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「おや、こんな所で奇遇ですね雲雀君」
「……」

 窓の外に体ごと顔を向け頬杖をついた体勢のまま一瞬で目まぐるしく思考を巡らせ、結局恭弥は振り返りもせずテーブルに突っ伏した。

「バテてますねぇ」

 断りもなく向かいの席へ座る骸へ制裁を加えることは疎か言葉を交わすことすら億劫で、出来ることならこのまま眠り込んでしまいたいとすら思っている。
 夏バテだ。

「イイ男が台無しですよ」
「……るさぃ…」

 ようやくそれだけ絞り出して、テーブルの上で組んだ腕へ顔を押し付ける。そんな恭弥の様子に苦笑を一つ。「これは重症ですね」と、骸は運ばれてきたパフェに意識を移した。

「実は僕も少しバテ気味なんです」

 それでも喋ることをやめないのはただの暇潰しだ。恭弥に存在を忘れられないためという意味合いもある。

「まったく嫌になりますよ日本の暑さは。知ってます? 今日の不快指数は午後二時現在92%もあるそうですよ」

 勿論食べながら話す、という行為は骸自身好ましく思わないので言葉は途切れがちになるが、元々相槌さえ期待してはいないのだ。恭弥だって気にしてはいないだろう、と。

「さっきそこでイツキにあったんですけどね? 理屈は分かりますが今日のような日にあの涼しい顔を見ると本当に人間か疑いたくなりますよ。なんなんでしょうね彼女。アリスでさえこの暑さに参って姿を見せないのに」

 君、彼女と暮らしていて殺意が湧きません? ――最後の一口を飲み下して、手放したスプーンがカランと音を立てる。その音を聞きつけたからかどうかは定かでないが、のそりと顔を上げた恭弥に骸は「おや?」と小首を傾げた。けれどそれもすぐ納得に変わる。

「男の子ですねぇ…」
「だまれ」

 来客を告げる柔らかい電子音に遅れて、厨房から飛び出してくる店長らしき男の姿が骸からはよく見えた。「いらっしゃいませ」と曲げられる腰は九十度。その男を片手で軽くあしらいながら一言二言告げ、骸たちのいるボックス席へ目を向ける。涼しい顔をしたイツキに骸は内心げんなりした。それを顔に出したりはしないが。
 汗一つかいていないとはどういうことか。

「ここも藤堂の系列なんですね」
「どうだったかな」
「店長最敬礼ですよ」

 いい大人が、とは思わない。イツキはイツキでそれなりの雰囲気を振りまいているのでそれほどおかしな光景にも見えなかった。何より経営者としてのイツキの手腕は優秀だ。容赦がないとも言えるが。

「キャバッローネが表でやっている会社と共同で新しいブランドを立ち上げるそうですね」
「跳ね馬はまんまと口車に乗せらた」
「というと?」
「…さぁね。僕より君の左目の方が詳しいんじゃない」

 意味ありげに話を濁した恭弥は僅かに体を窓側へ逃し、空いたスペースへするりとイツキが入り込む。

「何の話?」

 持ってきた三人分の飲み物を配って、イツキはちらりと携帯を確認した。

「忙しそうですね」
「あなたは暇そうね。することないなら手伝わない?」
「冗談でしょう」
「口実あげるからマフィア絡みの人身売買組織を一つ潰して欲しいの。証拠は残さず速やかに。資料はクロームに預けてあるわ」
「仕方ありませんね…」
「ありがとう、助かるわ」


「そういうのは僕に回しなよ」
「国外だから駄目。日帰り出来ないし。知ってる? あっちは酷い時昼間の気温が四十度超えるのよ」
「あぁ、無理」
「でしょ?」


「あ、来た」
「何か待ってたんですか?」
「アリスに車回させたの。夜はきな臭いパーティーよ。上手くいけば麻薬組織を一つ潰して新興マフィアの鼻っ柱をへし折れるんだけど…骸も来る?」
「面白そうですね」
「四人なら人数も丁度いいわ。ツーペア。見栄えもいいし」


「ここは私が持つから」


「以前見た車と違いますね」
「あれはプライベート用。これは仕事用」
「四人乗りのフェラーリなんて邪道です」
「奇遇ね、私もそう思うわ。でも四人乗れないと困るでしょ」
「それもそうですけどね」


「出して」
「りょーかい」
「すっかり雑用係が板につきましたね」
「言ってくれるな」


「ドレスコードがあるようなパーティーなんですか?」
「まぁね。それなりにちゃんとしてるわよ、パーティー自体は」


「――薬臭い」
「麻薬犬か何かですか君は」
「アルコールと混ざって悪酔いしそうだ。さっさと片付けよう」
「もうちょっと待って。ブジャルドがまだ来てないの」


「――来たぞ、ブジャルドだ」
「もういい?」
「まーだ。別室に移るまで待って。――骸は?」
「モニタールームの方に回った」
「あと何分?」
「…もう終わったよ」
「恭弥、いいわよ」
「待たせすぎ」


「はい撤収ー」
「記憶の処理は?」
「いつも通りに。骸も呼び戻して」
「エレベーターホール辺りで合流出来る」
「恭弥」


「どうぞ」
「なに? それ」
「僕よりあなたが持っていた方が面白いことになりそうな情報ですよ。ついでにとってきました」
「そう。じゃあもらっておく」


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「あ、イツキさんだ」
「雲雀も一緒みたいっすね」
「うん。――あ…」
「げ」
「ははっ、骸も一緒なのな」
「しかもあいつらが出てきたのファミレスじゃねーか!」
「仲良いのかな、あの三人」
「どうせ悪巧みしてたに決まってますよ、十代目!」
「悪巧みって…まぁ確かにそうかも知れないけど…」
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