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 いつも堂々としていて、迷いなく、真っ直ぐな言葉を操るその人が、時々寂しそうに俯くのを知っている。
 だから、初めて言葉を交わした日に決めたんだ。

「私は君を守れるくらい強くなるよ」

 君のためなら、《世界》を壊すことさえ厭いはしない。










「ほらご覧、華月様よ」

 ほんの少しまどろむだけのつもりだった。それがいつの間にか、本格的に眠り込んでしまったらしい。

「あの人が?」
「そうよ」

 一緒にいた少年は部屋にいない。
 どこか既視感を覚える会話は、庭から聞こえてきていた。

「華月様は二人いるの?」

 これではお目付け役の意味がないなと、一人ごちて体を起こす。その時肩から滑り落ちた上着は、紛れもなく自分が見張っているよう言われた少年のものだ。
 よくよく見てみれば、かけていた眼鏡と読んでいた雑誌も少し離れた所に置かれている。

「いいえ。華月様はお一人よ」

 妙な所で気が利く少年は、部屋を出てすぐの廊下に庭の方を向いて座っていた。こちらへ向けられることのない視線はきっと、微笑ましい会話を交わす親子に向けられているのだろう。
 幼く無邪気な子供の疑問を少年がどうするのか、私は興味本位で息を潜めた。

「でもね、姿はお一つではないの」

 その時だ。

「あっ」

 不意に少年の輪郭がぼやけて、瞬き一つの間に形を変える。
 短かった黒髪は背中を覆い隠せるほどの青みがかった銀髪に。中性的だった体は一気に丸みを帯びて女性のそれへ。頭の位置も高くなり、最終的に服装もがらりと変わった。
 そこにいるのは、もう私と同い年の少年ではない。この国で最も力ある一族の頂点に君臨する《言霊の巫女》、華月様だ。
 こんな所狭霧[サギリ]にでも見つかったら、きっと大目玉を喰らう羽目になる。でも咎める気にはなれなくて、私はただ黙って華月の行為を見守った。
 
「よかったわね」
「うん!」

 と言っても、次の瞬間にはまたいつもの少年姿に戻っていたのだけれど。





「優しいじゃないか」

 親子がいなくなるのを待って声をかけると、華月は驚いた様子もなく、小さく笑って肩を揺らした。

「俺はいつも優しいだろ」

 冗談っぽい言い方につられて私も笑う。
 確かに、彼はいつも誰にでも優しい。

「そうだね」

 時々、少し優しすぎると思ってしまうくらいだ。

「私は君より優しい人を知らないよ」
「それは言いすぎだろ」

 その優しさが、時々怖くなるのだと正直に言ったら、彼はどんな反応をするのだろう。
 困惑するだろうか。それとも――

「いいや、君が一番だよ」

 本当はわかっている。彼がどんな顔をして、どんなことを言うのか。私はわかっていた。

「君以上に優しい人がいるわけない」

 だから何も知らない、気付いていない振りをして笑うんだ。
 それが一番いいとわかっているから。

「ベタ褒めだな」

 初めて言葉を交わしたあの日、決めたんだ。君が笑っていてくれるなら、私はそれ以上を望まない。

「本当のことだからね」

 初めて言葉を交わしたあの日、君が《世界》の全てになったんだ。



(タイトルまで決めたうえで没なんだぜ)
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