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 何の前触れもなく抱きついたら、リドルはすぐに抱き返してくれた。それから少し首を傾げて、「どうかしたの?」と不思議そうに尋ねてくる。別に意味のある行動じゃないから、私は首を横に振るだけ振って何も答えなかった。ただ抱きつきたくなったから抱きついただけで、本当に深い意味なんてない。

「珍しいね」
「…そう?」
「そう」
「リドルが言うなら、そうかもね」
「うん」



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 鳩尾の前で組まれた手が解けて、背中に張り付いていた熱が離れる。

「まだ寝てていいよ」

 開きかけた瞼に手の平で蓋をしたリドルは、耳元で囁くようにそう言った。



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 リドルが何を思ってどう行動するのか、私は知っている。リドルだってそうだ。私達は互いに互いの考えている事が分かる。だから私がリドルを拒む事はないし、リドルだって、私を一人にしたりしない。


(時々どっちかわからなくなる感じの話)



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 赤い装飾の付いた、黒い指輪。これさえあれば、私はどこでだって生きていける。だからこれ以外の物は、極端にいえば不要。

「本当に極端だね」

 私の思考を読み取ったリドルが、面白いものでも見るように私を見下ろす。私と同じ、黒の指輪を嵌めた手はもう長い間



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 薄暗い部屋には、蝋燭の明かりが一つだけ灯されていた。小さな炎はゆらゆらと忙しなく揺れて、天井に映る影を生き物のように蠢かせている。
 その影を眺めているうちに、寝起きでぼんやりとしていた頭は徐々に働き始める。まずは起きなくてはと、起こした身体の上を薄手のブランケットが滑り落ちた。

「リドル――」

 ベッドサイドに置かれたスツールは無人。その代わり、枕元で黒い猫が丸まって目を閉じている。

「リドル」

 意識して呼ぶと、黒猫は静かに目を開けて私を見上げた。真紅の瞳には少しだけ不機嫌そうな色が滲んでいる。

「お腹すいた」
「丸一日寝てたからじゃない?」
「何か作ってよ」
「……仕方ないなぁ…」

 起こされたのが不満なのか、黒猫は少し渋るように目を細めてから、本当に仕方なさそうに体を起こした。
 ぐぅっ、と目一杯伸びをして、欠伸を一つ。

「朝まで寝てれば良かったのに」

 ぼやいた黒猫は音もなくベッドを飛び下りて、独りでに開いた扉から部屋を出て行った。扉はまた独りでに閉じて、蝋燭の火が大きく揺れる。

「ひどい」



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 ルーラが地下の書庫へ下りて、そろそろ一時間経つ。

「クロウ」

 壁に掛けた時計の針が午後二時半を指し示すのを合図に、リドルは定位置のソファーを離れた。一瞬で人に擬態したクロウへ読んでいた本を放り、キッチンへ向かう。
 別に何を言われた訳でもないが、クロウは投げて寄越された本を持って地下へ下りた。半開きになった書庫の扉を二度叩いてから開く。

「主」
「…なに」

 呼ばれてから少しの間を挟んでルーラは顔を上げた。クロウが手に持つ本を示すと「あぁ、」と納得顔で立ち上がる。

「かして」

 差し出される手にクロウは大人しく従った。ルーラやリドルと違って、クロウは書庫の全容を把握しきれていない。

「今日のおやつ何だった?」

 自分が今まで読んでいた本と、クロウが持ってきたリドルの本。その両方をあるべき場所へ戻してルーラはクロウに尋ねた。クロウは少しだけ首を傾け、「ラズベリーの匂いがしていました」とだけ答える。今一つ的を得ない答だが、彼の主からしてみればそれだけで十分だった。



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 最近、リドルは昼間猫の姿でいる事が多くなった。する事が無い時は大抵日向か私の膝で丸くなっている。寒いらしい。ためしに抱えたまま外へ出てみたら真面目に怒られた。もうしない。



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 地下の書庫で本を読んでいたらリドルが不機嫌顔でやってきた。目が怖い。

「どうかした?」
「……」
「リドル?」

 でもその原因は私じゃない。私相手に、リドルはこんな顔をしない。私のせいで機嫌が悪いのなら、ちゃんとその理由を話してくれるはずだ。



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 リドルと一緒にいるのはとても楽で、何一つ不自由がない。でもたまにその楽さが後ろめたくなる事がある。リドルは私の事なら何でも知っていて、私が一番快適に過ごせるように心を配ってくれるのに、私はリドルの事を何も知らない。分からない。
 それがたまに、どうしようもなく苦しくて、苛立たしくて、もどかしい。

「ルーラ」

 でもそんな考えすらリドルにはお見通しで、私がぐるぐる考え込んで動けなくなった時は、いつもただ名前を呼んで抱きしめてくれる。「そのままでいいんだよ」って、私をずるずると自分の領域へ引きずり込んで出られなくする。
 それは抗い難い誘惑だ。

「ルーラ」
「なに…」



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 リドルはいつも私が何を見て何を感じて、何を思っているのか知っている。そういうものなのだと、私は知識として自覚している。



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 自分が少しおかしな存在なのだと、私はなんとなく理解していた。でもその事を気に病んだりはしていない。全て時間が解決してくれると分かっているから。
 今はただ思う通りに生きていればいい。



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 シルバーストーンは、誇り高きスリザリンの血族。



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 俺を造った男は拾い物をするのが趣味だった。



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 朝目が覚めて、階下に下りたらソファーに子供がいた。しかも二人。

「…どゆこと?」
「拾った」

 俺の独り言に一言で答えたサラは、眠っている二人に自分のローブをかけて部屋を出ていく。

「拾った、って…」

 シンクの中には、甘い匂いのするカップが二つ放りこまれていた。

「誰が面倒みるんだよ」



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 サラが拾ってきた二人の子供は、思ったより簡単に俺達の生活に馴染んだ。二人とも歳の割に大人びていたのが良かったんだと思う。初めこそ子供は煩くて我儘な生き物だから邪魔になる、こっそり捨ててこようと毎日のように持ちかけて来ていたマリアも、二人がそのどちらにも当てはまらない事に気付いて口を噤んだ。とりあえずは。



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 サラが死んでも、銀石は泣かなかった。

「おやすみなさい、サラザール。愛しい人」

 そう言って冷たくなったサラにキスをしただけ。
 泣きわめいてその死を否定したがったのは、マリアだけだった。

「アッシュも、今までありがとうね」
「…これからも、だろ?」

 俺の言葉に、銀石はただ微笑むばかりだった。だから俺は彼女が今何をしたいのかが分かってしまって、少しだけ泣きそうになる。

「ぎんせき、」
「私、この人を愛してしまったのよ。アッシュ」

 だからと、銀石は酷く穏やかな顔でサラに触れた。

「大丈夫。あなたはとても長生きだから、きっとまた会えるわ」

 後は好きにしていい。――そう言ってサラは息を引き取った。だから俺は銀石のする事を止められない。ただ見ている事しか出来なかった。
 今日、緋星の姿を一度も見ていないのは、きっとこのためだったんだ。



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 考えている事も感じている事も、私達は何もかもを共有する事が出来るけど、別に二十四時間三百六十五日そうな訳じゃない。どちらかが意識しなければ、普通の人と同じ。だからふとした瞬間、リドルは私の世界から姿をくらませる。



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 正直、何が起きたか分かりたくもなかった。



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「ルーラ」

 そっと、押し殺した声でリドルは私を呼んだ。「ルーラ」「ルーラ」と、何度も、何度も、確かめるように。

「ルーラ」

 私はただリドルにされるがまま、横になって目を閉じていた。
 時々頬に添えられた手が静かに滑って、体の線を確かめるように素肌をなぞる。



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「ルーラ」

 咎める、というより呆れの方が強い声で、リドルは私を呼ぶ。同時に放り出していた腕を掴んで引き起こされた。

「せっかく気持ち良くなってたのに…」

 お風呂上がりの温かいまどろみが一気に吹き飛ぶ。

「髪くらい乾かしなよ」

 それでもまだ半分以上眠りに足を突っ込んでいた意識は、わしわしと乱暴に髪を拭く手に無理矢理引き戻された。

『痛い』
「目は覚めた?」
『眠い』



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 姿が見えない。――そう思って行方を捜したのは、単なる気紛れのようなものだった。家から出さえしなければ彼女がどこで何をしていようと構わない。だけどその時は何故か気になった。どこで何をしているのだろうと、知りたくなった。
 だから探して、行きついた。


「――ルーラ?」


 ザァザァと、音がする。降りしきる雨にも似た水の音。それはすぐそばで聞こえていて、その向こうから誰かが私を呼んでいた。
 それが誰かなんて、考えるまでもない事だけど。

「ルーラ」

 もう一度、今度はさっきより近くで呼ばれる。さっきより近くて、少しだけ不機嫌そうな声だった。

「…なぁに?」
「なに、じゃないよ」

 雨の音がぴたりと止んで、火傷しそうなほど熱い手の平が頬に触れる。驚いてびくりと体を揺らしたら、声の不機嫌さが増した。

「冷たい」
「…そう?」
「死人みたいだね」
「そんなに私の事殺したいの?」
「殺されるような事してる自覚は?」
「死なない程度になら」
「…よく言うよ」

 確かめるように濡れた髪を何度か梳いて、リドルは杖を抜いた。

「いい加減目を開けなよ」

 抜く、気配がした。

「でないと乾かしてあげない」
「このままでいい、って言ったら?」
「真水の次は熱湯のシャワーを浴びたい?」



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「気味の悪い子」

 誰が口にするまでもなく、私は自分が周囲にどう思われているのかを知っていた。人形のような見目の通り泣きも笑いもしない《ハートレス》。気味の悪い出来損ない。一族内で最も濃い血を持ちながら、黒い髪も目も持たない銀の異端児。――私は知っていた。知る事の出来る力を残されたから。



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 次に目が覚めた時、全ては終わっていた。

「調子は?」
「…問題ない」

 ソファーに横たえられた私の顔を覗き込むアッシュの目は片方が色を失くしている。逆に私の右目は赤く輝いているのだろう。――老体共の目を剥くさまが目に浮かぶ。

「お前、目悪かったんだな」
「アッシュが見えすぎるんだ。…やっぱりまだ慣れない。くらくらする」

 左右で見え方の違う目は少しだけやり辛い。
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