「おつかいはちゃんとできた?」
「うん」
その向こうにまだ何かあるのだろうか。
弱められた僕の感覚は今、三重に張り巡らされた結界全ての管理者である朱鳥ちゃんのそれに遠く及ばない。たとえ扉一枚隔てた向こう側に誰かいて、そこで何かとんでもないことが起こっていたとしても、朱鳥ちゃんが教えてくれない限りは分かれなかった。
「なら、勝手に怪我したことは大目に見てあげる」
ほんの少し意識を余所へやった途端、朱鳥ちゃんの両手は僕の手からするりと逃げ出してしまう。
門から一直線に伸びる石畳の上をこつこつ歩き出した朱鳥ちゃんは、僕になんてすっかり背中を向けてしまいながら二ノ宮の中へと帰っていく。
慌ててあとを追いかけると、未だ血塗れの体が目についた。振り返ってみれば門の所にできた血溜まりから、点々と赤い足跡が続いている。服もぐっしょりと血に濡れて、とてもじゃないけどそのままお供ができるような有り様じゃない。
「おいで」
なのに。躊躇う僕を、朱鳥ちゃんはあっさり宮の中へと連れ込んだ。小さな子供にするよう手を引いて、真新しい下駄を脱いだ裸足の足は音もなく複雑に入り組んだ廊下を奥へ奥へと進んでいく。
朱鳥ちゃんと僕が一人と一匹でいるには広すぎる屋敷。だけどやっぱり――それさえ――幻で、本当は小さな社がぽつんと一つ建っているだけな結界の中は、そんな真実が到底信じられないくらい難解な迷路と化していた。
ちょっとしたおつかいさえも無事には終えられない下僕の手を引いて歩く、優しい御主人様だけが正しい道を知っている。どこをどう歩いていけば、目指す場所へと至ることができるのかを。
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「知ってる? 人が妖を喰らうと寿命が千年伸びるんですって」
たとえば朱鳥ちゃんなら、僕に「動くな」と《命令》して胸を裂き心臓の中から《核》を取り出すことくらい、簡単にやって退けてしまうんだと思う。普通ならそんな風にして手に入れた《核》は意味ないんだけど、僕は朱鳥ちゃんが欲しがるものならなんでもあげるのが当然な下僕だし。たとえそのまま《核》を丸呑みにされたって、きっと――千年増しの寿命どころか、ちょっとやそっとのことじゃ老いも死にもしない――僕たち生まれながらの妖と遜色ない立派な命をあげてしまうだろう。
「不老不死にでもなんでもしてあげるから、食べるのだけはやめてくれないかなぁ…」
だけど。わざわざ自分の手を汚さなくても、朱鳥ちゃんはただそれを望むだけでいい。
僕は朱鳥ちゃんになら永遠の命だって、若さだって、妖としての力だって――多分、朱鳥ちゃんが望むようなものはなにもかも――与えてあげられるんだから。
「――あたしがもうちょっと大きくなったらね」
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