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 チチチチと鳴きながら飛んでいた鳥が、空の途中で目には見えない「何か」へぶつかり悲痛な声を上げる。そしてそのまま落下していくさまを、廊下の途中から為す術もなく見送った。
 真円の結界と正面衝突した鳥の姿は、不可侵の領域沿いにずるずると塀の向こうへ見えなくなる。私には覗き見ることさえ許されない「宮」の外で、あの鳥はあとどれほど生き長らえることができるのだろうか。
 あるいは、もう死んでしまっているのかもしれない。

「ねぇ、誰か――」

 様子を見に行ってもらおうと声を上げて、建物の中から人の気配が失せていることに気付いた。ほんのついさっき食事を終えたばかりなのに、膳を下げるため外からやって来た下女は随分と仕事が早いらしい。
 まぁ、それも仕方のないことか…と、一息吐いて足下の影を見下ろした。

「柩(ひつぎ)、ちょっと見てきてよ」
「――あんなのが気になるの?」

 のっそり這い出してきた獣は狐。九尾の金狐は訳がわからないのだとでも言いたげに首を傾げながら、庭へと飛び下りとてとてと歩き出す。
 九本もある尾がそれぞれ気侭に揺れ、まるで「いってきます」と手を振られているようだった。
 ちょっとそこまで様子を見に行かせるだけなのに、なんだか不安になってくる。柩はちゃんと戻ってくるだろうか。
 私と違って、あの九尾はここの結界を易々とすり抜けられる。

「死んでたら食べてもいい?」
「生きてたらちゃんと逃がしてやるのよ」
「はぁーい」

 庭から一躍。大した助走もつけることなく竹で編まれた目隠しの塀を悠々飛び越え、柩は私の視界から姿を消した。
 塀を越えてしまえば、結界の端もすぐ目と鼻の先。そこから宮を囲う杜の外まで、柩の足ならいったいどれほどの時間で駆け抜けてしまえるだろう。――それこそ、瞬く間というやつだろうか。
 その姿が見えなくなってから、声もなく数えていた数字が二十に迫ろうかという頃。私の憂慮に反して、柩は行きと変わらず軽々と塀を飛び越え戻ってきた。

「逃げられちゃった…」

 気持ちしょんぼりと耳を伏せる柩に、どうかしたのかと訝ってみれば。齢(よわい)千を超える妖のものとは思えないような謝罪が飛び出すものだから、思わず呆れに肩を落としてしまう。

「誰も捕まえろだなんて言ってないわよ」

 むしろ柩を差し向けた当初の目的からしてみると、逃げられるほどに鳥が元気だったというのなら僥倖だ。
 庭先にぺたんと座り込む柩をすぐ傍にまで呼び寄せて、働いたご褒美に頭を撫でてやる。すると――ついさっきまでのしょぼくれ具合が嘘のよう――嬉しそうに尻尾を振りながら擦り寄ってくるものだから、現金なものだと笑ってしまう。

「朱鳥(あすか)ちゃん、朱鳥ちゃん」

 もっと撫でてと、廊下の上まで伸び上がってきた九尾の金狐はついぞ妖狐に姿を変えた。
 人と変わらない二本ずつの手と足を備えた体に獣耳と九つの尻尾を生やす柩は、私のことを逃がすまいとでもするかのように強く抱き込んで頬を擦り寄せてくる。
 お気に入りのペットとのじゃれあいに、笑っていられたのもそれまでだった。

「 やめろ 」

 確と意志を込めた《命令》に、柩はぴたりと動きを止める。突然自由の効かなくなった体に今更戸惑うことこそないが、その目ははっきりと「哀しそう」に私を見た。けれど次の瞬間には、姿を掻き消すように影へと戻る。
 人が来たのだ。

「宮(みや)さま、どちらにおいでですか――?」
「――ここよ」

 りん、と鈴を鳴らすような音を響かせながら舞う蝶が一匹。
 建物の角を曲がり姿を見せた簡易の式に応え、それが飛んできた方へと足を向ける。

「行かない方がいいよ、飛鳥ちゃん」

 影の中へと押し込められた柩は幾度となくそう囁いたが、そういうわけにもいかない。最終的には「黙れ」と素気無く《命令》して、蝶が囁くままに動きまわることを許されている範囲の端まで歩いていった。
 つまり、私が閉じ込められた二ノ宮の入り口まで。
 外敵はおろか蟻の子一匹通すことさえない結界の切れ目。唯一の出入口である鳥居の向こう――すなわち、宮を囲う結界のぎりぎり外――には、見慣れた下女と見慣れぬ男が一人ずつ。
 それまでひらひらと傍を舞っていた蝶は、下女に惹き寄せられるよう結界を越えていった。

「宮さま。この方は――」
「長ったらしい前置きはいい。さっさと許しをもらおうか」

 しょせん式でしかない蝶が下女の着物の柄の一部になるのを見送ってから。ようやく、私は男の方へと目を向ける。

「ですが…」
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