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 どこからともなく現われた黒猫を抱いて、開かれた門扉に寄り掛かる。いつもなら見送りに来るグロイは姿を見せず、代わりに《東の賢者》エイリークが《転移装置》の用意をして待ち構えていた。彼女によると、グロイは昨日の内に北へ旅立ったらしい。

「他の学生はまだ来ませんの?」
「二人とも遅刻はしない」
「わたくしも暇ではありませんのに…」
「転移装置くらい補助なしで動かせるけど?」
「陛下の命令でなければわたくしだって城を開けたりしませんわ」
「…大変ね」
「月に一度は王都を空けるあなたに言われたくありません」

 そう言ってエイリークは顔を背け、転移装置を囲む柵の途中に腰かけた。

「私は戦ってる方がいいのよ」
「ノールにまた言われますわよ」
「死にたがりウィザードって? …陛下の耳に入ってまた仕事増やされればいいのよ」
「違いありませんわ」

 腕の中で大人しくしていた黒猫が伸びあがり肩を叩く。振り返ると、幾つか向こうの路地を冬星と蒼燈が並んで曲がってくるのが見えた。二人とも薄手の外套を羽織っている。

「おはよう」
「おはようございます」
「君にしては早いね」

 いかにも任務に出る魔法師の風体だ。

「あんたたちに転移装置の用意させるわけにもいかないでしょ?」
「資格もありませんしね」
「暁羽」

 無駄話をしてる暇はないと、急かすようにエイリークが立ち上がる。彼女の存在に気付いた二人は貴族っぽい形式ばった礼をして口を噤んだ。

「はいはい」

 気のない返事をして腕を下ろす。落とされた黒猫は軽やかに着地して転移装置へと向かった。全員が魔法陣の内側に収まると、間髪入れず魔力が注ぎ込まれる。

「幸運を」

 爆発的な光を放ち、転移装置は発動した。





「やられた…」

 僅かな空白があって、転移の終了とともにぼやけていた周囲の景色が輪郭を取り戻す。同時にそこがもう一つの転移装置がある東の街《グリトニル》ではないことに気づいて、にわかに戦慄した。

「ここは…」
「見てわからないのかい?」

 黒猫が鋭く鳴く。あの時と同じだ。

「――伏せて!!」

 黒く濁った力が顕現する。遊び半分で放たれたのだろう力は咄嗟に放った魔力とぶつかって容易く四散した。

「防いだか」
「私に同じ手が二度通じるとでも?」

 見覚えのある魔族が、《次元の狭間》からこちら側へと姿を現す。忘れもしない、この男の名は――

「アルスィオーヴ、残念だけど貴方と遊ぶ気はないわ」
「そうはいかない」
「…貴方関係者なのね?」

 確信を持った問いかけに、アルスィオーヴはいけ好かない笑みを深めた。どうあっても、因縁の決着は今つけなければならないらしい。――とすると、背後に庇った二人が邪魔だ。

「冬星、蒼燈、二人でも大丈夫ね?」
「貴女一人で相手をする気ですか!?」
「なら君残る? 僕は行くけど」
「嫌ですよそんなの、まだ死にたくありません」
「なら決まりよ」

 縄張意識の強さが災いして、この森にアルスィオーヴ以外の魔族はいない。離れられるのなら、むしろその方が安全だ。

「逃がすならさっさとしろ。手は出さないでいてやる」
「それはどうも。――行って」

 こっちの手加減だって必要ない。

「前回と同じ手は効かないのだろうな」
「魔力封じのことを言ってるなら対策済み」
「…残念だ!」

 再び放たれた力は先ほどの比ではなく、込められた殺意に胸が高鳴った。ノールに《死にたがりウィザード》と呼ばれても仕方ない。より強い敵と戦う楽しさは、賢者でいる限り理解しがたい快楽だ。

「そうでしょうね!」

 一度知れば病み付きになる。





「学生にしてはよくやる」

 高位魔法の連発で杖が悲鳴を上げていた。逆に練り上げる魔力は、使えば使うほど研ぎ澄まされていく。

「だが力押しだな」

 五感もそうだ。

「魔力の絶対量で、魔族に勝てると思うな」

 アルスィオーヴが右手を掲げる。咄嗟に杖を振り上げ築いた障壁も、四重に重ね撃った攻撃魔法も、気休めにすらならない程の力が集束する。

「さらばだ、死を免れぬ人の子よ」

 絶対的な力が落とされた。両手で覆い隠せる程の大きさしかない魔力の塊は、途中ぶち当たった攻撃魔法をことごとく取り込んで、その馬鹿馬鹿しい質量を肥大させる。

「うわやばっ」

 急場凌ぎの似非障壁で防げるわけがなかった。かといって結界を紡ぎなおす時間はない。どの道魔族相手に通用するような結界は、どれも大掛かりで実用性に欠けていた。

「健闘は称えよう。…だが、」

 勝ち誇ったアルスィオーヴの声が遠退く。頭の中で鳴り響いていた警鐘はぴたりと止んで、見てもいないのに足下の影が波立つのがわかった。

 ――呼べ

 見えない手が耳元の髪を掻き上げる。

「リーヴ…」

 アルスィオーヴの力は障壁に触れると同時に爆発した。――避けられる距離じゃない。

「調子に乗るなよ、三下が」

 刹那顕現したリーヴはいとも容易くアルスィオーヴの力を打ち払い、酷く不機嫌そうに笑った。かつてこの世界で最も誇り高く美しい巨人族の王であった存在は、普段なら巧妙に隠している攻撃性も露に魔力を解放する。

「なに…?!」

 彼が直接手を下す必要は、なかった。

「《消えろ》」
「ッ!!」

 その言葉こそ存在にして絶対の武器。

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