「恭弥君、チョコ食べる?」
突き出された拳をかわしつつ支えにもして体を跳ね上げる。
「ん」
振り上げた足はあっさり空振った。
勢いそのまま回って着地。
「白いのと茶色いの、どっちがいい?」
「白いのはお姉ちゃんが食べるよ」
「じゃあ恭弥君は茶色いの」
追撃を更に後ろへ跳び退きながらかわす。
「ありがとう」
いち、に、さん。――四で一呼吸。
「二人ともそろそろ休憩にしなよ」
「――、」
匠の方へ意識が逸れたところを一撃。
「はい、イツキちゃんの勝ちー」
ざまぁ。
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戦闘訓練、というと少し大げさ。だけど護身術の範疇か、と問われればそれは大分逸脱している。
「足元がお留守よ」
言い様仕掛けた足払いを跳び上がって避けた宮内は着地でふらつき、そこを私は容赦なく蹴りつける。低く痛みを堪えるよう呻いた宮内は砂利の敷かれた庭をごろごろ転がっていった。そしてそのまま。蹴られた所を押さえて動かなくなる。
「死んだ?」
真当な護身術を護身術として習ったことはないけど、ここまでやらないことだけは確かだ。
「プロテクターつけて、ます…」
「あ、そ」
やってたら普通に怖い。
「まだやる?」
「御慈悲を…っ」
「やっとあったまってきたとこなのに」
私の場合それ以外にさしてすることもないからついついやり過ぎてしまっただけ。他に面白いことがあればいいけど。この家で面白いことは大抵物騒だ。
「ねぇ宮内。明日は何が道具使ってやらない?」
「御慈悲を…っ」
「慣れないもの使ったらそこそこいい勝負になるかもよ? 宮内の得意なのでいいから」
「五分で拳銃使いこなした人が馬鹿言わないでくださいこの上武装なんてされたら本当に死にますよ俺!!」
「…あれは引き金引くだけじゃない」
「――なんだ、もう終わったの」
「んー、宮内がバテちゃって」
「鍛え方が足りないんじゃないの」
「私もそう思う。――宮内もっと頑張った方がいいわよ」
「…つまんない」
「じゃあ僕とやる?」
「恭弥と?」
「姉さんの見てたから大体の動き方は分かるよ。慣れればいいとこいくんじゃない。双子だし」
「…それもそうかも」
「ねぇ、やろうよ」
(双子12歳くらい)
----
「じゃーん」
「…なにそれ」
「武器庫漁って見つけてきた仕込みトンファー」
「今日はそれ使ってやるの?」
「よくない?」
「さぁ? 使ってみないとどうとも」
「あぁ、いいね。これ」
「でしょー」
(7日で武装)
「…なぁ、」
「なに?」
「お前今日何か食べたか?」
「……さぁ…?」
「ってか食べてないよな」
「そういえばそうかも」
「腹減らないのか」
「別に」
「まずいだろそれ」
(食べられない話)
----
「ところでシニスはどうしました?」
「霧戦終わってから引きこもってる」
「おやおや」
「軟弱なのよ」
「僕は結構好きですけどね。彼女のそういうところ」
「…そうなの?」
「えぇ。――意外ですか?」
「まぁそこそこ」
「本当にヴィンディチェの牢獄にいるの?」
「えぇ。結構居心地悪いですよ」
「でしょうね」
「…本当は、もう少し上手くやるつもりだったんですけどね」
「なに?」
「シニスの思い込みに負けました」
「…全部予定通りってわけじゃないのね」
「あくまでシニスが本体ですから」
「…そうなの、」
(霧戦翌日)
----
殺気がなくても目に見える攻撃を避けられない恭弥じゃない。
咄嗟に飛び退いた恭弥はゴーラ・モスカの攻撃を無傷でかわした。それを確と見届けて、ミサイルが降ってくる前にと私も駆け出す。
有刺鉄線を軽く飛び越え、踏みつけた砲台を一つ潰したのは「ついで」。そのまま危険極まりないフィールドへ爆煙にも構わず突っ込んだ。
記憶と感覚を頼りに走った時間はそう長くない。
「――恭弥」
程なく合流出来た恭弥は無傷なのに酷く不機嫌で、忌々しそうに暴走するゴーラ・モスカを睨み付けていた。
放っておいたら今にも突っ込んで行きそうだ。
「ちゃんと止めを刺さないから」
「…頭は潰した」
「せめて両目」
(雲戦)
----
「恭弥。お姉ちゃん、って呼んで?」
「おねえちゃん?」
「ん。今日からそう呼んでね」
「なんで」
「私が恭弥のお姉ちゃんだから」
言われてみればたしかにそうなので、その時僕は頷いた。そしてそれきり。
「じゃあね、イツキちゃん、恭弥君。おやすみ」
「おやすみ」
「…おやすみ」
あの人も、それ以外の誰もが彼女を「イツキ」と呼ぶのに。
(素直だけど不満)
----
「イツキちゃん!!」
初めて聞いた匠の悲鳴は赤く濡れていた。
「騒がないで…」
潰れた視界は半分だけ。ならまだ走れる。私は戦える。
「かすっただけだから」
まさか折れるとは思わなかったし、至近距離だったから避けきれなかったけど。本当にかすっただけ。大したことない。血が出すぎるのは傷付いたのが頭なせいだ。
「避けたの…?」
「避けなきゃ死ぬでしょ」
「…凄い反射神経だね…」
「心配した?」
「あたりまえじゃないか…」
「大丈夫だって言ったのに」
(折れた刀)
----
「触るな!!」
「イツキちゃん!?」
「……さわらないで…」
「でも手当しないと…」
「無理。我慢できない。放っといてお願いだから」
「仕方ないな…」
「――きょうや、」
「押さえてればいいの?」
「うん。頼むよ、恭弥君。治療が終わるまででいいから」
「こんなの卑怯!!」
「そうだね」
(理性<本能<弟)
----
「匠、狙われてる」
「え、本当? 嫌だなぁせっかくの休みなのに」
「五、六…――八人」
「八人! 僕一人に随分大所帯だなぁ」
「噂になってるんじゃない」
「うん?」
「最近どこ行くにも私連れてるから」
「あぁ、そうかも」
「こっち」
「やっつけちゃうの?」
「生かしといた方がいいの?」
「リーダーっぽいのくらいは」
「考えとく」
「ごめん、散らかした」
「うーん…まぁ、これくらいならなんとかなるでしょ」
(ぐっちゃぐちゃ)
----
「イツキちゃんイツキちゃん。今年の誕生日プレゼントは何が良い?」
「……――学校行きたい」
「…小学校?」
「中学。来年から」
「意外だなー。イツキちゃんそういう群れてるの嫌いだと思ってた」
「嫌いは嫌いだけど、いい社会勉強になるでしょ」
「…きっとつまらないよ?」
「心配?」
「狡い言い方だなぁ…」
「恭弥、私ここ出ていくけど恭弥はどうする?」
「なに、家出? やめときなよ宮内が哀れすぎる」
「ちがくて。来月から中学通うのにここからだと都合悪いから」
「中学?」
「そう。社会勉強に」
「ふぅん…」
「どうする?」
「別に。好きにすれば」
「はぁーい」
(脱ひきこもり)
----
「――もしもし?」
〈あ、イツキちゃん? ちょっとお仕事頼まれてくれないかな〉
「なに?」
〈僕の護衛〉
「…いつ」
〈今から。もうすぐ並中に着くんだけどいるよね?」
「恭弥、匠が来てるからちょっと出てくる」
「君が甘やかすからつけあがるんだよ」
「あれをどう躾け直せと」
「何しに来たの」
「んー、ちょっとね。野暮用」
「人に会うから」
「誰?」
「ドン・ボンゴレ」
「どっ…」
「びっくりした?」
「吃驚もなにも…」
「一応挨拶しておこうと思ってね」
「あいさつ、」
「いくら並盛が勢力的な空白地帯だからといって、実質まとめてるのは君だからね。で、君はうちの九代目」
「…嫌味っぽいのは嫌われるわよ」
「そんなんじゃないよ」
「制服で来ちゃったし」
「いいんじゃない? 可愛いし。学生のうちはそれが正装だよ」
「はじめまして、ボンゴレ・ノーノ」
「お嬢さんと会うのは二度目だね」
「…その節はどうも」
「綱吉君の守護者のお姉さん、であってるかな?」
「えぇまぁ」
「この子は僕の孫で藤堂イツキ。うちの九代目なんですよ」
(埋まっていく外堀)
煩わしいばかりの運命は、結局二人で一人分。
だからどちらかが為すべきことを為せばいい。
「――雲雀さん、」
過去は変えられる。
「大丈夫ですか?」
僕が変える。
「何が?」
「いえ…」
「君は自分の心配だけしておくことだね、沢田綱吉」
この、どうしようもない未来を何もかもなかったことにしてやり直す。そのために何が損なわれようと、もう構いはしない。
「大丈夫ですよ」
今更引き下がれはしない。
「必ずうまくいきます。だから無茶だけはしないで下さいね」
今度こそ救ってみせる。
「イツキさん」
「…彼女は死んだ」
こんな未来は、いらない。
「だから壊すんだよ」
----
お互いの仕事を気分で取り替えるなんてこと、珍しくはなかった。だからあの日も私は血生臭い仕事を恭弥に譲って、代わりに面倒な書類仕事を引き受けて、
「……」
何も問題なんてないはずだった。
「――恭弥?」
はずだったのに。
----
あの日死んだのは私だ。
「どうして僕が? 咬み殺されることになるのは君なのに」
「この状況で何を言っている!!」
だから「僕」は過去を変える。
「――うらやましいな」
こんな世界に未来はいらないんだ。
「…今日は騒がしいから」
「そう?」
首を傾げながら、匠は一瞬視線をあらぬ方へ流した。それは正に私が「騒がしい」と思っている部屋のある方で、耳を澄ますよう目を閉じた匠は少しの間そっと呼吸を抑える。
「――…耳がいいんだね」
そうまでして、結局私と感覚を交わらせることは出来なかったらしい。
「何も聞こえない、って顔してる」
「うん、聞こえなかった」
「人がいるの、わかる?」
「知ってはいるよ」
「五人」
「…四人じゃなくて?」
「五人よ。四人と一人」
「そう…」
「嫌なことがあったら言えって、言った」
「うん、言ったね」
「なんでも?」
「どんな些細なことでも」
「……」
「二つ隣の部屋」
「今人がいる?」
「あそこまでなら人がいると分かる。耳を澄ませば何を話しているのかも」
「凄いね。…あ、だから眠れないのか」
「そう」
「じゃあ、静かにさせないとね」
「ここは物騒なところ」
「…ごめんね?」
「でもあなたは私を叩かない。だから言うんだけど…」
「明日は車に乗らない方がいいと思う」
「――そうするよ」
「…太った」
「いやお前それは違うだろ」
「違わない。お腹出てる。体重増えた。あと体ダルい」
「そりゃあ…そうだろうよ」
「面倒臭いなぁもう…」
「まぁそう言うなって」
「じゃあ私行くからな。ちゃんと大人しくしてろよ」
「わかってるわかってる」
「……骸」
「わかってますわかってます」
「――絶対だからな!!」
「あれ、イツキさんもしかして――」
「――どうして黙ってたの」
「だって聞かなかったじゃない」
「そういう事を言ってるんじゃない」
「じゃあどういう事?」
「いいじゃない、別に。どうせ全部夢なんだから」
「…跳ね馬?」
「カリフォルニア!」
ちょっとしたパーティーに行く足として用意したのは真赤なフェラーリ。目に痛い色だけど今日はこのくらいで丁度良い。目立てば目立つほど仕事は楽しくなるばかりだ。
「いつも乗ってるブルーシルバーのやつは?」
「お気に入りをこんな日に使うとでも?」
「それならいいんだ」
「いいの」
ぶち壊しに行くパーティーへ愛しの458で行くほど馬鹿じゃない。
「だって跳ね馬のだし」
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