するりと抜かれた指輪に、仕舞い込まれていた髪が広がる。私にとっては鬱陶しいばかりのそれを、リーヴはさも満足そうに梳き流した。
私だってリーヴの髪は好きだし気に入ってるけど、きっとリーヴが私の髪を気に入っているほどじゃない。
「何がそんなに楽しいの?」
「――楽しい?」
なのに。その理由を尋ねてみれば、そんなことを訊かれるとは思ってもみなかったのだとばかりの反応が返る。
ベッドへ仰向けに寝そべる私の上で、リーヴは虚を衝かれたよう目を瞬かせた。
「ふふっ…」
だけど。驚いたのは私の方で、まさかそんなつもりもなく執着していたのかとおかしくなってしまう。
次第にこみ上げてくる笑いごと腹を抱えて横向くと、首を傾げながらも片手間に髪を弄んでいる。
そんなの「楽しんでいる」以外にいったい何があるというのだろう。
「リーヴスラシル?」
「なんでもない」
---
少し考えるような素振りを見せ、リーヴは手にした指輪を私の耳元へ近付けてきた。何をするのだろうと内心首を傾げているうちに、なんだかひんやりとしたものが耳朶に触れる。
「ひあっ…」
それがリーヴの指先でなかったことだけは確かだ。
「…耳が弱いのか」
咄嗟に逃げを打とうとした体をあっさり抑え込み、どうどう宥めすかすよう背中を撫でてくる。リーヴが感心したよう呟く間も、私は自分の耳に張り付いてうぞうぞと蠢く「何か」の感触へ耐えるのに必死。
ぶんぶん頭を振り回しても、「それ」は結局落ち着くところへ落ち着くまで私の耳を這い回った。
動きが止まる頃にはこっちがぐったり。
「なにしたの…」
私がこんな目にあわされていいはずがない――。
そんな心境のありありと篭る声は震えていた。
「見た方が早い」
ようやく私の体を自由にしたリーヴは小さな手鏡を差し出して、未だに妙な感覚の残っている耳を映して見せた。
結論から言って、そこには穴を開けた覚えもないピアスが嵌っている。
銀の台座に赤い石の乗った、飾り気のないピアス。恐る恐る触ってみると、見事に耳朶を貫通していた。
全然痛くはなかったのに。
「傷物にされた…」
「その言い方は人聞きが悪い」
「ほんとのことじゃない」
ジト目で睨んでも涼しい顔。リーヴは私にやったのと同じよう、自分の分の指輪も耳へ触れさせピアスに変えた。
その過程はどうにも悍ましい。ただ、銀の指輪がとろりと形を崩した瞬間だけを切り取ってみれば美しくもあった。先にその様を見せられていたら、抱く印象もきっと変わっていただろう。
そしてリーヴと「話」をするための魔具を耳につけるのは、なかなか理に適っていると思えた。
「どうしていつも説明の前に実行がくるの」
「手間が省けていいだろう」
もしかしてリーヴも大概、性格の悪い人なんじゃないかと気付いても後の祭りだ。もしそうじゃなかったとしてもそれはそれで性質(たち)が悪い。
「お前がもっと愚かな子供であれば、言葉を尽くしてみるのもいいかもしれないな。
それに…」
「それに?」
「私のことを信用しきって体を差し出されているのは気分がいい」
「うわぁ…」
「私が意図して魔力を無力化しない限り、お前に無断で肉体への干渉はできない。それができているということはつまり、それをお前がはじめから許しているということだ。――本当に嫌なら、お前は私を拒むことができる」
「……」
そこまでする必要はないだろうと、思っているのが実際。確かに私はリーヴを許していた。そして信用しきっている。リーヴを信用できなくなってしまったら、私は今ここにいる私自身をも否定するようなものだ。
私はリーヴを信じている。返して言えば、返して言えば、私はリーヴ以外に信用のできるものなんて何一つとしてなかった。それが本当のこと。
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