緻密に構成された魔法によって、見た目以上に広く作られているウトガルズの城は、ただ中を歩いているだけでも割と楽しい。楽しむことができた。いつまで経っても飽きるということはなくて――なにせ、同じ扉でも開く度に違う場所へ繋がっていたりすることさえあるのだから――城の中を歩きまわっている間は不思議と、四六時中私にべったりなリーヴにそう易々見つかってしまうこともなかった。同じ部屋にあまり長く留まっていると、すぐ追いつかれてしまうのだけれど。
つまり城内の「探検」というよりは、リーヴとの追いかけっこ――ないし、かくれんぼ――を楽しんでいるのが実際。
そうしてうろちょろしているうちに、今日は面白いものを見つけた。
「うわぁ…」
水色に塗られた扉を開けて飛び込んだ部屋の中は、珍しくがらん、としていた。
いまいち用途のわからない様々な道具や性質の悪い呪いをかけられた魔具、目も眩むほどの財宝が所狭しと並べられていたり、部屋の中なのにまるで外のよう風が吹いていて明るかったり暗かったり寒かったり暑かったりする普通じゃない部屋が大勢を占める中で、その部屋はあまりにただの部屋だった。荷物をすっかり運び出されてしまったあとのよう閑散として、中央にぽつんと一つ、大きな硝子のケースがおかれているだけの。
近付いて行って見てみると、嵌め殺しのよう開きそうな箇所のないケースの中には、私よりも二回りは体の大きな銀色の狼が伏せていた。剥製のよう身動ぎもせず、けれどそうだと決めつけてしまうには、毛並みの一本一本までもがあまりに生き生きとしている。
これはなんだろうと、抱いた疑問に答えてくれるだろう人を呼び寄せるのは簡単だった。
「ねぇ、リーヴ」
その名を唱えた次の刹那には、背後へ気配が現れている。硝子ケースの前へと座り込んだ私のことを――逃がさないようにか――リーヴは包み込むよう抱きしめて、私の肩越しに私と同じものを見た。
「これなに?」
前のめり気味だった体を後ろへ倒して寄りかかると、リーヴは私の手を下から掬い上げるようにして持ち上げ、ケースの上へと乗せる。何をするつもりなのだろうと見ていたら、手の平越し、流し込まれた魔力に溶かされるよう狼を囲う硝子がとろとろ落ちていく。
「フェンリルだ」
「フェンリル?」
告げられた名前を私が鸚鵡返しに唱えると、狼はぱちりと目を開けた。首をもたげて私を見上げる。
銀の毛並みに赤い目の、ただそこにいるだけで溜息が零れるほど「美しい」獣だ。
「噛まない?」
「噛まない」
リーヴが言うなら大丈夫だろうと伸ばした手へ、フェンリルは鼻先を擦り寄せてくる。頭を撫でてみると気持ちよさそうに目を細め、ふっさりとした尾をぱたぱた振った。
「かわいい」
無遠慮なほどにわすわす撫で回してもじっと大人しくしていて、とても賢い狼であることはすぐに分かる。
「気に入ったのなら連れて行けばいい」
「いいの?」
問い返してなんてみるまでもなく、私が何かを望んだ時にリーヴが返す答えは決まっていた。
「お前の好きなように」
閉ざされていた扉がひとりでに開いたその向こうは、バルコニーがあるどこかの部屋だった。窓は当然大きく開け放たれていて、遮るものもない。フェンリルは私を背に乗せたまま軽々と跳ね、その向こうへ飛び下りた。
落下の感覚には慣れている。
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