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 ボトリと聞きなれない音がして、ウトガルド・ロキはまどろみから目を覚ます。
 音の原因が《誰》であるかは、初めから分かり切っていた。だがウトガルドには、なぜ《彼女》がそんな音を立てたのかがわからない。

「…リーヴスラシル?」

 ウトガルドが唯一、傍にいることを許した少女は聡明だがまだ幼く、故に他人――特にウトガルドの――邪魔をして、疎まれることを極端に恐れている。
 そんな彼女が立てた《不協和音》に、ウトガルドは少なからず興味を抱きながら音のした方を見遣った。

「ごめんなさい…」

 案の定、リーヴスラシルはまず謝罪した。そしてのろのろと体を起こし、ぶつけたらしい頭を抱える。
 その様子に違和感を覚えて、ウトガルドは居心地のいいソファーを離れた。床に座り込んだままバツの悪そうな顔で見上げてくるリーヴスラシルの容貌は、今朝見た時よりも幾分大人びて見える。

「誰の仕業だ?」

 いや、実際に成長しているのだ。

「や、あの、これは…」
「誰の仕業だと聞いている」

 自分を見下ろす鮮血の瞳が色を増す瞬間を目の当たりにして、リーヴスラシルは言いよどむ。言っていいものかと、刹那の逡巡すらウトガルドの機嫌を更に損ねるには十分だった。

「《リーヴスラシル》」

 無理矢理にでも聞きだしてやろうと、ウトガルドは言葉に魔力を込める。リーヴスラシルが哀しげに肩を揺らしても、力を緩めてやる気はなかった。

「答えろ」
「…残念だけど、」

 はぁ、と深い溜息が、リーヴスラシルの口から洩れる。同時にリーヴは、驚愕と例えようのない感情を胸に一歩後ずさっていた。


 《これ》は《私の》リーヴスラシルではない。


「《今》の私に、《貴方》の言霊は効かないわ」

 確信のない直感を裏付けるように、《女》は立ち上がりウトガルドに宣告した。

「私の言霊だって、今の貴方には届かない」

 ウトガルドの目の前には確かに《リーヴスラシル》がいる。彼のよく知る姿ではなかったが、確かに、《彼女》の持つ《魂》はリーヴスラシルのものだ。

「お前は誰だ」
「私は、__」

 パタパタと、廊下を走る音が近付いてくる。足音の主が誰であるか、考えるまでもなく気付いたウトガルドはきつく眉根を寄せた。

「失せろ」
「言われなくとも」

 おどけるように肩を竦めた女の向こうで空間が歪む。《歪み》の向こうから伸ばされた手は迷うことなく女を引き寄せ、諸共消滅した。

「――ロキ!」
「…どうした」

 泡沫の夢。
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