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「リーヴ?」

 放り出すよう些か乱暴に下ろされた先。
 カーテンのすっかり開かれたベッドに私のことを組み敷いて、リーヴは問う。

「どこがいい?」
「どこ、って…?」

 互いの呼吸が数えられるほどの距離。流れる血のよう真赤な双眸に見下され、胸騒ぎがするなんて初めてのことだった。
 慣れた行為。見慣れた容貌が、不穏。

「私を魔獣として連れ歩くつもりなら、私がお前のものだという印が必要だろう」
「そんなの…」
「刻めば、私はいついかなる時であろうと――どんな状況でも――お前の召喚に応じられる。――これがどういうことか、よもや分かないとは言うまい?」

 魔法使いは万能じゃない。リーヴと違って私は《王》でさえない人なのだから、保険は多い方がいうということなのだろう。
 リーヴはどこにいたって私の声を聞くことができる。だけど私の声がいつだってリーヴにまで届くとは限らない。

「…心配し過ぎじゃないの」
「私がこういう性質(たち)なのは、お前がそうなるように望んだからだ」
「……」

「服着て隠れるところ…」
「…背中でいいか」

「痛みはないだろうか…少し熱くなるぞ」
「そう言うならやめてよ」
「無理だ」

「っ――」

「わかるか? ――ここに私の《マナ》と同じ模様が刻まれている」
「ノスリヴァルディに何か言われたら、リーヴに無理矢理されたって言うから」
「好きにしろ」
「もう…」


「リーヴの《マナ》は、どんな形をしているの」


「きれい…」

 複雑な、幾何学模様だ。言葉では到底形容し難い形状をしている。肌を這う血色の筋は、強いて言うなら絡みつく薔薇の蔓じみて私に根を張っていた。

「気に入ったか?」

 未だ熱を持つ刻印にリーヴが触れると、背筋にぞくりと震えが走る。
 思わず漏れそうになった声はどうにか、既の所で呑み込んだ。

「うん。でも…ちょっと幅とりすぎじゃない? 背中が半分埋まってる。あとこれだと背中の出る服着たとき見えちゃうんじゃ…」
「隠すようなものでもないだろう」
「隠れる所がいいって言ったのに!」


----


「一人で座れる」
「そうか?」

 私の言うことになんてまるで聞く耳持たず、リーヴは私のことを抱きしめたまま。さも当然の事のよう一人で椅子に腰掛けて、大人しい背もたれと化す。
 そりゃあ私は、そうしてくれた方が楽でいいけど。

「ちょっとずつ動いたほうがいいって、ノスリヴァルディが言ってたのに…」

 目一杯寄りかかったまぶすくれていると、顰めっ面を抓まれた。
 むにー、と頬を引っ張ってくる指をはたき落とせば、宥めるよう頭を撫でてくる。
 誤魔化されないぞ…。

「手を退けて!」

 それ以上は怒るわよ…と、脅しつけるよう言ってようやくしっかりと腰へ回されていた腕が離れる。横向きに座らされていた膝から下りてすぐ隣りの椅子へ移れば、往生際悪く後ろ髪を引かれた。
 丸いティーテーブルへ頬杖ついたリーヴは、まるで「戻って来い」とでも誘いかけるよう髪に絡めた指を動かす。

「ついに逃げられたんですか?」

 ティーセットを持ってきたビューレイストにそう言われると、今度はリーヴが顰めっ面になる番だ。

「ビューレイストも一緒に飲む?」
「お望みとあらば」
「お前、仕事はどうした」
「急ぎの分は終わってますよ、勿論」

 三人分のお茶と、私だけが手を付けるお菓子をテーブルに広げ、ビューレイストはリーヴの正面――私の右隣――に陣取る。
 両手に花ってやつだろうか、これは。

「たまにはリーヴが交代すれば?」
「それはさすがに…いくら寵姫の『お願い』でも私が心労で倒れます」
「ふぅん?」
「あとで八つ当たりされるのも嫌ですしね」

 四六時中一緒にいるからまぁいいや――と。ビューレイストとばかり話して放っておくと、そのうちリーヴは椅子ごとにじり寄ってきて私の髪を弄り始める。
 横からやって、変に歪んだ仕上がりになったりしないのだから器用なものだ。

「あ、これ美味しい」
「寵姫は酸味のある果物が好きですね」
「んー…そうなのかな。結構な甘党だと自分では思うんだけど」
「それは加工品ですから」
「…元々酸っぱい果物を甘くしたのが好きってこと?」
「明日は手を加える前のものを持ってきましょう。食べ比べてみては?」
「そういえばジャムになってないそのものは食べたことないかも。うん。――楽しみにしてる」
「はい」

 一頻り話した後でビューレイストが仕事に戻ると、会話が途切れる。これといって話すことがないというわけでもないけど。沈黙が苦ということもない。
 リーヴが手を付けなかったカップにミルクと砂糖を流し込みぐるぐるとかき混ぜているうち、なんだか眠たくなってくる。
 小さなテーブルに頬杖ついてぼんやりしていたら、欠伸が零れ落ちる前にリーヴが席を立った。
 断りもなく抱き上げられるのは予想通りの展開で、特に驚くほどの展開でもない。二人してバルコニーから引っ込んで、私一人がソファーで昼寝だ。そういうお約束。
 体の隅々から力を抜いてリーヴへ寄りかかると、それはもちろんとても楽なことだった。気持ちがいい。

「ちょっとだけ」
「あぁ」
「すぐ起きるから…」
「おやすみ」

 こういう甘やかしが私を駄目にしているのだといういうことは、ちゃんとわかっていた。


***


「なにこれ酸っぱいっ…」
「甘いものもありますよ。品種によって違ってきます。――こちらをどうぞ」
「……あ、これは甘い」
「寵姫にお出しすると話したら厨房が用意してくれました。普通ここには、加工用のものしかないんですけどね」
「なんでこんなに違うの?」
「それはまぁ、そういう種類だからとしか言い様がありません。品種改良してあるんですよ。加工用のものはどうせ砂糖と混ぜますから。それ自体に甘さは必要とされないんです。生食用の方は色が鮮やかで粒も揃っているでしょう? 味と同じくらい見栄えも重要なんです」
「全部美味しくすればいいじゃない」
「加工用のものは、その分早く成長するし虫にも強いんですよ。あまり欲張りにはできないんです」
「ふぅん…」
「あとで農園の方へ行ってみては? 面白いかもしれませんよ」
「摘み食いしに?」
「歩き回れば腹ごなしにもなりますし」


***


「――ノスリヴァルディ?」
「あら、姫さま。どうしたの? こんな所で」
「散歩。ノスリヴァルディこそ、治癒士なのに畑仕事するの?」
「あぁ。これはね、薬なのよ。ぜーんぶ薬草。だからあたしが管理しておかないと」
「へー」
「あの辺りにあるのはハーブだから、姫さまにも分かるかしら? お茶の時間用にって、ビューレイストにも分けてあげてるのよ」
「ハーブ…カモミールとか?」
「カモミールも、ローズも、ミントも、タイムも、ラベンダーも。なーんでもあるわよ。この季節じゃ本当は手に入らないような花も、一緒に育てられない苗も、ここは土も水も特別なものを使っているから」
「…便利ってこと?」
「とーっても。本当はね、種を撒いてしまった後は放っておいても大丈夫なくらいなのよ。それでも手をかければかけてあげるだけいいものができるんだけど」


「あぁ、そろそ夜の時間よ。戻りましょ、姫さま」
「夜の時間?」
「ここでは四刻ごとに昼と夜が変わるの。つまり、一日二回は昼か夜があるってことね。明日は外が昼間のうちに来てもここは夜だから、気をつけるのよ」
「どうしてそんな風になってるの?」
「毎日が早く過ぎたように勘違いさせて普通より早く収穫するためと、夜しかできない作業が昼間にできるように。慣れれば便利なのよ」
「ふぅん…」


***


 ドワーフが管理しているのです。

「林檎とかどうやって採るの?」
「積み上がって」
「……あぁ…」


***


「馬だ!」

「乗れるかなぁ」
「よっぽど機嫌を損ねなければ、落とされるようなことはないだろう」

「――失敬な。この私が姫君を落としたりなどするものか」

「…馬って喋るの?」
「ここに真当な馬なんていやしないよ、姫さま。みーんなユニコーンさ。今は昼間だからこうして化けているけどね」
「凄い!」


「姫さまのためなら鞍くらいどうってことないさね」
「…現金な奴らだ」


「リーヴは?」
「こいつらは男を乗せん。城の中を走るくらいなら危険もないさ」
「わかった」

「さぁ姫さま、行きますよ」
「うん!」


「――女性に変わられればよかったのでは?」


***


 城壁の内側を一周りして戻ると、リーヴは地面に伏せたユニコーンの一頭へ寄りかかるようにして青草の上へ座り込んでいた。

「リーヴ!」

 呼びかける前から私の方をずっと見ていて、声をかけ手を振るとひらひら振り返してくれる。

「今度遠乗りに行こうよ、姫さま。朝から晩まで一日中、ウトガルズの果てまでだってあたしとなら楽しいよ!」
「そうね!」


「楽しかったか?」
「とっても!」
「そうか」
「ねぇ、今度は遠乗りに行かせて。今日じゃなくてもいいから!」
「ビューレイストに暇があればな」
「…リーヴは一緒に来てくれないの?」

「ウトガルド・ロキ。意地悪はよくないよ」
「何の話?」
「姫さま、姫さま。一生懸命お願いするんだよ。姫さまには逆らえないんだから」

「お前…分かって言ってるのか?」
「何を?」
「だから…」
「姫さまがんばってー」


「どこ行くの?」
「寝室」
「…疲れてないよ?」

「ユニコーンは乗り手に負担をかけないからな。…女しか乗せないというのが玉に瑕だが」


***


 下ろした私をそのままベッドの奥まで押し込んで、カーテンを閉ざしてしまう。
 リーヴは「つまりな」と、片手で私の視界を遮った。

「お前が私に要求しているのはこういうことだ」

 その、声質の変化に気付く。


***


 綺麗な女の人だ。

「美人…」
「…ビューレイストと大差ないはずだが」
「ぜんぜん違うよ…」

 触れ合った唇の柔らかさだって違っている。素肌を這う指の細さや抱きしめられた時の感触だって、全然。

「こっちの方が気持ちいい…」
「おい」
「だってぇ…」


***


「聞いてよビュー! リーヴの方が胸大きいのよ!」

「女になって見せたんですか? 甘やかしも大概ですね。
 あと寵姫、胸の大きさは調整できますよ」
「そうなの!?」
「できないと不便じゃないですか」
「…出来ないのが普通だと思う」
「それはまぁ、巨人に生まれた特権というやつですね。姿形の偽装は十八番です。なにせ、誰でも生まれながらに二つの姿を持つ種族ですから」


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