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「亜紗人にも困ったものだね」

 言葉とは裏腹に、流風の声は軽い。逆に、カウンターから離れたテーブル席に座る雪奈[ユキナ]の表情は重かった。ただし、その原因はそれほど深刻なものではない。

「声はかけてきましたよ」

 地下から戻ってきた雪夜が、流風と有栖に愛想良く告げた。有栖はありがとうと笑みを浮かべる。同時に二人分の軽食をカウンターに上げた。

「どうも」

 じとっ、とした雪奈の視線が、トレーを受け取る雪夜の腕に絡みつく。彼女が不機嫌な理由を知っている雪夜は呆れ顔で肩を落とし、知らないけれど見当の付いている流風は苦笑した。雪奈にも困ったものだねと、零された言葉には今度こそ感情が伴っている。

「また喧嘩かい?」
「はい。…俺が割り込んだから起こってるんですよ」
「それは大変だ」
「えぇ、大変です。でも呼び出しに遅れるわけにもいきませんし」
「そうだね」

 はぁ、と息をついて、雪夜はカウンターを離れた。テーブルで待ち構える雪奈は、これまでの経験からすぐには機嫌を直してくれそうにない。

(どうしたもんだか…)

 心の中で、雪夜はもう一度深く溜息をついた。










 と、ん。――繰り返される跳躍の音は、街の喧騒に紛れ誰の耳にも届かない。舞うように軽やかな動きで家々の屋根を飛び越えながら、羽音は常人の目には映らないほどの速さで移動していた。魔法によって守られた体は、重力さえ忘れたかのように風よりも速く駆ける。

「――――」

 世界はあっという間に流れていった。全てが過去になる様を感慨なく眺める羽音の目には、どこまでも透明で澄んだ輝きが灯っている。
 いっそ冷ややかな瞳はやがて、更なる加速と共に閉ざされた。

「――――」

 この世で最も魔術に適した言語によって詠唱される呪文が、新たな魔法を紡ぎだす。

「――、」

 勢いつけて一際高く跳躍した羽音は、そのまま姿を陽光に溶かした。










「さぁ諸君、仕事だ」

 終わらない白昼夢が始まる。
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