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「――……」

 目が覚めるとそこは古めかしいアパートの一室で、嗚呼夢かと、私は息をつく。
 いつもと同じ、彼女が私に微笑みかける残酷な夢だ。目覚めは、いつもと同じ単調な毎日を始める合図。輝かしい銀色の欠けた世界で、今日も私は一人限られた時間を浪費していく。

「おはよう御主人様」

 それはあの日、彼女が私の運命を操作することを諦めた瞬間から変わらない、変えられない絶対だ。――なのに、

「どこか具合悪くない? 昨日急に倒れたから、俺心配で…」
「……あなた…」
「ん?」
「誰?」

 喋るたび、艶のない銀色の髪が揺れる。昨夜は夜に同化してわからなかった男の持つ《特別》な色彩に、私は思わず目を細めた。

「ベクシル。ベクシル・ナイト」
「…神モドキじゃないのね」

 落胆と共に見上げた瞳もまた、髪と同じ艶のない銀色。こちらを見ているのに《何》を見ているかわからない両目を片手で覆って、溜息一つ。

「御主人様ー?」

 仕草や言い方が、一々小動物のようだ。

「さっきね、あなたのこと夢にしようと必死に自己暗示かけてたの」
「それで?」
「夢じゃなくて心底残念よ」
「えぇー…」

 だけど目の前にいるのは紛れもない人間で、しかも得体が知れない。

「なんで私の部屋がわかったの? 鍵は?」
「俺《魔法使い》だから」

 疲れてきた腕を下ろして体を起こすと、背中をそっと支えられる。ともすれば気付かないくらいの小さな力で。
 そのさり気無い気遣いがまた彼女を髣髴とさせて、私はベッド代わりのソファーに凭れながら意図的にベクシル・ナイトを視界から排除した。

「…それで? なんで私が《御主人様》?」

 怖かったのかもしれない。

「俺が君の《使い魔》だから」
「答になってない」

 必要最低限のものしかない殺風景な部屋、単調な日常に突如現れた銀色。
 彼女ではないと頭で理解していても、一度動き出した心はそう簡単に諦めてくれない。代わりにしてしまえと、出来もしないことを現金な子供が叫んでいた。

「俺は君の、君だけのためにいる存在だから」
「答になってないってば…」

 苦しい。苦しい。胸が苦しくてたまらない。頭の中がグチャグチャで、いつから私は《こんな風》になってしまったんだろう。

「世界のありとあらゆる存在は、対になるために生まれて来るんだよ、御主人様」
「だからって私の対があなたかはわからないでしょ」
「俺にはわかる」
「私にはわからない」

 昔はもっと色々なものが見えていたはずなのに、今はもう何も見えない。
 光も闇も、なにもかもがごちゃ混ぜだ。

「俺は必要じゃない?」
「えぇ」
「なら命令して」
「…私の前から消えろ」

 全てが混ざり合った毒々しい色合いの《何か》が私の中で渦巻いている。それに子供の主張と大人の諦めが合わさって私を攻め立てた。

「おおせのままに」

 早く早く、全部終わってしまえ。彼女が戻らないのなら。
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