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 あそこに入ってはいけないよ、と言うのは子供に対して逆効果だ。黙っていれば興味なんて持ちはしないのに、入るなと言われたらどうしても入りたくなってしまう。
 家の地下の、一番奥まった所にある扉の前で、俺は深々と溜息を吐いた。もうずっと使われてないその扉は魔法で厳重に施錠された上、物理的な鍵まで付けて封印されていた。こんなんじゃ、入りたくても入れないじゃないか。

「無駄足かよ…」「――リヴァル?」

 長居は無用と踵を返して、硬直。

「こんな所で何を?」

 わかりきったことをそ知らぬ顔で尋ねてきたのは、この家に昔からいる奇妙な女だった。沙鬼、と呼ばれるそいつのことを俺はよく知らないが、一般人じゃないことだけははっきりしている。何年経っても姿が変わらないなんて、どう考えたって異常だ。

「別に何でもねぇよ」
「扉を開けたいのか?」
「何でもねぇって!」
「手伝ってやってもいいぞ」
「なっ…」

 思いがけない沙鬼の提案に、俺は言葉を失う。昔から何を考えてるのかわからなかったけど、どこかでこいつは《親父側》の人間だと思っていたから。

「魔法錠が解けないんだろう?」
「……」
「私が解いてやってもいい」

 突然の提案に動けないでいる俺の横をすり抜けて、沙鬼が扉の前に立つ。伸ばされた手はいとも簡単に扉の中から《魔法錠》を構成する《魔法陣》を引きずり出した。
 肩越しに振り返った沙鬼の黒い瞳が、これほどに底知れないと感じたことはない。

「それであんたに何の利益があるんだよ。…バレたらただじゃすまないぜ?」
「構わないさ。お前が扉を開けてくれるならな」
「自分でやればいいだろ」
「いいからさっさと決めろ。開けるのか、開けないのか」

 冷静であることを装ってはみても、その時俺は確かに混乱していた。

「…開けてやるよ」

 ニヤリと口角を吊り上げた沙鬼が、幾重にも重なり合って歯車のように回る魔法陣の一つに触れる。奴の髪と同じどす黒い色をした光は瞬く間に全ての魔法陣へと流れ込み、パリン、と薄い硝子を割ったような音が強かな風と共に埃っぽい廊下を駆け抜けた。
 俺が目を閉じた一瞬の間にもう一つの鍵も破壊して、沙鬼が場所を譲る。

「開けるだけだからな…」

 そして扉は開かれた。


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