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「なに話してたの」
「ん?」
「あの草食動物と」
「沢田?」

「お前の怪我の具合聞かれた」

 ついさっきたんまり作った貯金がすっかり底をついているだなんて、気分屋にもほどがある。

「もう跡形もないよ」
「まぁそうだけどな」

 机に遮られて見えもしない足の傷を一瞥。

「お前が平気そうにしてるのは手当した人間の腕がいいからなんだからな」

 言いおいてごろりとソファーへ横になる。



----



「恭弥」

 一声呼び止め、肩越しにこちらを顧みた恭弥の手をとって持っていた指輪をするりと通す。

「おまもり」

 貸すだけだからなと、何か言われる前に釘を刺すとそれでも愉快そうに目を細めた。
 私から取り戻した左手を軽く仰ぎ見るように掲げて、「ふぅん」と笑う。

「いいよ」

 可愛気のない不敵な笑みだ。

「守らせてあげる」



----



「え、今日跳ね馬来ないのか?」
「らしいよ」
「…なんだ」
「なに」
「いや別に」
「用でもあったの」
「いや全然」
「……」
「や、ほんとに何もないって」

「何焦ってるの?」
「お前ほんとどんどん可愛気なくなっていくな」
「君はどんどん面白くなるよね」



----


 なんだ今日は修行しないのかと、気持ちとぼとぼ車へ向かう途中。奇妙なものに声をかけられた。

「ちゃおっス」
「…Ciao?」

 スーツを着た赤ん坊。アルコバレーノのリボーンだ。

「ディーノはやっぱりまだへなちょこだな」

 そういうものだと分かっていても二頭身の赤ん坊に流暢に話されると妙な感じがする。

「組織の殺し屋がこんな所で何してやがる」
「…驚いた」

 応接室に程近い、よって一般生徒があまり使いたがらない三階の廊下。誰に見咎られる心配もそうないから悠長に話していられる。

「どうしてわかった?」

 純粋に本当に、心底驚いていた。
 外を背に窓枠へ腰掛けたリボーンはにっ、と外見不相応な笑みを見せる。

「秘密だぞ」
「…まぁ、実のところ大して隠してもないしな」

 大方《ファルファッラ》を出している時の仕事仕様な格好を見られでもしたのだろう。元々髪と目の色が違うだけで変装らしい変装をしたことはない。《蝶》を見て生きていられたのなら、私に会って同一人物だと気付くことはさして難しくないだろう。

「だけど何してやがる、ってのはご挨拶だな。生憎私はあんたが跳ね馬の所にいる頃からここに住み着いてるんだ」


「――何してるの」


「ちゃおっス、雲雀」
「やぁ、赤ん坊。――で? 君は帰るんじゃなかったの」
「ちょっと立ち話してただけだって」
「…行くよ」
「うい」

「雲雀、お前は知ってるのか」
「君が彼女の何を知ってるっていうんだい」
「その女は、


「僕の蝶だ」



----



 デスヒーター。野生の象でも歩行不能にするような猛毒だと言われても、大した感慨は湧かなかった。そのための指輪だ。
 恭弥の許しも出ているし遠慮はいらない。種は昨日の内にたっぷり蒔いているから、程なく恭弥の毒は中和されるだろう。立ち上がることさえできればポールくらいへし折れるはずだ。心配はいらない。恭弥さえ無事ならわたしは構わない。肝心の恭弥に対する手は打ってあるから、今日こそ本当に観客気分だ。安心して見ていられる。



 と、思った途端これだ。

「嗚呼あの馬鹿っ、あれほど顔に傷はつけるなって言ったのに…!」

 さすがに流れた血はどうしてやることも出来ない。



----



「――恭弥!」

 私が声を張ると、恭弥は嫌な顔をするでもなくそれに応えた。

「バタフライラッシュ――」

 かちりと頭の中でスイッチが入って、体中の細胞が色めき立つ。一瞬で夜色の髪から色素が抜けると同時に無数の黒い蝶が羽ばたいた。

「何だ――!?」

 それに紛れて私の体も人としての形を崩す。目の粗い赤外線の間を抜け、差し出された恭弥の手に手を重ねるよう再構築した体で、私は周囲の驚愕を他所に悠然と笑いながら銃を構えた。

「ファルファッラ…!?」
「アッディーオ!」

 声高に告げて引き金を引く。

「――はっ」

 簡単な仕事だ。



----



 赤外線の囲いが消えるなり駆け出して、迷わず恭弥に飛びついた。

「恭弥!」
「ちゃんと止血はしたよ」
「腕はな!」

 引き寄せたらすんなり寄りかかってきた体を引っ張り上げて足を掬う。抱え上げた体がずしりと重くなると同時に力の抜けた頭が鎖骨の辺りに乗って、首元を柔らかい黒髪がくすぐる。

「毒は中和出来ても血は作れないっての」



----



「恭弥はこのまま連れて帰るからな」

 視線が絡んだ瞬間告げて、またすぐ体ごと完全に目を逸らす。言い逃げだ。
 急にギアを上げすぎて指先がぴりぴりしてる。



----



 それはあまりにも唐突で、あらゆることに理解が追いつかないまま私は放り出されていた。

「――!」
「――――!」
「――!!」

 視界を遮る煙が晴れるより早く、周囲の雑音や殺気に反応した体が問答無用で臨戦態勢をとる。手の中に現れた《ファルファッラ》を握り締め、慣れた体は仕掛けられた攻撃にフルオートで応じた。
 無駄も躊躇いもない行動とは裏腹に頭の中はぐちゃぐちゃ。

「うわぁぁっ!!」

 気付いた時には私だけがその場に唯一五体満足で立っているような有様だ。

「…どこだここ」



----



「指輪に炎、灯してたな…」

 とりあえずすぐに逃げられる心積もりだけして思い出し思い出し、はてどういうことだと首を傾げる。指輪に灯す炎について、めざましく研究が進んだなんて話は聞いてない。その上その炎を利用した兵器だなんて――

「…あ、あったなそういえば」

 それだって私が突然見知らぬ場所へ放り出された説明にはならない。

「なんだってこんなことになってるんだ…?」

 そもそもここへ来る直前、一瞬立ち眩みのような状態に陥ったことが不可解だ。《バタフライラッシュ》をたんまり抱えた私に限って、立ち眩みだなんて。

「……」

 ぐるぐるぐるぐる考えた末。とりあえず一旦思考を放棄することに決めた。
 分からないなら分からないなりにやりようはある。





 比較的頭部の損傷が少ない死体から、完全に意味消失する前に可能な限りの情報を引き上げる。記憶というのはつまり電気信号だ。壱と零。《バタフライラッシュ》なら読み取れる。私には読み解ける。

「ミルフィオーレ、…ボンゴレ狩り?」

 無機と有機の相半。それが私の強みだ。

「アンチナノマシン…? そんなの使われてないぞ」

 どうにも噛み合わないなと、ついでで取り込んだ情報端末のデータでようやく合点がいった。

「――十年後か、ここは」

 十年バズーカの存在は知っている。それが今誰の手にあるのかも。実際使用しているところを見たことだって。
 よってここが十年後の世界であることを認めるとしても、だ。

「何故あたったし」
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