恭弥の振りをするくらいなら服装と私の意識でどうにでもなる。ネクタイを締めてベストを着込み、指輪を持ったら準備は万端。
「じゃあちょっと行ってくるから」
「うん」
「行ってきます」
試しで嵌めたボンゴレリングは想像よりも指に馴染んだ。
(おでかけいつき)
---
「雲雀、イツキはどうした」
「…さぁ? そのうち来るんじゃない」
(きづかれない)
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前触れのない痛みと同時に血が沸騰するよう熱が上がる。心臓が脈打つごとにその熱は体を巡った。死に至る毒。けれど即死さえしなければどうにでも。
(ふつうむり)
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動けばその分毒の巡りも早い。だからといって大人しくしているという選択肢は端からなくて、振り上げ振り下ろしたトンファーはガツリとポールを歪ませた。その上から更に蹴りつけて、支柱の支えをまず一本。同じ作業を繰り返して、最後にメインポールを蹴りつける。完全に倒すまでもなく、いくらか傾いたところで指輪は落ちてきた。
リストバンドに嵌め込んだらまたちくりと痛みが走って、ゆるゆると熱が下がっていく。まともに動けるようになるまでそうかからなかった。
「……」
さぁ、次だ。
(いちばんあぶないのがじゆうのみ)
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張り巡らせた警戒に引っかかるものがあると、体が頭の命令を無視して動く。けれど一瞬遅くて、切り裂かれた皮膚は真っ赤な悲鳴を撒き散らした。
(VSおうじ)
---
「……」
切れた。
「ばっかじゃねーの」
「……――」
飛んでくるナイフを目前に勢い良く踏み切った体は宙を舞う。重力を半ば無視したような動き。ベルフェゴールの真後ろへ落ちるよう着地して、ギミックを作動させたトンファーで周囲のナイフを薙ぎ払う。
「げ…」
「誰が馬鹿だって?」
さぁ、落ちな。
(おうじしぼうるーと)
---
「ラッキー」
急な変化に体がついていかなかったんだとすぐに分かった。それなりに強い毒を打たれたと分かっていたのに無茶をした。今だって。
「ししっ。――死ねよ」
膝を突いた体は歯痒いほどに言うことを聞かない。放たれたナイフを見て飛び退かなくてはいけないと分かっているのに体が追いついてこない。
くそっ。
「誰に言ってるんだい?」
ぱっ、と手放したトンファーが地面に落ちるより早く。まくり上げたシャツの下から引っ張り出した銃の引き金を引いた。
(おくのてはつかわないほうがかっこいいでしょ?)
---
「……」
くらくらするなと、ぱたぱた落ちていく血を見ながらぼんやり考える。
止血止血。
引き裂いた裾を巻きつけて取り敢えずの応急処置。もう流れた分は仕方ないとして、これ以上はさすがに寒気がしそうだ。あぁこれは怒られるなぁと、頬の血を袖口でぺたぺた拭う。
まぁ、それについては後で考えるとして。
(つぎいこ)
---
ポールが視界に入った瞬間たっ、と駆け出す。故意的に作られた瓦礫を足場に跳んで、そう広くもないポールの上に着地。
「――ねぇ、」
拾い上げた指輪を気安く放る。
(たおすのはめんどかった)
---
「なぁ、あんた雲雀の姉ちゃんのほうだよな?」
「…喧嘩売ってるのかな」
「いや、ちげーって!」
「いいのかい? もし僕がそれを肯定すれば君たちは失格になると思うけど」
「…それもそーっすね」
(てんねんこわい)
---
「……」
「大丈夫。悟られるようなヘマはしませんよ」
「…何の用?」
「あなたの雲雀恭弥振りが素晴らしかったので、一つ助言を」
「…聞きましょう?」
「あなたの幻覚能力はそのほとんどが内向きに作用しています。六道眼の力を抜きにしても強力な力だ」
(だからこそ、)
---
呼びつけるようなエンジン音にどきりとした。あちゃーと内心肩を竦め、だからといって逃げられるはずもない。
(もう飽きたんじゃ…?)
大人しく待ってくれているうちに行かないと後が大変だ。
(けがしてるきがした)
---
「君にしては派手にやられたね」
「…そう?」
「さっさと乗りなよ。わざわざ迎えに来てあげたんだ」
「でも私血だらけ…」
「それが何」
「……もう…」
(どうせあらうのはきみ)
---
「随分綺麗に切れてるね」
「だとしても接着剤はやめてね」
「するわけないだろ」
「――ひゃっ!」
「うるさい」
「ちょっ、舐めるなら舐めるって言ってよ心の準備するから!」
「キスするよ」
「!!」
「――…あまい、」
「普通に血の味だったけど…」
「甘いよ。胸焼けしそうだ」
「じゃあもういいでしょ? いい加減シャワー浴びてさっぱりしたいんだけど」
「その怪我で?」
「う…」
「君に自虐趣味があるなんて知らなかったな」
「そんな風に言わなくったって…」
「イツキ」
「……なによ…」
「今度から顔は避けなよ」
「…嫌?」
「目障り」
「わかった」
「…ちょっと、なんでそこで笑うのさ」
(おんなのこだからね)
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和室に本棚を置くと畳が傷むだろうとか、そんな理由。
人目を憚るようなものばかり押し込められた屋敷の地下に書庫があるのは、別に見つかるとまずい文献ばかり並べられているからじゃない。
その手のものは資料室だ。
「――姉さん」
ぱらりぱらりと、流し読んでいた本から顔を上げる。
作られた当初こそ「図書室」なんて呼ばれ方をされていた部屋は今、内状を知っている誰からもそうは呼ばれていない。
「なに?」
まぁ確かに、そんな可愛らしい蔵書量ではないけど。
「なに、じゃないよ。僕と手合わせしてくれる約束だったろ」
「…もうそんな時間?」
「あと二分で遅刻」
「あちゃー…」
これ見よがしに時計をぶら下げた恭弥はくつりとさもおかしそうに笑った。
「まぁ、こんなことだろうとおもったけどね」
(あねにあまい)
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「ごめんね?」
「別に怒ってないよ。それに、時間にはちゃんと一緒にいた」
「…そういう問題?」
「そういう問題だよ」
(へりくつでもりくつ)
---
「イツキ」
「…はい?」
「ソファーの脇に本積むのやめなよ。邪魔」
「駄目…?」
「駄目」
「わかりました…」
(せちがらいげんじつ)
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