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 最初は何もかもが空っぽで、そこにはただ私が「私」であるという事実だけがあった。

「リーヴスラシル」

 誰かが私を、そう呼んで抱きしめてくれるまでは。





 静かな部屋に一人。重い体を冷たい床へと横たえ、埃っぽい空気を吐いては吸っての繰り返し。
 ただそれだけの夢を繰り返し見る。何度も何度も、くどいくらいに。
 たった一つの窓も、家具らしい家具も、明かり一つさえない殺風景な部屋なんて、私は知らない。私が暮らしているウトガルズの城には沢山の部屋があって、窓のない部屋だって地下に行けばいくらでも見つけられるけど、物置としてさえ使われていないような部屋は一つとしてなかった。この城には、必要だからと望まれた部屋しか作られていないから。
 それに私が床になんて転がっていたら絶対、誰かがやってきて引っ張り起こすに決まっていた。
 なにせ、私はとても大切な「お姫さま」だから。

 いつもいつも、「ただそれだけ」の夢を見た後は気持ちが落ち込んで仕方なかった。どうしようもなく憂鬱な気分にさせられて、伸ばした腕の届く距離に手を握ってくれる人のいないことが、とても不幸なことのように思えてしまう。呼べばすぐに来てくれるはずの人を呼ぶことさえなんだか怖くて――だってもしも、あの人が来てくれなかったら? なんて――ひたひた忍び寄ってくるような気のする「何か」から、隠れるように上掛けを被った。
 けれどすぐに耐えられなくなって、部屋に横たわる静寂から逃げるようベッドを抜け出す。身を守る鎧かお守りのよう、頭の上から被った上掛けはそのまま。裸足の足で部屋から駆け出しバルコニーの手摺に飛び乗った。

「どこへ行く気だ?」

 そのまま隣のバルコニーへ飛び移ってしまうつもりだったのに、後ろから突然ぐいと引かれて――それが体でも服でもなく、よりにもよって被った上掛けを掴まれてのことだったものだから――体は妙な具合にバランスを崩し、手摺に乗った爪先からすっ転ぶよう後ろへ倒れた。

「ぎゃっ」

 勿論、そのままバルコニーの床へと引き倒されてしまうようなことはなく。可愛気なんて微塵もない悲鳴を上げることになった元凶が、私のことを受け止めた。
 視界のほとんどを遮っていた上掛けは剥かれ、けれど顔なんて合わせるまでもなく、そんなことをしたのが誰なのかはわかりきったこと。少なくともこのウトガルズに、私の行動をあんなにも乱暴な遣り様で妨げられるような存在は、たったの一人しかありえなかった。

「ひどい」

 抱きしめているようでいて、ただ単に私のことを捕まえているだけな腕の中から見上げて言うと、リーヴは何食わぬ顔で首を傾げて見せる。

「どこへ行く気だ?」

 そうして、最初の問いかけをもう一度繰り返した。

「別に」

 私はただ、逃げ出してしまいたかっただけ。どこへともなく何かから――逃げて。逃げるためにただ逃げ出した。
 けれどそんな、自分でもよく分かっていないような胸の内を上手く説明してしまえるはずもなくて。つっけんどんに答えると、リーヴはただ「そうか」とそれだけ言って部屋の中へと引き返す。

「どこ行ってたの」
「隣の部屋」
「…なんでいなかったの」

 流れる血のように赤い両の目の奥へ理解が過ぎったことに気付いて、思わず顔を顰めてしまう。
 私のことをベッドへ戻そうとしていたリーヴは離しかけていた手を直前で止め、まるで小さい子供でもあやすよう目元へ口付けてきて頭を撫でた。

「今度は目が覚めるまで傍にいる」

 私とは違うリーヴは、眠ったりしない。睡眠なんてものを必要としてはいなくて、私がくぅくぅ寝ている間に暇を持て余させてしまうことは素直に申し訳がなかった。だから私は、リーヴに「目が覚めるまで傍にいて」なんて言わない。――言えない。
 ただ時々、リーヴが私と同じ「人」であれば――手を取り合って眠ることができるのに――と、考えてしまうことはどうしようもなかった。

「それとももう起きる?」

 ベッドの端へ腰掛ける私の前へ跪くよう、俯けた顔を覗き込んでくる。リーヴはいつだってそうだ。なんでも私のいいようにって――甘やかして――私をどんどん駄目にしていく。優しくされることはただ嬉しいのに、同じくらいどこか哀しくてたまらなかった。
 そんな風に思ってしまうことさえきっと、「ただそれだけ」の夢のせいで。それはちゃんと分かっているのに、私は私がどうしたいのかさえ分からなくなってしまう。いつもの私ならどうするか、いくら考えたって答えは出なかった。
 そもそも「私」ってなんだ。

「リーヴィ」

 抱きしめられると温かいのに、リーヴの指先はただ触れてくると少し冷たい。だから包み込むよう頬へ触れられると、だんだん馴染んでいく体温が心地良かった。

「リーヴスラシル」

 視線を促しているのだろう。呼びかけは、まるで言い聞かせているようでもある。私が誰かということを――何度も何度も繰り返し――、刻み付けるよう。
 そんな風に言ってもらわなければ、私はどうしようもなく自分が分からなくなってしまう。心細くて仕方がなくなって、できるならどこまでも逃げ出してしまいたいくらい。どこかに今の私でない「私」がいるのではないかと、どういうわけか思えてしまって。ここで遊ばせているたった一つの体を狙われているような気さえしていた。

「リーヴ…」

 目を閉じ眠って、目覚めた時に私が「私」でなくなってしまっていたら――。
 それでもリーヴは、「私」のことを私と同じよう大切にしてしまうのだろうか。

「私が今の私じゃなくなっても、ちゃんと大切にしてくれる…?」
「お前がそれを望むなら」

 そんなのは嫌だ。だけどそんな、仮定の話に意味は無い。私はどんなに逃げたって私のまま、他の何者にだってなれるはずもなかった。
 リーヴが私と同じになれないことと、それは同じ。私だってリーヴと同じものにはなれないのだから。

「大切になんてしなくていいよ」

 手を伸ばして引き寄せて、触れ合わせた額から想いが伝わりますよう――。
 そんな風に、願うよう目を閉じた。
 だけどどうか、気付かないでいて欲しいとも思う。

「ここにいる私だけが、あなたのリーヴスラシルだから」

 それ以外は違うのだと、あなたは分からなくてもいい。
 私さえ、忘れなければそれでよかった。





(真夜中に目覚める理由/姫と王。ひとり)
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