恭弥は怪我をしなかった。それでも物語は順調に展開してる。イレギュラーは許容範囲内で、問題ないはずなのにどこか落ち着かないのは何故だろう。
「きょうや、」
呼びかけは自分でも驚くほど頼りなかった。本当にちゃんと呼べた分からない。だけど恭弥は振り向いて、私の顔を見ると何でもないことのように言った。
「帰る?」
それでいいのとは、聞けない。
「…眠い」
僕は眠い。だから帰るよ。――すれ違い様に私の手を取った恭弥はそのままなんの躊躇いも見せず歩き続けて、私を側車へ押し込んだ。吹かされたエンジンの音は容赦なく遠くからの声を掻き消してしまう。それが故意なのか偶然なのかは分からなかった。
考えたくもない。
「出すよ」
「うん」
あぁだから、私さえ知っていればそれでよかったのに。
「安全運転でお願い」
「君にだけは言われたくないね、それ」
それでも信じていたいのよ。
(雲の守護者の暴走後)
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「引きずられていますよ」
「…――あぁ、そうなの」
言われるまで気付かないなんて滑稽な話だ。でもきっと無理はない。自分の中にいるもう一人の陰鬱とした状態に感情を引きずられるだなんてこと、そうそう起こりはしないのだから。
「正気を保っていられるだけでも相当人間離れしてますけどね」
「大きなお世話よ」
握り込んだ右手に熱が生まれて、私はその熱をなんの躊躇いもなく投げ捨てる。便利だしあっても邪魔にならないから放っておいただけなのであって、私に害があると分かった以上そのままにしておけるわけがない。
「あとは煮るなり焼くなり、好きにしたら」
「そうですね」
「――イツキ!!」
投げ出された赤い宝石は瞬き一つで血肉を纏い、悲痛な悲鳴を響かせる。けれど私にはもう、その程度で動く感情が残っていない。これはアリスの自業自得だ。
(わたしをゆるがすあなたはいらない)
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跪きながら差し出される手に動く感情はない。ただ冷たく一瞥するに留めるほど無欲でも。
「彼は?」
「……」
「そう…また逃げたの」
「お前が逃げるな、っていうならもう逃げないよ。ちゃんと向き合う。だけどその前に、お願いだから捨てないでくれ」
「あなたはしてはいけないことをしたのよ。それを私に許せっていうの?」
「許さなくていい」
(だけど捨てないで)
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