「蒼燈!?」
夜空の悲鳴じみた声が思考の霧を払うまで、僕は何が起こったのか理解できないでいた。
「蒼燈、おい、大丈夫なのかっ?」
「うる、さいですよ・・」
「だが、」
唐突にこみ上げた不快感だけは覚えている。それから一度世界が途切れ、夜空の声と共にまた始まった。僕の体は冷たい床に転がっていて、不快感はまだ引かない。
「少し、黙っていてください」
胎児のように体を丸め縮こまっている様は、傍から見ればさぞ滑稽だろう。だが今の僕には、すぐ傍のソファーに這い上がることすら難しい。
神とほぼ同質であるはずの身体にあるまじき不調だ。八つ当たりに違いないが、今度会ったら暁羽に文句の一つも言ってやりたい。
(・・・まさか、)
哀しくもないのに涙が零れ、それが自分でも馬鹿らしいと思い、考えるやいなや捨ててしまった可能性を肯定しているかのようだった。
それは神と同質であるはずの身体が不調であるという事実を認識した直後の、気の迷いにも似た思考。真実であるはずもないが、完全に否定してしまえるほど僕は傲慢ではない。
「全く」
忘れているはずなのだ。僕は、もう何一つ憶えてはいない。
「これすら意図したことだとすれば、本気で恐ろしい人ですね」
「蒼燈・・?」
「出掛けますよ夜空。――言霊の姫巫女に会います」
漸く治まってきた不快感を無理矢理体の奥底へと追いやり、なんとか立ち上がると、――ぐらり――世界が揺れた。
「まだ無理だ」
そんなこと、誰よりも僕自身がよくわかっている。
「急ぐんですよこれが。・・・杞憂であればいいんですけどね」
誰も、誰かを解き放つ術など持たない。この国では。
なのに君は――無意識の内に、だろうが――僕に助けを求め、僕は君の――ひいてはこの国の――ために己が不調であることさえ誤魔化そうとしている。とんだお笑い種だ。
僕は僕たちが糧とした理由をもう忘れてしまっているのに、君は未だその理由に縋り生きているのだろう。誰の幸福も望まず、世界の平穏を疎ましく思い、ただひたすらに破滅を望む。
「解放されたと、思っていたんですけどね」
そんな君を哀れんでしまう僕すらも、君は憎んでしまうのでしょう。
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