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 黒の書第七三項、炎[フレイム]。

「――焼き尽くせ」

 揮われた杖の先から放たれる灼熱の炎は容赦なく敵を焼き尽くし、乾いた大地を蛇のようにのたうった。
 詠唱破棄。それは非常に高度な技で、僕は暁羽以上にこの技を鮮やかに使いこなす魔法師を知らない。

「…これで終わり?」

 手首の動きだけで杖先が振り上げられると、周囲の景色を赤く染めていた炎が一瞬にして消え去る。本当に、異常なまでの鮮やかさだ。

「の、ようですね」

 周囲の気配を探ってから〝盾〟を解くと、同じタイミングで暁羽も魔法書を手放す。落下した黒の書は、彼女の手と地面のほぼ中間あたりで空間に波紋を広げつつ消えた。

「ったく、なんだっていうのよ」

 乱れた髪をくしゃりと握って、暁羽が毒づく。

「怨まれてるんじゃないですか? 貴女」
「心当たりがありすぎて見当もつかないわ」
「でしょうね」

 軽口を叩きながらも、その手には依然杖が握られていた。彼女が何かを待っているのだと思い至って、黒猫の不在に気付く。すると、間をおかずに木々の奥から彼女を呼ぶ声が聞こえた。

「遅い」

 そして、僕たちは運命の邂逅を果たす。





「嘘でしょ…?」

 こればかりは何かの間違いであって欲しいと、心の底から思った。どれくらいぶりだろう、緊張で指先が冷たくなるのは。

「魔物が集まってた原因は、これか」

 豊かな緑に守られ眠っているといえば聞こえはいいが、実際、私の目の前で目を閉じている女が望んで眠りについているとは到底思えなかった。

「エルフ…ですか? こんなところに?」

 蒼燈の言葉が追い討ちをかけるように重く圧し掛かる。そう、エルフだ。透けるように白い肌、尖った耳、整いすぎた容貌。――彼女を見れば、字の書けない子供だって分かる。それほどに、私たち人間とエルフの差は歴然としている。

「僕の記憶が正しければ、エルフがアルフヘイムを出てミズガルズに来る条件は、」
「王への使者か、召喚師による召喚か」

 人間にとって、エルフは絶対的上位種族だ。魔力の絶対量[キャパシティー]にしろ、容姿にしろ、知識にしろ、運動能力にしろ、なにをとっても人間がエルフを上回ることはない。

「そして彼女は、前者」

 けれどエルフは驕ることなく、時には人のためにミズガルズへと赴き力を揮う、いわば善。だからこそ悪である魔物にとっては、無条件で絶対の敵となりうる。

「面倒なことになったわね」

 エルフは光だ。強すぎる光。故に深い闇を呼ぶ。すなわち、魔を。

「蒼燈、取り合えず三重の結界を張って」
「それは構いませんが…助けるんですか?」
「仕方ないでしょ、見つけちゃったんだから」
「…そうですね」

 本当に、面倒なことになった。

「私は陛下と連絡を取ってくる」

 既に結界の構築にかかっている蒼燈と意識のないエルフをただ残していくのは躊躇われて、気持ちばかりの結界を一つ敷いてその場を離れる。
 適当に距離をとって立ち止まると、ついてきていた黒猫は近くの木に駆け上り手頃な枝に落ち着けた。

「そこにいる気?」
「ニャア」
「……」

 当然とでも言いたげな鳴き声に頷き返して、次元の狭間から円形の鏡を取り出す。黒く塗りつぶされた鏡面を見つめながら零した溜息は、思いのほか重々しく聞こえた。

「暁羽・F・クロスロードの名の下に、――開け」

 言葉とともに手放した鏡は地面に落ち、鈍く紫黒に輝く魔法陣を展開させる。


「――何か問題でもあったのかな?」


 その陣に足を踏み入れた次の瞬間、私はフィーアラル王国の現国王、カール・フィーアラルの前に立っていた。王城でも奥まった場所にある中庭の一角で本を広げたカールの傍には、私が使った物と同じ鏡が放り出されている。

「えぇ、残念ながら」

 これが、魔具であるこの鏡の持つ力。

「…どうやら、我が親愛なる騎士殿のご機嫌は最悪のようだ」

 カールは笑った。全てを分かった上で子供の嘘を受け入れる、寛大で嘘吐きな大人のように。私が嫌いな歪んだ笑みで。

「ドラウプニルの腕輪を身につけたエルフを、見つけました」
「…座ったら? あと敬語」
「……」

 手元の本をぱらりと捲って、人の話を聞いているのかいないのか、緊張感のない欠伸を一つ。私が大人しく示された場所に座ると、カールは満足そうに笑みを深めた。

「近衛兵は?」
「鬱陶しいから撒いたよ。幸いにも、この中庭には君の施した人払いの魔法が残されていたからね」

 カールにも聞こえるよう態とらしく溜息をついて脱力する。今頃城中を駆けずり回っているであろう近衛たちのことを思うと胸が痛んだが、それも上辺だけだった。そういう意味では私もカールと同じ嘘吐きな大人で、どこかしら歪んでいる。

「仕事したら?」
「午前中は頑張ったから午後は休憩」
「…これのどこが〝稀代の賢帝〟なのかしらね」
「僕の周りには優秀な人が多いから」

 周囲を高い壁に囲まれた中庭でカールと二人、そんな場合ではないと分かっているのに、連日続いた魔物退治の疲れに負けて、私はうとうとと瞼を落とした。眠ってしまいさえしなければ、きっと、カールは気付かないだろう。

「そうか、ドラウプニルか…。妖精王からの正式な使者の証だね」

 おかしいなぁと呟いて、カールが首を傾げる気配がした。

「なにが?」
「アルフヘイムから使者が来るなんて聞いてないんだ。…連絡ミスかな」
「エルフに限ってそんなこと…」
「まぁ、連絡ミスでも偽物でもなんでも、エルフは保護しなきゃいけないんだけどね」

 初めから分かりきっていたはずの答を聞かされて、私は内心落胆する。本当に面倒なことになった。

「でも、エルフを見つけたのが君でよかったよ」

 それでも、同じ木に寄りかかった男が無邪気な子供のように笑ったので、私は仕方なしに立ち上がる。放り出されていた鏡の前で立ち止まり振り返ると、カールは、何でもないことのように命を下した。

「僕の所に帰っておいで」
「…イエス、マイロード」

 それがどんなに困難な任務か、理解していないはずもないのに。










 鈍く暗い光を放つ魔法陣に足を踏み入れるなり体勢を崩した少女の体を抱きとめて、その場に座り込む。

『そこにいる気?』(お前の傍に、いる)

 〝そこ〟に対する認識の違いが二人にはあった。だから私は嘘をついていない。私はちゃんと〝そこ〟にいる。お前の、傍に。
 掻き抱いた肢体の頼りなさに思わず顔を顰めた。精神だけを対となる魔鏡の元へと飛ばした少女の体は身に余る魔力に溢れ、周囲にその存在を悟らせぬよう意識して張り巡らせた結界は、あまりの強力さに精霊たちの行き来さえ拒む。

(早く戻って来い…)

 私の目は、少女の中に眠る魔力の源――マナ――の姿を、はっきりと映し出すことができた。だからその価値を見誤ったりはしない。なのに何故、ミズガルズの子は気付かない。
 お前達が所有していいものではない。お前達が縛り付けていいものではない。この輝きは比類なく、故に孤独で、誇り高くあるべきなのだ。かつての名高き魔導師たちが、また古[イニシエ]の神々が、等しくそうであったように。

(早く、)

 気高くあれ。
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