桜の盛りはとうに過ぎ、時季が時季なら桃色の絨毯に覆われる小道は、木々の作る影に覆われ涼やかな空気に包まれていた。
「もうそんな季節か」
途切れることのない蝉の声に耳を傾け、女――イヴリース――は頬を撫でる風の心地よさに目を細めた。
「桜の咲く頃には戻ろうと思っていたのに」
落胆した言葉とは裏腹に、自嘲と呼ぶには淡すぎる笑みを浮かべ歩き出す。あてもなく、というにはしっかりとした足取りで、目的があるにしては穏やか過ぎる彼女の歩みにあわせ、那智も歩き出した。
態々イヴリースが口にするまでもなく、場の雰囲気を感じる心さえ持っていれば、ここに訪れる四季を容易に想像することが出来る。
春には桜。夏には青々と茂る草木。秋は紅葉。冬は見渡す限りの銀世界。
「いい所だろう」
「あぁ」
心を読んでいたようなタイミングで発せられたイヴリースの言葉に何の含みもなく返し、那智は感嘆と共に深く息を吐き出した。
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