冷たい雨が、降っている。
「――――」
月も星もない漆黒の空から、絶え間なく降り続く雨のざわつきは、私の耳から他の音を追い出してしまっていた。長く当たりすぎて雨の冷たさももう感じない。感覚の麻痺した指先には、《杖》を握っている感触すらなかった。
周囲は深い森。一度杖を手放せば、息を潜めこちらの様子を窺っている魔物たちは一斉に襲い掛かってくるだろう。今の今まで散々狩ってきた魔物に引き裂かれて死ぬなんて、あまりぞっとしない末路だ。
けれど、私のような《魔法師》にはこの上なく相応しい。
フィーアラル王国の王都《イザヴェル》を発って一月と半分。西の要である観光都市《ブレイザブリク》を発って十日。スカーヴィズ共和国との国境がある《西の森》に入って三日。
森に入ってからはこの膠着状態が出来上がるまで休む間もなく戦っていたせいで、いい加減限界だ。この際どこでもいいから屋根のあるところで休みたい。
「――――、」
決着をつけようと、重い杖腕を持ち上げる。魔物たちの殺気立った気配だけは、どんなに雨が降ろうと掻き消されることはなかった。
「そろそろ終わりにしましょう…」
呪文を唱える、という魔法師にとって当たり前の行為すら面倒で、深く考えもせず魔力を練り上げた。許容量を遥かに超える魔力を送り込まれた杖は痛ましい悲鳴を上げるが、構いはしない。他の魔法師にとって一生物のそれも、私にとっては単なる消耗品だ。
「《 死 ね 》」
国境近くで大爆発、はいただけない。だから私は言葉を選んだ。
想像を絶する魔力を帯びた言葉を耳にした魔物たちが、次々に息絶え体を失っていく。《魔法生物》の命そのものである《輝石》が幾つも地面に転がって、ぶつかりあって、甲高い音を雨の合間に響かせた。
本当は、放っておくと輝石に魔力が残されている限り魔法生物は蘇ることが出来る。けれど私の唱えた《言霊》は、低俗な魔物ごときに復活なんて許しはしない。
死は絶対であるべきだ。
「…こちらへ」
小さく杖を振って集めた輝石はどれも魔力を失って、どこにでもある《宝石》に成り果てていた。それを杖ごと《次元の狭間》に放り込む。
「……もうだめ…」
途端睡魔が押し寄せて、全身から力が抜けた。
刹那見た空はほんのりと白んでいて、嗚呼もうすぐ朝だと、私は感じもしない眩しさに目を細める。
「――――」
地面に倒れ込む痛みと衝撃を恐れなかったのは、そもそも、そんなものはないとわかりきっていたからだ。
「馬鹿が」
さっと抱き上げられて、地面が遠退く。もう何一つ自由にならない体は彼の思うがままで、寄り添う温もりの寄越す心地良さに逆らう術は、幾ら探しても見つからなかった。
「魔力で体力を底上げするのはやめろと、あれほど言っただろうに」
私を守る《銀》は、呆れ混じりに嘆息する。
はいはいと、気のない返事をしてやろうと開いた唇も重かった。
「…少し眠れ。雨が止んだら起こすから」
「……」
冬の終わりを告げる《浄化の雨》は毎年、何日も降り続いて世界に目覚めを促す。止めば春の《大祭》だ。《アルフヘイム》の《妖精王》が地上へ春をまきにやってくる。
そのための下準備は終わった。この辺りにはもう祭りに紛れて妖精王を襲おうなんて考える馬鹿も、襲えるような実力の魔物もいない。
任務完了だ。
「ん…」
これで祭りの間中、私の自由は保障される。元々そういう条件で受けた任務だ。絶対に覆させはしない。
「――――」
月も星もない漆黒の空から、絶え間なく降り続く雨のざわつきは、私の耳から他の音を追い出してしまっていた。長く当たりすぎて雨の冷たさももう感じない。感覚の麻痺した指先には、《杖》を握っている感触すらなかった。
周囲は深い森。一度杖を手放せば、息を潜めこちらの様子を窺っている魔物たちは一斉に襲い掛かってくるだろう。今の今まで散々狩ってきた魔物に引き裂かれて死ぬなんて、あまりぞっとしない末路だ。
けれど、私のような《魔法師》にはこの上なく相応しい。
フィーアラル王国の王都《イザヴェル》を発って一月と半分。西の要である観光都市《ブレイザブリク》を発って十日。スカーヴィズ共和国との国境がある《西の森》に入って三日。
森に入ってからはこの膠着状態が出来上がるまで休む間もなく戦っていたせいで、いい加減限界だ。この際どこでもいいから屋根のあるところで休みたい。
「――――、」
決着をつけようと、重い杖腕を持ち上げる。魔物たちの殺気立った気配だけは、どんなに雨が降ろうと掻き消されることはなかった。
「そろそろ終わりにしましょう…」
呪文を唱える、という魔法師にとって当たり前の行為すら面倒で、深く考えもせず魔力を練り上げた。許容量を遥かに超える魔力を送り込まれた杖は痛ましい悲鳴を上げるが、構いはしない。他の魔法師にとって一生物のそれも、私にとっては単なる消耗品だ。
「《 死 ね 》」
国境近くで大爆発、はいただけない。だから私は言葉を選んだ。
想像を絶する魔力を帯びた言葉を耳にした魔物たちが、次々に息絶え体を失っていく。《魔法生物》の命そのものである《輝石》が幾つも地面に転がって、ぶつかりあって、甲高い音を雨の合間に響かせた。
本当は、放っておくと輝石に魔力が残されている限り魔法生物は蘇ることが出来る。けれど私の唱えた《言霊》は、低俗な魔物ごときに復活なんて許しはしない。
死は絶対であるべきだ。
「…こちらへ」
小さく杖を振って集めた輝石はどれも魔力を失って、どこにでもある《宝石》に成り果てていた。それを杖ごと《次元の狭間》に放り込む。
「……もうだめ…」
途端睡魔が押し寄せて、全身から力が抜けた。
刹那見た空はほんのりと白んでいて、嗚呼もうすぐ朝だと、私は感じもしない眩しさに目を細める。
「――――」
地面に倒れ込む痛みと衝撃を恐れなかったのは、そもそも、そんなものはないとわかりきっていたからだ。
「馬鹿が」
さっと抱き上げられて、地面が遠退く。もう何一つ自由にならない体は彼の思うがままで、寄り添う温もりの寄越す心地良さに逆らう術は、幾ら探しても見つからなかった。
「魔力で体力を底上げするのはやめろと、あれほど言っただろうに」
私を守る《銀》は、呆れ混じりに嘆息する。
はいはいと、気のない返事をしてやろうと開いた唇も重かった。
「…少し眠れ。雨が止んだら起こすから」
「……」
冬の終わりを告げる《浄化の雨》は毎年、何日も降り続いて世界に目覚めを促す。止めば春の《大祭》だ。《アルフヘイム》の《妖精王》が地上へ春をまきにやってくる。
そのための下準備は終わった。この辺りにはもう祭りに紛れて妖精王を襲おうなんて考える馬鹿も、襲えるような実力の魔物もいない。
任務完了だ。
「ん…」
これで祭りの間中、私の自由は保障される。元々そういう条件で受けた任務だ。絶対に覆させはしない。
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