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 綺麗な綺麗な世界がありました
 そこは苦しみも悲しみもない、とても幸せな世界でした

 〝ユートピア〟

 世界を創った神様は、世界のことをそう呼びました
 皆も世界のことをユートピアと呼びます

 この世界を創ったとき、神様は言いました

「君達を害するものは何もない」

 人々は喜びました
 もう争いもなくなるのです
 でも、神様は言いました

「けれど幸せばかりでは世界は成り立たない」

「だから君達の代わりに、苦しみしかない世界で生きている人たちがいる」

「君達の幸せは、たくさんの犠牲の上に成り立っているんだ」

「それをどうか、忘れないでほしい」

 でも、平穏を手に入れた人々はその話を聞いてはいませんでした
 神様は、悲しそうにうつむきました
 そして、喜びばかりの人々の前から姿を消してしまったのです
 でも幸せな人々は、神様がいなくなったことにさえ気付きませんでした
 それきり神様は、幸せな世界には二度と現れませんでした





「彼らに本当の幸せはわからない。だって、幸せと悲しみは背中合わせなのだから」

 最後に神様は、小さく呟きました
 けれど人々は誰も、そのことに気付けませんでした
 それが幸せなのか不幸なのかは、世界を創った神様にさえ、わかりませんでした
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「はい、これどうぞ」

 そういって渡されたのは、茎の長い紅紫色鐘形の花が咲いた植物

「ってか、これ毒草だろ?」
「いいんですよ、これ先輩にそっくりだから」
「あっそ」

 俺は呆れを言葉とともに吐き出して、右手に持った植物を見やった
 たしかこれの中毒症状は、嘔吐・強い痙攣・呼吸麻痺だっけか?
 なんかと間違えて食べて、死んだ奴もいるんだっけ・・

―――ドンッ

「気ぃつけろよてめえ!!」
「・・・すいません」

 じゃあお詫びに、こんなものでもどうですか?
 俺は引きちぎった葉っぱと数輪の花を、勢い良くガラの悪そうな男の口に突っ込んだ
 苦しそうにそれを飲み込んだ男をしり目に、とっととその場を後にする

「俺みたい、ねぇ・・」






ジタリス――花言葉
<不誠実 虚偽>






 まあ別に、それでもいいけど
 刃が肉を切り裂く感触。
 飛び散った血が頬にかかる生温(なまぬる)さ。
 それすらも煩わしくなると、もう世界の全てが煩わしくなってしまう。
 なぜ煩わしいのかは覚えていない。
 ただ全てが面倒で、煩わしくて・・・・イライラする。

「仕事終わった」

 荒々しく扉を開けて、ソファーが汚れることも気にせずそこへ寝転んだ。

「おかえりなさい。お風呂入れるよ」

 部屋の奥から、組織から派遣された俺の見張り役が顔をのぞかせる。
 本当ならそんなことする必要もないのに、奴はここに来たときからずっと家事全般をこなしていた。

「・・わかった」

 頬について固まった血が鬱陶しい・・
 乱暴に頬を手のひらでこすると、見張り役が心配したように顔を覗き込んできた。

「怪我・・したの?」
「返り血だ」
「そう・・よかった」

 奴はそういって、まるで安心したかのように頬を緩ませる。
 否。奴は、本気で安堵したんだ・・

 嗚呼、イライラする。

 他人に深く関わらないことが絶対的なルールである組織において、こいつみたいな奴は早々に命を落とす。
 他人のために感情を動かすことなど、自殺行為に等しい・・

 嗚呼、イライラする。

 どうして奴は、俺が帰ってきたのを見て、あんなに嬉しそうな顔をするんだ・・・

 俺はただの、殺人鬼・・なのに
 きっちりと封をされたビンが、幾つも幾つも薬棚に並んでいた
 けれど、それは単に持ち主の趣味で、別段危険な薬品というわけではない
 たった、ひとつを除いては・・・

「先生、いい加減ビンの口テープで止めるのやめませんか?」
「う~ん、でもそれは単に趣味とか、癖だからねぇ」
「だから、やめるよう努力してください」
「うん、今度ね」

 二人の人間が、薬棚と棚の間でせわしなく動き回っていた
 いや、実際動き回っているのは15,6歳の少女だけで、もう一人の男は、白衣を肩にかけ少女にあれやこれやと指示を出しているだけなのだが・・

「あ、あと一番上のそれね。高価だから落とさないように」
「なら先生とってくださいよ~」
「大丈夫。地上三階から落としても割れないビンだから」
「先~生~?」
「ほらほら、急がないと間に合わないよ」
「・・・」

 さっきからからかわれている様に感じている少女は、自分が先生と呼ぶ男を睨み付けるが、男は気の抜けるような笑みでそれをかわす

「あ、あと一番奥の、上から二番目ね」
「はいはい」

 少女は疲れたように溜息をつき、薄暗い部屋の奥へと進む
 見えないので手探りでビンを探し、半ば適当に、それらしいビンを手に取った

「急げ~」
「今行きます!」

 持っていたかごにビンを放り込む
 ビンは甲高い音を立てるが、どうせ割れるようなものは無いのだ
 ガチャガチャを音を立てるかごに眉を顰め、少女は足早に、薬棚の並ぶ小部屋を後にする










「先生、これでいいですか?」
「ん? ちょっとまってね」

 少女がかごに入ってたビンを次々とテーブルに並べ、それを男が確認しつつ、作業の手順通りに並べてゆく
 けれど途中で、男の手が止まった

「僕、こんな薬頼んだっけ?」

 その手に持たれていたのは、他のビンとは違い、多めに埃を被り、紙テープで封をされた薬・・ケース
 外側の形は他のビンと変わりなく円筒形だが、硝子で作られたそれには、中にほんの数ミリ程度の液体と、小さなカプセルが入れられている
 そして紙テープの封は、危険物を示す赤色・・

「あ・・もしかして間違えてますか?」

 ビンを入れていたかごを片付けようとしていた少女が、首をかしげ立ち止まる
 男は、片手で硝子のケースを玩びながら、少女を見やった

「う~ん、僕が片付ける場所間違えてたんだと思う、多分」
「・・・?」
「だって、君そういうのだけは間違えたことないし」
「そ・・うですか?」
「うん。それに、前の助手が間違えたのかも」
「前って・・」
「けっこう前だね、うん」

 会話をしながらも、少女の視線は男の手の中にあるケースに釘付けになっていた
 くるくると回って、宙を飛んでは、男の手にキャッチされる
 曲芸ではないのだし、危険物なのだからやめてほしいというのが、少女の本音だ

「で、それなんですか?」

 けれど少女は、割れたら男のせいだと割り切って、好奇心半分で質問をする

「ずっと昔に作った、用途大量殺戮な薬」

―――ガタッ

 男の言葉に、少女が持っていた機材が床に落下した

「液体の方は、大気中に出ると霧散して・・多分一ヶ月くらいで、確実に世界中の生物を殺せるんじゃなかったかな?」

 今もなお、その危険な液体は男の手で数秒おきに宙を舞っている

「カプセルの方は、水に溶かすと何倍に薄めても効果が薄れず、しかも水蒸気になっても人が殺せる便利な薬」

 少女は、言葉が声にならないのか、口を何度も開いたり閉じたりしながら、数歩壁際に後退した

「でも、使った本人も死んじゃうから、結局いらないっていわれたんだよ。確か」

 せっかく作ったのになぁ・・

「そ、そんなもの普通に置かないでくださいよ・・」

 男の背後で、少女が心臓を抑えながら唸った

「だって、捨てるのもったいないじゃないか」

 懲りた風もない男が、少女に向かってケースを投げる

「ほら、パス」
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」

―――ガタンッ

 少女に少し手前に落下したケースの中の液体は、鮮やかな七色に輝いていた
「ただいま」
「おかえり、コーヒー飲む?」
「ん」

 太陽の光が木漏れ日の様に差し込む庭で、優雅な一時(ひととき)
 席に着いたばかりの女が、眩しそうに空を見上げた

「眩しい・・なんとかならないの?」
「もう少しだと思うけど・・」

 視線の先には、星の瞬く夜の闇にぽっかりと空いた穴
 そこからこぼれ出た陽光が、庭の敷地とその周辺の街を明るく照らしている

「まったく、夜に穴なんか開けてなに考えてんだか」

 椅子に浅く腰掛けて、女がぼやいた

「そうね」
「この書類、どこに置ますかぁ~?」
「そこに積んどいて」

 カリカリと、万年筆が紙をかく音
 それにあわせて、時折紙が移動する音
 そして最後に、カランと軽い音をたてて万年筆が転がった

「はぁ~・・午前の分終了!」
「おつかれさまでぇ~す」

 ゆっくりと、固まった体の筋を伸ばす男と、その横から程よく冷まされた紅茶を差し出す少女
 二人は柔らかい笑顔を交わし、その後声を立てて笑った

―――ぐにゃり

 机に向かっていた男の姿が、まるで粘土細工の様に歪む
 そしてその姿は、どんどん小さくなり、引き締まった体の黒猫へと転じた

『後は、本人にやらせろよ?』

 真っ白い室内にぽつんと、黒い生き物が声を発する

「はぁ~い!!」

 少女が発言をするときの様に手を挙げて返事をすると、猫は満足そうに笑い、いつの間にか開け放たれていた窓から外へと姿を消した
 残された少女は、楽しそうにスキップをしながら館の二階へと向かう

「ご主人様ぁ~? 猫さん帰っちゃいましたよぉ~」

 間延びした声が、二階の廊下に長々と響いた

―――キィィィィ

 それにともない、奥まった部屋の扉が軋みながら開く

「判った。そろそろ仕事するよ」

 純白の髪に灰色の服

 館の主人が、眠そうな眼を擦りながら現われた
「寝ないのか?」
「うん」



 見上げた月に手を伸ばしても届く事はない
 あれは見た目よりもずっと遠い所にあって、どうやったって俺達の手に入りはしない



「ねぇ、ユエ」
「ん?」





「あれをちょうだい」





 けれどお前は望むのか



「・・・あぁ」



 蝋の翼で太陽へと羽ばたいた勇者は翼を焼かれ地に堕ちた



「ちょっと待ってな」
「うん」



 精巧な細工のグラスを手に取り、指を弾き鳴らせば現れる水
 重みを増したグラスを窓枠に置き、背後のテーブルに何も言わず手をついた



「ありがとう」



 お前が堕ちてしまわない様に、俺はここに月を飼おう
 うっとりと頼りなく揺れる月を見つめるお前は、すくなくとも俺の傍にいる
 月を手に入れられないことには変わりはない。けれど――



「どういたしまして」



 物欲しげ月を見上げるお前は、いつかあそこに帰ってしまいそうだから
 お前がここにいられるよう、俺はここで月を飼おう 
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