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 ずっと長い間、ただひたすらに眠り続けていたことはなんとなく覚えている。望まれて目覚めたことも。けれど対価として差し出された体に妙な混ざり物があったせいで、そちらへ気を取られているうち、私は持っていたはずの過去を失くしてしまった。
 それでも辛うじて自分がどういうものかくらいは覚えていたし、結果手に入れた力は私のためにあつらえたようなものだったから、あまり惜しくは思っていない。今ここにある「私」という自我は失くした記憶に基づくかつての「私」とは当然のように違っているだろうから。別に取り戻したいとも思わなかった。

 私は私。


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 何事もなかったかのよう、裏門の脇へつけた車に乗り込んできた恭弥は血まみれだった。

「うわぁ…」

 しかも顔に傷がついてる。

「なに」
「お前顔は避けろって」


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(四人逃げた…)

 だけどまぁ、あの怪我ならそう長くは持たないだろうと判断して車へ戻る。乗り込んだ瞬間ぱっ、と《バタフライラッシュ》を消して一呼吸。恭弥につけていた蝶も一緒に消えたから、こちらが片付いたことに恭弥は気付いてくれるだろう。あとは裏門にでも車を回して待っていればいい。

「つかれた――」

 あちらこちらへ力を振るのは意外と大変なのだ。


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 リナと別れて以来、ずっと付かず離れずついてきていた黒い蝶がさらさら形を崩す。それを横目に、雲雀は何食わぬ顔でもうほとんど乾きかけている頬の血を拭った。リナがいれば悲鳴を上げること間違いなしの適当な遣り様で。けれどそこにあるはずの傷が痛みを訴えることはなかった。他に負った傷も同じ。そのほとんどがもう塞がりかけているからだと、雲雀には感覚で分かった。
 そしてもうすぐ完全に塞がって跡形もなくなってしまうことも。


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 裏門へ回した車の中で目を閉じて、何をするでもなくただ待っていた。


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 何気なく手を添えた頬にあるはずのものを見つけられなくて、私は少し面食らう。

「返り血、じゃないよな? これ」
「ちがうよ」

 服の汚れや破れ具合からしてそこそこ深い傷がいくつかあるはずなのに、どこを探しても綺麗なものだ。

「じゃあ傷は?」
「もう治った」
「…は、」

 そう、まるで私が治療した後みたいに。

「お前、それ…まずくないか」
「どうして」
「私がやらなくても勝手に治るようになってるんだろ?」
「便利だよ」
「いやそういう問題じゃなくてだな」

 確かに恭弥からしてみれば便利だろう。放っておいても怪我が治るのだ。それも普通では考えられないようなスピードで。

「便利だから、いい」

 そんなこと、本当は出来ていいはずもないのに。

「…そうか?」
「そうだよ」
「…そうか」


----


 リナと別れて以来、付かず離れず側を飛んでいた黒い蝶が肩へとまって形を崩す。それを横目に、素知らぬ顔で雲雀は頬の血を拭った。
 乾き張り付いていた血と乾きかけた血の混ざったものが袖を汚す。そんなことをすれば真先に飛んでくるはずのリナはどういうわけか姿を現さない。
 蝶が消えたことを合図と見ていた雲雀は俄に顔を顰めた。


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 《バタフライラッシュ》を消して裏門から入ると、恭弥と合流する前に《跳ね馬》たちを見かけた。事情は粗方把握しているのでどうしたものかと横目で見ながら通りすぎようとして、それはそれで面倒かと踵を返す。

「――リナ?」
「間抜け」

 無表情のまま罵って、ガツリと赤外線装置を蹴りつけた。

「おい!?」
「いいぞ」
「は?」

 《バタフライラッシュ》がなくてもまぁ、これくらいのことなら出来る。要は動かないようにしてしまえばいいのだ。

「壊した」

 触れてしまえばどうとでも。


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