せな夢の中でなきゃ、あなたは私の傍にいてくれない。
「本当に残酷だったのは、どっちなのかな」
真夜中の公園で一人きり、錆付いたブランコを揺らしながら私は薄情な《神モドキ》を待っていた。
来るはずはない。だけどそれでいい。最後に会った日から三年も経てばその姿を探してあてもなく街を歩くことに疲れ、五年も経てば、誕生日くらいにしか再会を願わなくなる。人間なんてそんなものだ。
「今頃何やってんだか…」
いつの間にか《大人》になった私は、夜な夜な未練がましい夢を見ながら起きている間は彼女の名前さえ口にしない。神モドキ、そう呼ぶのがせいぜいだ。
夢の中は、差し詰め出来損ないの《ネバーランド》なのだろう。私自身はとうに《子供》であることをやめたのに、捨てられた《子供》の部分が拾って欲しくて見せる《自己暗示》。
彼女のことだけを想っていましょうよ。――幼い私が私に囁く。
それをお前が望むなら。――同時に聞こえたのは、もの哀しげな彼女の声だ。何かに耐えるよう細められた瞳は彼女越しに見えた星と同じ色をしていたのに、輝きは対照的。
幼い私は、その時彼女が何を思っていたかなんて考えようともしなかった。
「…かえろ、」
立ち上がった拍子に、ブランコがギィギィ音を立てる。振り返りもせず歩いていくと、音は段々離れてやがて聞こえなくなった。
こんな風に幼い私から離れてしまえたらいいのに。
夜になると途端人気のなくなる住宅街を一人きり、私はとぼとぼ歩きながら空を見上げた。
もう星を見て目を輝かせる《心》すら失くした私の目に映るのは、キラキラ眩しい沢山の光、ただそれだけ。もうそこに苦しいくらいの感動はなく、夜空に星が見えるという《あたりまえ》があるばかり。
我ながら可愛げのない育ち方をしたと思う。でもこれでいい。これくらいが、丁度いい。
だってもう、ここに私の永遠はないのだから。
「――やっと見つけた」
不意に左手をつかまれて、私は立ち止まる。私以外誰もいなかったはずなのに、という純粋な驚きが一瞬胸を占めて、すぐに消えた。
「探したよ、御主人様」
この十年ですっかり聞き慣れた声が夜の静寂に溶ける。心地いい体温は手首から手の平に移って指に絡んだ。繋いだ手を促すように引かれ振り返ると、私のことを《御主人様》と呼ぶ男は心底嬉しそうに笑う。
「ベクシル…」
ぽっかりと胸に開いた穴を埋められた気がして、私はほぅ、と息をついた。
「御主人様?」
「…帰ろうか」
この充足感が消えないうちにと、繋いだ手を引いて歩きだす。
「おおせのままに」
姿を消した神モドキの置き土産は、冗談めかしていつもの口癖を口にした。
「そういえば、御主人様」
「何?」
「誕生日おめでとう」
「…ありがとう」
彼女の指輪と同じデザインの飾りが私と左手とベクシルの首に一つずつ。繋がれた絆が彼女と《彼女》のように絶対であることを願いながら、私は我儘な子供を宥めすかした。
軒端にゆれる
「おほしさま、きーらきら」
金銀砂子
『美咲[ミサキ]』
幸せな夢の中では、あなたはいつも私の傍にいてくれる。夢の中だけならずっと、ずっと、あなたは私だけの人。
『見てごらん、星が綺麗だよ』
十年前の七月七日を永遠に繰り返す私はいつからか、あなたの指差す方向を見て目を輝かせることはなくなった。私は私を抱きしめるあなたの横顔だけをじっと見つめて離さない。そうしている間だけ、私は安らぐことができた。
『誕生日プレゼントはなにがいい?』
あの日から、私が本当に望んでいるのは唯一人、あなただけ。
『イヴリース』
美しく気紛れな《銀の魔女》。慈悲深くも残酷な《神の力》。あなたが私のものになってくれたなら、もう何も怖くなんてないのに。
『ん?』
『……約束、して?』
『いいよ』
あなたは永遠に《彼女》もの。
『私の運命を弄らない、って』
大好きよイヴリース。たとえ世界中のありとあらゆる存在があなたを愛するよう呪われていたとしても、私の想いだけは本物だって誓えるわ。呪いが解けてあなたが一人になったって、私だけはあなたを愛し続けるから。
『…それをお前が望むなら』
私を呪わないでイヴリース。どうかどうか、その残酷な優しさで針は止めないで。
あなたのいない永遠に意味なんてないの。
『私はお前の運命に手をつけないと約束するよ、美咲。だけど憶えておいて』
優しい優しいイヴリース。愛しい愛しい《銀の魔女》。幼い私の髪を梳く左手の指輪が憎くて憎くてたまらない。それさえなければ、あなたは私にだって目を向けてくれたでしょうに。
あなたが《彼女》のものであることは、あなたがあなたであることの証明。あなたが許した存在理由。《銀の指輪》に誓われた愛は永遠に絶対。
『私はお前が好きだ』
幸せな夢の中でなきゃ、あなたは私の傍にいてくれない。
「本当に残酷だったのは、どっちなのかな」
真夜中の公園で一人きり、錆付いたブランコを揺らしながら私は薄情な《神モドキ》を待っていた。
来るはずはない。だけどそれでいい。最後に会った日から三年も経てばその姿を探してあてもなく街を歩くことに疲れ、五年も経てば、誕生日くらいにしか再会を願わなくなる。人間なんてそんなものだ。
「今頃何やってんだか…」
いつの間にか《大人》になった私は、夜な夜な未練がましい夢を見ながら起きている間は彼女の名前さえ口にしない。神モドキ、そう呼ぶのがせいぜいだ。
夢の中は、差し詰め出来損ないの《ネバーランド》なのだろう。私自身はとうに《子供》であることをやめたのに、捨てられた《子供》の部分が拾って欲しくて見せる《自己暗示》。
彼女のことだけを想っていましょうよ。――幼い私が私に囁く。
それをお前が望むなら。――同時に聞こえたのは、もの哀しげな彼女の声だ。何かに耐えるよう細められた瞳は彼女越しに見えた星と同じ色をしていたのに、輝きは対照的。
幼い私は、その時彼女が何を思っていたかなんて考えようともしなかった。
「…かえろ、」
立ち上がった拍子に、ブランコがギィギィ音を立てる。振り返りもせず歩いていくと、音は段々離れてやがて聞こえなくなった。
こんな風に幼い私から離れてしまえたらいいのに。
夜になると途端人気のなくなる住宅街を一人きり、私はとぼとぼ歩きながら空を見上げた。
もう星を見て目を輝かせる《心》すら失くした私の目に映るのは、キラキラ眩しい沢山の光、ただそれだけ。もうそこに苦しいくらいの感動はなく、夜空に星が見えるという《あたりまえ》があるばかり。
我ながら可愛げのない育ち方をしたと思う。でもこれでいい。これくらいが、丁度いい。
だってもう、ここに私の永遠はないのだから。
「――やっと見つけた」
不意に左手をつかまれて、私は立ち止まる。私以外誰もいなかったはずなのに、という純粋な驚きが一瞬胸を占めて、すぐに消えた。
「探したよ、御主人様」
この十年ですっかり聞き慣れた声が夜の静寂に溶ける。心地いい体温は手首から手の平に移って指に絡んだ。繋いだ手を促すように引かれ振り返ると、私のことを《御主人様》と呼ぶ男は心底嬉しそうに笑う。
「ベクシル…」
ぽっかりと胸に開いた穴を埋められた気がして、私はほぅ、と息をついた。
「御主人様?」
「…帰ろうか」
この充足感が消えないうちにと、繋いだ手を引いて歩きだす。
「おおせのままに」
姿を消した神モドキの置き土産は、冗談めかしていつもの口癖を口にした。
「そういえば、御主人様」
「何?」
「誕生日おめでとう」
「…ありがとう」
彼女の指輪と同じデザインの飾りが私と左手とベクシルの首に一つずつ。繋がれた絆が彼女と《彼女》のように絶対であることを願いながら、私は我儘な子供を宥めすかした。
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