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 またシードルを送ってくれないかとお伺いを立てれば「自分でも作れるでしょう」と静香は笑って、「ちょっと待っててね」と甘やかに電話を切った。

「ちょっと…?」

 愛車は丁度マンションの地下駐車場へ滑り込んだところ。私の感覚で言うと「ちょっと」は五分十分の世界だ。
 いやでもまさかと、車を降りようとしたところで、こつり。

「…おおう」

 叩かれた窓の向こうで場違いな美女が満面の笑みを浮かべていた。

「Bonjour!」

 まじでか。





「XANXUSが暴れるとね、大変でしょう?」

 普段あまり本国を離れない静香が日本へ来たのはつまりそういうことらしい。

「ソルシエールとしての仕事か」
「そう」

 手土産として渡された紙袋には件のシードル。瓶と瓶の間を埋めるよう菓子の類もざらざら入れられていた。

「もしもの時、抑え込めるのなんて私くらいよ」
「確かにな」

 とりあえずで家に上げた静香は興味津々、リビングの中を見渡しながらソファーへ落ち着く。

「ちゃんと生きてるのね」

 そこかしこに見て取れる当たり前の生活感は、けれど確かに向こうでの暮らしぶりを知っている静香からしてみれば喜ばしいものなのだろう。仙人のように霞を食うような生活をして、死にはしなくとも人間らしさは確実に削ぎ落とされていく。
 《組織》の《蝶》として動くならむしろその方が好都合。でもここにいる間、そんな「手抜き」は許されない。

「恭弥がいるから」

 恭弥の「リナ」は人間だ。寝て起きて食べて泣いて笑っていつか死ぬ。それが必然。それが当然。
 それくらいの制約なければ面白くないと、恭弥が言った。

「すっかり骨抜きね」
「知ってただろ?」
「えぇ」


「知ってたわ」



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「今のあなた、凄く綺麗よ」
「…どうも?」


「ねぇ、ファルファッラ。これだけは覚えておいてね」
「なに?」
「私はあなたを愛してる。ありのままでいて美しいあなたを」
「…知ってる」
「そう、あなたは知ってる。初めから見返りを求めない無償の愛し方だけは知っていた。だから私は、あなたに報われることを教えたあの子をとても得難く思うわ」


「忘れないでね、ファルファッラ。あなたは組織の蝶である前にあなた自身で、バタフライラッシュはあなたを構成する要素の一つでしかないのよ」
「わかってるよ」


「でも静香、これだけは覚えておいてくれ」


「恭弥にもしものことがあったら、私は終わるよ」
「えぇ」


「私だって、あなたのいない世界に興味はないわ」



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