桜の盛りはとうに過ぎ、時季が時季なら桃色の絨毯に覆われる小道は木々の影に覆われ涼やかな空気で満たされていた。
「もうそんな季節か」
途切れることのない蝉の声に耳を傾け、女――イヴリース――は頬を撫でる風の心地よさに目を細めた。
「桜の咲く頃には戻ろうと思っていたのに」
落胆した言葉とは裏腹に、自嘲と呼ぶには淡すぎる笑みを浮かべ歩き出す。あてもなく、というにはしっかりとした足取りで。目的があるにしては穏やか過ぎる彼女の歩みにあわせ、那智も歩き出した。
態々イヴリースが口にするまでもなく、場の雰囲気を感じる心さえ持っていれば、ここに訪れる四季を容易に想像することが出来る。
春には桜。夏には青々と茂る草木。秋は紅葉。冬は見渡す限りの銀世界。
「いい所だろう」
「あぁ」
心を読んでいたようなタイミングで発せられたイヴリースの言葉に何の含みもなく返し、那智は感嘆と共に深く息を吐き出した。
「こんな所、初めて来たよ」
「そうそうありはしないんだよ、ここまで清められた場は。今はどこもかしこも少なからず穢れているからな」
「穢れとか、そういうの俺にはわかんないけどさ、とりあえずここが他の場所とは違うってことは分かる」
「それが分かるだけお前は幸せさ」
「それに――」
「それに?」
「…なんでもない」
あんたと同じだ。
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