<仮にも君は物語の主人公。その守護たるそれに嫌われたのは私か、はたまたこの呪われし血筋か>
ぐらつく視界。
感覚の麻痺した右手。
「私に恨みでもあるのかしらね」
自嘲気味に呟いて、ルーラは意図的に唇を噛み切った。
つ、と伝った鮮血をとりあえず右手首に擦りつけ小さく呪文を唱える。
「気休めだね」
悪趣味。
誰もいないはずの空き教室から伸びた手と希薄な気配に、声には出さず呟いた。
「知ってる?」
覗き込むようにして見下ろしてくる真紅の瞳にどこか安堵する。
「君の痛みは僕にも伝わって来るんだよ」
嗚呼――
「ごめん」
私は独りではなかったのだと
----
<せめてあんたが穏やかに眠れるように、俺は柄にもなく嘘を吐こう>
「遺される俺たちの気持ち何て考えてないだろ、お前」
「私は自分勝手だからな」
「よく言う」
行儀悪く机に腰掛け片足を抱いたまま、俺は緩く目を細め左手を持ち上げた。
「ただ、」
整った造形。
けれどそれは自分たちを造り出した彼にも言えることで、そういえばサラの周囲で見目醜い者なんて目にした事はない。
あくまで人間の容姿をした生き物において、に限るが。
「ただ、何だよ」
広げた指と指の隙間から覗き見るようにして様子を窺う。サラはこちらに目を向けようともしない。
手には文献、視線は正面の窓から外へ。
「銀石と緋星を、頼む」
「…あぁ」
例えそれが自らの命を蝕んだとしても、それがサラの望みなら俺は叶えよう。
忠誠なんてものは誓わない。ただ、病的なまでの信頼を。
「俺もあいつ等のことは気に入ってるしな」
サラの死期が近いことを、俺とサラだけが知っていた。
(あんたがどうしようもないくらい俺たちの行く末を気にしていることくらい、気付いてるさ)
---
<こんな辛気臭い世界に長居するくらいなら命かけてやるよ。あいつは、何を置いても助けたいもう一人の俺だ>
「こんな世界もうごめんだ」
ジャラジャラと耳煩い音が鳴り、それよりもこの空間に存在していることが不快だと、レイチェルは盛大に顔を顰めた。
「俺は行くぜ」
乱暴な言葉遣いは幼い頃から変わらない。
その凄絶な力も。
年を追うごとに人間味を失ってきた容姿以外は何一つ変わらなかった。
「じゃあなクソジジイ、恨むなら呪われし一族と縁[エニシ]を結び俺を産み落としたあんたの娘を恨みな」
ギチギチと、まるで最強の盾に最強の矛をぶつけた様な。
ギリギリと、まるで自身を食い尽くすように。
「わしは何一つ後悔してはおらんよ」
「ハッ、後悔なんてされてたまるか」
こちとら望まれて生まれてんだよ。
「そうじゃの…」
全ての音が消え失せると、その場にもうレイチェルの姿はなかった。
ただ残された〝彼〟がはじめて彼女に送った髪飾だけが、
「また会えるかのぉ」
ゆっくりと、彼の手に落ちてきた。
(彼女が死に彼女が生まれ彼女が彼女として生きようと、生きたいと望み選び取った日)
----
<生きることを望め。たとえそれがいずれ来る終焉のためであったとしても>
白濁とした世界で消えかけた命の灯火を見た。
(死にたくない)
手を伸ばしたのは無意識の内。
そうさせたのは、おそらく今まで一度も顔を見せることのなかった生存本能。
(私は…)
生きたいか?
ゆらりと大きく揺れた灯火。明るくなっていく視界。
嗚呼、死ぬのか。と、それはあまりにも穏やかだった。
(生きたい)
死は苦しいものだ。
死は痛いものだ。
沢山の苦しみと痛みを知った者にしか穏やかな死は訪れない。
だから、だから…
(生きたいの)
たとえ本能に身を任せていたとしても、
たとえなけなしの自我で永遠考えたとしても、
(殺さないで)
答えは決まっていた。
上等。
(そのために俺は命を捨てた)
ぐらつく視界。
感覚の麻痺した右手。
「私に恨みでもあるのかしらね」
自嘲気味に呟いて、ルーラは意図的に唇を噛み切った。
つ、と伝った鮮血をとりあえず右手首に擦りつけ小さく呪文を唱える。
「気休めだね」
悪趣味。
誰もいないはずの空き教室から伸びた手と希薄な気配に、声には出さず呟いた。
「知ってる?」
覗き込むようにして見下ろしてくる真紅の瞳にどこか安堵する。
「君の痛みは僕にも伝わって来るんだよ」
嗚呼――
「ごめん」
私は独りではなかったのだと
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<せめてあんたが穏やかに眠れるように、俺は柄にもなく嘘を吐こう>
「遺される俺たちの気持ち何て考えてないだろ、お前」
「私は自分勝手だからな」
「よく言う」
行儀悪く机に腰掛け片足を抱いたまま、俺は緩く目を細め左手を持ち上げた。
「ただ、」
整った造形。
けれどそれは自分たちを造り出した彼にも言えることで、そういえばサラの周囲で見目醜い者なんて目にした事はない。
あくまで人間の容姿をした生き物において、に限るが。
「ただ、何だよ」
広げた指と指の隙間から覗き見るようにして様子を窺う。サラはこちらに目を向けようともしない。
手には文献、視線は正面の窓から外へ。
「銀石と緋星を、頼む」
「…あぁ」
例えそれが自らの命を蝕んだとしても、それがサラの望みなら俺は叶えよう。
忠誠なんてものは誓わない。ただ、病的なまでの信頼を。
「俺もあいつ等のことは気に入ってるしな」
サラの死期が近いことを、俺とサラだけが知っていた。
(あんたがどうしようもないくらい俺たちの行く末を気にしていることくらい、気付いてるさ)
---
<こんな辛気臭い世界に長居するくらいなら命かけてやるよ。あいつは、何を置いても助けたいもう一人の俺だ>
「こんな世界もうごめんだ」
ジャラジャラと耳煩い音が鳴り、それよりもこの空間に存在していることが不快だと、レイチェルは盛大に顔を顰めた。
「俺は行くぜ」
乱暴な言葉遣いは幼い頃から変わらない。
その凄絶な力も。
年を追うごとに人間味を失ってきた容姿以外は何一つ変わらなかった。
「じゃあなクソジジイ、恨むなら呪われし一族と縁[エニシ]を結び俺を産み落としたあんたの娘を恨みな」
ギチギチと、まるで最強の盾に最強の矛をぶつけた様な。
ギリギリと、まるで自身を食い尽くすように。
「わしは何一つ後悔してはおらんよ」
「ハッ、後悔なんてされてたまるか」
こちとら望まれて生まれてんだよ。
「そうじゃの…」
全ての音が消え失せると、その場にもうレイチェルの姿はなかった。
ただ残された〝彼〟がはじめて彼女に送った髪飾だけが、
「また会えるかのぉ」
ゆっくりと、彼の手に落ちてきた。
(彼女が死に彼女が生まれ彼女が彼女として生きようと、生きたいと望み選び取った日)
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<生きることを望め。たとえそれがいずれ来る終焉のためであったとしても>
白濁とした世界で消えかけた命の灯火を見た。
(死にたくない)
手を伸ばしたのは無意識の内。
そうさせたのは、おそらく今まで一度も顔を見せることのなかった生存本能。
(私は…)
生きたいか?
ゆらりと大きく揺れた灯火。明るくなっていく視界。
嗚呼、死ぬのか。と、それはあまりにも穏やかだった。
(生きたい)
死は苦しいものだ。
死は痛いものだ。
沢山の苦しみと痛みを知った者にしか穏やかな死は訪れない。
だから、だから…
(生きたいの)
たとえ本能に身を任せていたとしても、
たとえなけなしの自我で永遠考えたとしても、
(殺さないで)
答えは決まっていた。
上等。
(そのために俺は命を捨てた)
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