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小噺専用
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「――……」
 小奇麗な天井が目に付いた。
「俺、は…」
 しかも見覚えのある。
「起きたのかい?」
「ドクター…?」
 俺が寝かされたベッドの三方を囲むカーテンの隙間から「ドクター」が顔を覗かせた。
「憶えてるか? あんた撃たれたんだよ」
「…俺が?」
 表向きは今一状況を理解していないような顔をして、嗚呼またかと、俺は内心息を吐く。
「そう、あんたが」
 何がそんなに楽しいのか、ニヤニヤと笑みを浮かべるドクターが指差したのはドクター自身の腹で、そこを撃たれたんだと俺は気付いた。
「あんたは運がいいよ。さすがキングだ」
 撃たれたのは三回目。
「今までで一番近いな」
「…西の坊主共に感謝しな、あいつらがあんたを見つけるのがもう少し遅かったら、死んでたよ」
「ここじゃいつどこで誰が死んだって不思議じゃない」
 一つ目の銃弾はあの人の命を奪い、二つ目は足を掠め、三つ目はついに俺の胴体へと辿り着いた。
「あんたはまだここに必要だ」
 俺の命を狙って何が楽しいんだか。
「そーだな…」
「…心臓に風穴開いたら治療は無理だからね」
「分かってるって」
 スラムキングであろうとなんであろうと、このスラムを出れば身よりも何もない孤児であることに変わりなんてないのに。
「今日くらい大人しく寝ときな、どうせ外は雨だ」
「あぁ」
「大丈夫、一日くらいあんたがいなくても皆ちゃんとやるよ」
「うるせぇな、寝かせろよ」
「はいはい」
 下手な狙撃手のせいでまた死に損ねた。
 ――死にたいの?
「ぇ?」
 病室として使っている部屋に俺だけを残してドクターはどこかへ消えた。耳を澄ませば、さらさらと布と布が触れ合うような雨の音が聞こえる。
 あの日と同じ音の雨だ。
(幻聴か…?)
 死にたいわけじゃない。あの人が俺を庇って死んだあの日から、俺はあの人の為に、あの人の死を無駄にしないために生きてきた。
 ――迎えに来て。
「…聞こえる」
 ――私を…
 スラムキングとしてスラムを束ねるためにじゃない。
 ――迎えに…


「っ」
 病室のある三階の窓から飛び降りて、着地したのは隣の建物の屋上。絶えず痛みを訴えてくる傷口を押さえ、乾いた雨の中を駆け出した。
 ――迎えに…
 頭の奥で囁くような声は止まない。
「わかってるよ」
 俺が独りになった日も、あの人が死んだ日も、スラムキングの爺さんが死んだ日も、こんな雨が降っていた。
 空は見慣れた灰色より深く濁り、雨が降っているのに大気はどこか温かい、今日みたいな日。
「すぐ行く」
 だから俺は、また運命が動くかもしれないなんて、淡い希望を胸に抱いていた。

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 ――お前には名前があるだろうとあんたは言った。俺はそんなもの疾うの昔に失くしたと答えた。
「バカ言うな、外の人間なら親に貰ってるだろ」
「親は死んだ。だからあいつらのつけた名前はもうない」
 それは紛れもない事実だった。俺に名前をつけた親が死ねば俺は〝俺〟という鎖から解き放たれることが出来、俺の名を知る人がいなければ、俺が〝俺〟でいる必要はない。
「面白いな」
 それで俺が〝俺〟として生きてきた時間が消えてなくなるわけもないのに、俺はそう信じきっていて、またそうでなくてはならないと考えていた。
「なにが」
「お前がだよ、クソ餓鬼」
 そんな俺をあんたは嗤って、それでも手を差し伸べた。
「――来い」
 そして俺は、どういうわけかそんなあんたを心から拒絶できないでいたんだ――

 雲に覆われているわけでもないのに灰色がかった空に見下ろされ、息苦しささえ忘れたスラム。絶望で満たされた掃き溜め。たかが人間ごときの手で掴むことの出来るものなどないのだと、誰もが知りながら薄っぺらい生を謳うことやめない。生きていられるだけで幸せだなんて、本当は誰も思っちゃいないのに。
「キング」
「…今行く」
 皆に慕われここを治めていたスラムキングはもういない。あの爺さんが死んでからだ。このスラムの闇が濃さを増したのは。
「なんかあったのか」
 ガキ共が持ち込んだ銃の暴発であっけなく死んだ。爺さんらしいといえばそう。でも、ガキで溢れたこのスラムには爺さんの存在が必要だった。
「西地区の連中だよ。あいつらお前の忠告なんて全然聞いちゃいないんだぜ」
 三十まで生きられたら幸せ、四十まで生きられたら奇跡、五十を越えたらそいつはバケモノ。――ここはそういう場所。だからこそ、年寄りの思慮深さと知識はなくてはならない。
「かまわねーよ、死なせてやれ」
 自分たちが持ち込んだ銃の暴発で死ぬのならそれは自業自得だと、俺なら割り切れる。手を伸ばさずに、ガキ共が息絶える様をただ見ていることだってできる。でもそんなガキ共をスラムキングの爺さんは庇って死んだ。だからこそ、あの人はまだ必要。せめて次のキングを育て上げ、そいつがキングとして独り立ちするまでは、必要だった。
「死ねるなら幸せさ。俺はアンダーグラウンドの連中に捕まることの方がが怖いね」
「…俺が行く。お前は何人か連れて南に回れ」
 俺だって時が戻らないこと、死が覆らないことくらい知っている。なのに爺さんの存在を望んでしまうのは、現状に満足しきれていないせいだ。
「南?」
 爺さんが生きてるうちはよかった。あの頃の俺は、自分が生きるためだけに毎日を費やして、時折爺さんの話す世界や神、精霊、魔法なんかの話を聞いていればよかったんだから。
「そろそろ見回りの時期だろ」
「あ、そうか…了解」
 なのに今はなんて不自由なんだろう。
「ヤバそうだったら戻れよ」
「わかってるって」
 爺さんが死んで、周囲が次のキングにと望んだのは他の誰でもなく俺だった。
「キングこそ気をつけろよ」
「あぁ」
 行くあてもなく彷徨い、そしてこのスラムに辿り着いた薄汚い子供。それが俺。他人の死に興味を示さず、まるで感情すら持たない人形であるかのように振舞っていたのに、爺さんが俺の事を気に入り手元に置いていたせいでこのザマだ。笑えないにもほどがある。
「…雨か」
 今やスラムは俺の国。俺はスラムの囚われ人。

 ――私を呼んで。

「ッ――」
 憶えのある音が轟いて、俺の意識は唐突にブラックアウトした。

 ――雨が降っていた。さらさらと綺麗な音をたてながら、今ここにある現実を洗い流すことなんで出来もしないくせに、赤い水溜りだけをぼやかして、無責任にも、あの人の体温を奪い去っていく。
 俺は立ち尽くしていた。降りしきる雨に濡れながら、今ここにある現実を消し去ってしまえる術を手探り、流れるように血の気を失う表情と、伴って広がり、ぼやかされる血溜りを呆然と見つめる。
「な、ぁ…」
 こんなはずではなかった。
「起きろよ」
 撃たれるのは、狙われたのは俺だった。
「俺を庇うなんて、馬鹿じゃねぇの…」
 俺は見たんだ。黒光りする銃口と、絞られる引き金、乾いた音共に放たれた銃弾を。
 それでいいと思ったんだ。もう行くところなんてない、哀しむ人なんていない、だからここで終わるならそれでもいいと。
「起きろよっ…!」
 でもあんたが邪魔をした。俺と銃弾の間に立ちはだかって、冷たい死の抱擁から俺の命を遠ざけた。そんなことする義理も義務もあんたにはない。俺たちは出会って半月も経たない赤の他人で、あんたは、俺の名前だって知りはしないのに。
「あんたが死ぬ理由なんてないだろ?」
 あんたが死ぬ必要なんてない。あんたは何も悪くない。だから死なないで。
「なあ!」
 俺のキング――

「?」


 イヴリースが派手にやらかしたせいで、倉庫の中には視界を遮るほどの粉塵が舞っていた。
 切り結んだ如月の切っ先を地に落とされた美香はすぐさま体勢を変え、身構えたが、彼女が予想した反撃はいつまでたっても訪れない。


 ――美香


「・・・」


 戸惑って、躊躇って、仕方なしに如月を下ろす。


 ――何をしたの
 ――まだ何も


 いつの間にかすぐ傍に現れていたイヴリースが、珍しくも険しい顔つきで治まりつつある粉塵の向こうを見つめている。
 美香は如月を持っていない方の手を揺らした。


「白々しい」


 次の瞬間その手の中には如月の鞘が握られ、興醒めして不貞腐れた如月は大人しく身を潜める。

 どのみち、姉妹での殺し合いは不毛だ。


「驚いたな」


 素直な感嘆と共にイヴリースが美香の手をとった。
 その意図をはかる間もなく唐突な浮遊感に襲われ、美香は如月を握る手に力を込める。


「お前、また負けていたかもしれないぞ」


 次の瞬間、二人は港の倉庫街を見渡す岬にいた。


「喧嘩売ってるの」

「――遅い」


 不機嫌さを隠そうともせず一言、吐き捨てると玉藻は鋭い視線を事務所の入り口へと向けた。
 人一人殺してしまえそうな視線を向けられ肩を竦めたのは白龍で、サラは既にロッカールームへと足を向けている。


「今日のことは前から言っておいただろう」
「そうだっけ?」
「・・・」


 白々しいにもほどがある白龍の言葉に玉藻は席を立った。


「玉藻」
「付き合いきれん。私は帰るからな」


 一度は引きとめようとした嶺も、今にも殺気を撒き散らしそうな様子に仕方なく口を噤む。


「後はお前らでやれ」


 蹴りつけた岩と靴底との摩擦音を聞きながら更に高く跳躍した。
 視界は瞬く間に開け、一瞬、世界はスカイブルーに染まる。

 この瞬間のためだけに生きていると言っても、過言ではない。

 「air-g」の出力を落とし体を反転させると、〝目の前〟にはマリンブルーの海とそこから突き出す無数の石柱が現れた。
 逃れられないのなら利用するまでと、余分な力を抜いて体を落下するままに任せる。落下速度は緩やかに加速した。


「ゲームオーバーだ」


 翳した両手の向こう側――海と空の境――に、力が収束する。





「――勝者、リース!」





 これが私の日常。

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