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「お前らって結構好きだよな、こーゆーとこ」



 こつこつこつ。近付いてきていた足音が止まって誰のものか分かると、恭弥は「ほらね」と言わんばかりの顔をした。

「こういう所?」
「意外って、あなた僕らにどんな幻想抱いてるの」

 ほんとにね。

「失礼な話」
「あなたには僕たちが」
「ファミレスになんて縁のない」
「浮世離れした」
「「妖精にでも見えてるのかな」」

 甘ったるいパフェを平らげてごちそうさま。視線だけでもういいのかと問うてきた恭弥へにっこり笑顔を返し、伝票を摘み上げた手で《跳ね馬》を追い払う。

「邪魔」
「そこまで言うか…」

 すごすご退いた《跳ね馬》の表情は整った造作が勿体無いほど情けない。
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 ぐしゃり。



 不協和音に目が覚めた。

「イツキ!!」

 誰かの悲鳴じみた声に、恭弥が思い描いたのは地獄絵図。引き裂かれ踏みにじられぐちゃぐちゃにされた七つの死体。

(それがとうぜんだと)


---


 ぐしゃり。――不協和音に目が覚めて、まず視界へ飛び込んできた非現実に恭弥は一瞬言葉を失くした。

「……ねえさん…?」

 力なく投げ出された四肢閉ざされた瞼止めどなく流れる血。血。血。

「イツキ!!」

 これはなんの冗談だ。

(はいぼく)


---


 その牙は確かに届いていた。
 けれど足りなかったのだ。

 開匣状態の続いている雲鴉は瀕死のイツキに誰も近付けようとはしなかった。例外は一人だけ。

「もういいよ」

 手酷くやられた自覚のある恭弥はけれどこれほどではないなと、珍しくイツキ自身の血で汚れた頬を撫でる。

「誰か手当てを!!」

(いたい?)


---


「近付かない方が身のためだよ」

 何を言っているイツキのことを殺す気かと、いくら外野に喚かれようと、やはり恭弥にとっては現実味に欠ける光景だ。

「死ぬことになるのはあなたたちだ」

 イツキが負けた。完膚なきまでに。恭弥のイツキが。

「…君も人間だったんだね」

(わすれてたよ)


---


 イツキの動きは怪我をものともしないものだった。反応できたのはその動きをあらかじめ予期していた恭弥くらいのもので、それでも手当てのため近付いてきた人間の首を違わず切り落とそうとしたナイフは本当に間一髪で空振った。

(ておいのけもの)


---


「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!!」
「その前に君が死ぬよ」

(まったく…)

 指先から徐々に冷えていく体。ままならない呼吸。濁る視界。

「早く手当を!!」

 酸素の足りない頭でだって、自分がもう戦えないことくらい分かる。

「おい、しっかりしろ!!」



 嗚呼、負けちゃった。



「恭弥!!」

 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺して――

「うるさいな…」

 流れ込む思考はそればかり。心底辟易と毒づいて、恭弥は痛みを追い払うよう頭[カブリ]を振った。自分のことを呼びつける跳ね馬の声は相当に切羽詰っているけれど、それはただの自業自得。問題なのはイツキの方だ。
 負けてしまったと泣いている。殺してやると叫びながら暴れ回る死にたがり。

「手負いの獣に近付くからだろ」

 もう意識なんてほとんどない。だからこそ理性の手を離れた体は本能に忠実で、たとえ手当のためだろうと不用意に近付いてくる人間をそのままにしておけるほどイツキは人に慣れていなかった。
 手加減も何も無いナイフの一閃から間一髪、腕の一つも犠牲にすることなく跳ね馬が逃れられたのはほとんど奇跡に近いと、恭弥は他人事のように思考する。
 実際他人事だ。

「恭弥!」
「……」

 これで跳ね馬が保身のために騒いでいるのなら、恭弥は迷わずトンファーで殴りかかっていただろう。けれど実際、跳ね馬が守ろうとしているのは自分を殺そうとしたイツキのことだ。
 おびただしい量の血を垂れ流しながら立ち尽くす。イツキは跳ね馬が近付くまで死んだように四肢を投げ出し眼を閉じていた。その足元に広がる血溜まりがそろそろ取り返しのつかない域へ達することくらい誰が見ても一目瞭然。
 けれど恭弥にはどうしても、たかだか腹を抉られたくらいでイツキが死ぬとは思えなかった。それでも毛を逆立てた猫のように無茶な殺気を撒き散らす馬鹿な姉を止めるため一歩踏み出したのは、いい加減頭の中で止まない悲鳴じみた慟哭が鬱陶しいから。

「――イツキ」

 君は負けてなんかないよ。



(だってまだいきてる)

 ぐしゃり。



 力なく投げ出された四肢閉ざされた瞼止めどなく流れる血。血。血。

「……ねえさん…?」

 広がる赤に思考が冷えた。

「早く手当を!!」

 指先から徐々に冷えていく体。ままならない呼吸。濁る視界。辛うじて残った耳からの情報を、けれど上手く整理できない役立たずな頭。嗚呼どうしてこんなに体が重いんだろうと、人事のように考える。

「姉さん…」

 今のイツキの状態が、恭弥には手に取るように分かった。何故か、なんて考えたことはない。自分たちはそういうものなのだ。
 どうしてこんなに体が重いんだろう。――イツキの中で繰り返される。疑問の答は一目瞭然。そんな怪我で動けるわけがないだろうと、恭弥は呆れ混じりに内心答えた。そんな怪我? 酷い怪我。どうして私は怪我をしたの。それは――

「それ、は…」

 それはきっと、自分のために。



「――嗚呼、そうね」



 ともすればたとえ彼女が死んでいたとして、誰も驚きはしなかっただろう。 それほどに酷い怪我を負わされた。それほどに流れた血は多すぎた。それほどに力の差は圧倒的で、彼女は痛みを捨てていた。

「その通りよ」

 何故喋れるのだろう何故立ち上がれるのだろう何故笑っていられるのだろう。
 何故。と、問うことも憚られる悲惨な有様で。けれど平然と、イツキは恭弥の思考を肯定した。私は私の理由で戦って、傷付いて、そして――

「ごめんね、恭弥。負けちゃった」

 ぐしゃり、と。



 途切れた痛みに世界は色を失った。



(どてっぱらにあな)

 傷付けられた傷付けられた傷付けられた傷付けられた!

「ツナ君。信じかけてたんだよ」

 知らない「今」のどこまでが正しくてどこまでが歪んでいるのかなんて私にはもう分からない。分からないのよ。だって知らないんだから。分かるはずなんてないじゃない。

「何をする気だ!!」
「なのに君は」

 視界が真っ赤に染まるような錯覚。くらりと揺れた身体の痛みはけれど鈍くて、そんなの当たり前だ。これは私の受けた痛みじゃない。

「やめろ!!」

 これは 私 た ち の痛みだ。

「あっ…」
「みんな!!」

 どうやったって捨てられない。捨てたくない繋がりを痛みが逆流する。

「なぜ君にだけ攻撃してないかわかる?」

 用意された運命は結局二人で一人分? そんなの嫌よ。絶対に嫌。あんな未来はもういらない。あんな絶望が欲しくて私は恭弥と一緒にいたんじゃない。

「ツナ君には初代シモンがプリーモに受けた苦しみをしっかり味わって欲しいんだ」
「…!!」

 ただ守りたかっただけなのよ。

「まだだぞ古里!」
「そう簡単にいくかよ!!」

 恭弥。恭弥。私の恭弥。私の大事なもう半分。

「――いくよ」



 ふつりと途切れた痛みに世界は色を失った。



「――アリス、」

 目障りな氷の刺をこつりと叩いて笑う。イツキは纏う空気を一変させ、右手の指輪へ冷ややかな一瞥をくれた。

「これ、邪魔よ」

 示された氷は瞬く間に溶け、拘束としての意味を失くす。

「なに…!?」
「これくらいで驚かないでよ」

 くつりと零される笑みは、誰の目から見ても明らかな狂気を孕んでいた。

「古里炎真。あなたの力は私に 届 か な い 」

 それはシモンへの宣言でありアリスへの命令であり一つの真理。イツキは笑いながら右手を掲げた。

「おいで、ヴィンチ。――形態変化」





(ふくしゅうを!)

 うるさいのが出てくる前にさっさと帰るつもりだったのに、チェルベッロは思いの外仕事が早かった。

「――恭弥!」
「……」

 じゃじゃ馬な弟子より素直な弟分の心配でもしてればいいのに、観覧席から出た跳ね馬はまず私のことを呼び止めた。そうくるとは思っていたけど。思ってたからさっさと帰るつもりだったのに。

「――大丈夫か?」
「触るな」

 無遠慮に伸ばされた手を容赦なく叩き落として一歩距離を取る。

「…イツキはどうした?」
「目の前にいるよ」
「は…」
「恭弥は面倒臭がって来なかった」
「お前らなぁ…」
「分かったならもう帰っていいでしょ」
「いーわけあるか! ったく、顔に傷でも残ったらどーすんだよ…」
「双子の見分けがつくようになる」
「バカ言え」


「あぁ、駄目、触らないで」


「違うの。そうじゃない。接触嫌悪症だから怪我してる時下手に触られると殺しちゃう」
「殺すって…」
「恭弥じゃないんだから、治療くらい自分でできる。帰れば恭弥が放っといてもくれないだろうし」

(だからかまわないで)


---


「――送りましょうか」
「…クローム髑髏は?」
「千種たちと一緒です」
「あっちについてあげればいいのに」
「そういうわけにもいきませんから」
「ふぅん…」

(ながれというものがあるのでね)
 二人同時に当たると中身が入れ替わるんだなんてふざけた特殊弾。

「まったく面白くもなんともない二人があたりましたね」

 確かに当たったのが私と恭弥じゃあ面白くもなんともない。むしろ誰も気付かなそうだ。

「そうね」
「…あなたはあなたで、雲雀君の体で苦も無くイツキの声を出しますし」
「幸い幻覚能力は問題なく使えるもの」

(だからぼつねたなのだよ)


---


「――どういうこと?」
「…何が?」
「君の体、使えないにも程があるよ」
「あぁー…」
「まぁ、イツキの強さは精神的なものですしね」
「ごめんね恭弥。その体全然鍛えたりしてないの。筋肉つくとドレスの時見栄え悪くて触り心地もよくないし」
「さいあく…」

(さわりごこちっておま)


---


「あ、抱き心地いい」
「自分の体だろ」
「うんまぁそうなんだけどね。だからこそというか…」
「なに」
「……ちょっと脱いで」
「は?」
「あ、やっぱりいい。脱がしたい」
「……」
「ちょっと、そんな引ききった顔しないでよ。傷付く」

(だれのせいだと)


----


 大切に大切に、誰よりも何よりも優先して、守り愛されていることを知っていた。

「きょうや」
「なに?」

 だから同じくらい大切に大切に、守り愛してあげなければと思っている。

「きょうや…」
「うん」

 そうでなければ意味が無いと、恭弥は納得していた。

(あまやかす)


----


「恭弥君、恭弥君」
「……」

 呼ばれて素直に顔を上げたのは、一応恭弥なりにその男のことを認めているからだ。

「イツキちゃんは?」
「……」

 何より匠のことはイツキが気に入っている。

「下」
「あぁ、じゃあ宮内君と一緒かな」
「違うよ、一人だ。怒ってる」
「えぇー…」

 言ってから、少し違うかもしれないなと恭弥は思い直した。

「というより、機嫌が悪いのかな」

 そう、そんな感じだ。そもそもイツキが怒ることなんてそうそうない。

「もうすぐ来るよ。あなたはいない方がいいと思うけど」
「恭弥君がそう言うなら出直そうかな…」

(えすぱーかきさま)


---


 物憂気な顔で柱に寄りかかりうつらうつらと、眠れもしないのに舟を漕ぐ。

「イツキ」

 そんなイツキへ声をかけ、恭弥はぽん、と膝を叩いた。

「おいで」
「……」

 気怠く瞬いたイツキがずるずる這いずって来たところを捕まえて、あやすように背中を撫でる。イツキが自分から擦り寄ってきたら手を止め、読みかけていた本へ目を戻した。

「少し眠ったら」
「うん…」

(おつかれいつき)


---


 イツキが「ない」と信じて疑わずそう公言して憚らない絆はその実、確かに存在してはいた。恭弥だけが知っていて、恭弥だけが利用出来る酷く一方的なものではあったけれど。

(ふたごですから)


---


 それまで当たり前のように聞こえていた声はいつの頃からか徐々に遠退き始め、やがて聞こえなくなった。その理由を恭弥は知っていて、だからこそ失くしたものを惜しんだりはしない。失ったものは確かに大きいけれど、それ以上のものを得られる確信があった。
 双子の時間はもう終わり。

(ぱらだいむしふと)


---


「だいすきよ、きょうや」

 面と向かって言うのはいつもそこまでで、続く言葉は夢の中。

「あいしてる」

 早く目を覚ませばいいのにと、恭弥は冷えた体を引き上げる。

(ばか…?)

 いくら外が暑いからといって、帰るなり水を浴びる程の馬鹿だっただろうかと、思案。さすがにそこまでではなかっただろうと結論付けても、抱き込んだ体の冷たさは変わらない。やっぱり馬鹿だ。救いようがない。

(だからはやくめをさませばいい)


---


 普通ではない片割れに引きずられるよう成長した恭弥にはけれど、引きずられた自覚はあっても普通ではない自覚はなかった。「普通」という概念を、恭弥は解さない。
 それはイツキにとって不要なものだ。

「きょうや、」

 恭弥恭弥恭弥恭弥。――いつだって呼ばれている。いつだって望まれている。だから恭弥はイツキの傍にいた。けれどそうでなくとも、きっと一緒にいただろう。イツキは恭弥のもう半分で、恭弥はイツキのもう半分なのだから。

(しょせんふたご)


---


「恭弥君?」
「…姉さんが呼んでる。行かないと」
「イツキちゃんが?」
「放っておいたら死人が出るよ」
「…それは大変だ」

「――何してるの」
「…恭弥?」
「すぐ戻って来るって言ったくせに、なに油売ってるのさ」
「だって…」
「だって?」

「遊んでないでいくよ」

(とりあえずいちおうすとっぱー)
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