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 人間とは何だ? ――それは私にとって、人の形をした私以外の全て。
 では化物とは? ――それは私のとって、私そのもの。

 私は人外の化物。よって私は隔絶される。人の世とは私にとって、常に薄い皮膜越しに存在する手の届かない世界だ。私の存在と人の世は、水と油のようにけして混ざりはしない。
 けれど「不可能」という言葉を私は好まない。限りの無い命と人ならざる力を持つこの私に限って、可能ならざる事があるだろうか。

 考えるまでもなく、そんなものありはしない。

 そして私は術を見つけた。やはり私は人の世に混ざる事が出来る。そう、この私に限って望んで成しえない事などありはしないのだ。私は関わる事が出来る。不可能などありはしない。
 この身より人に近く、だがけして人ではない。私と人の間に立つ事の出来る「人ならざる人」さえいれば、私は関わる事が出来る。何故ならそれは私であると同時に脆弱な人でもあるのだから。関われてしまう。何故ならそれは脆弱な人であると同時に私なのだから!



 さぁ、はじめようじゃないか。





(六道の魔女/霧。介するもの)


----


 どうすればいいのかは理解していた。簡単な事だ。力を見せつけ甘く囁いてやればいい。

 人ならざる力が欲しかろう。その媒介たる目をやろう。代わりにいらなくなった目をおくれ。なるべく綺麗な目が欲しい。他に望みはしないから。残った赤目に合うような、綺麗な色の目が欲しい。それが対価。等価であるかは関係ない。私は綺麗な目が欲しい。

 嘘は真の皮を被り鼻の利かない愚者の目を欺く。せめて耳さえ澄ましていれば歓喜と悦楽の違いくらい聞き分けられただろうに。

「――魔女は死んだ!」

 愚かな人め。





 私が手ずから抉り出した右目は青い目の子供に移植された。赤と青。ルビーとサファイア。対照的なその取り合わせを、私は一目で気に入った。だから少し、ズルをした。子供の体に容赦なく流れ込むはずの記憶と力に制限をかけ、元々平等で等価な両目に優劣をつけた。子供の未熟な精神が壊れてしまう事のないように。折角手に入れた宝石を、濁らせてしまう事がないように。
 私は少し、ズルをした。

「力を手に入れた気分はどうだい? 少年」

 初めから大切な右目を他にくれてやる気はなかった。だから私は散歩するような気軽さで少年の夢を訪れる。現実と同じ殺風景な夢の中。膝を抱え座り込んでいた私の《右目[デクストラ]》は、私を見るなりこう言った。

「――シニストラ」

 嗚呼、なんと愉快な事だろう。私の事を《左目[シニストラ]》と呼ぶなんて!

「あぁ、そうとも。私が君の左目だ、デクストラ。話が早くてとても助かるよ。なにせ私は口下手だからね。一から説明するのは酷く億劫だと思っていたんだ」

 笑う私に《右目》は無表情を張り付けた顔を向け手を伸ばしてくる。はてと首を傾げながらも私はその手を取った。――だって私はシニストラなのだから!

「口下手と言う割に、よく喋る」
「不必要な言葉を連ねてしまうから口下手なんだよ。だからその分君は言葉を選ばなければいけないよ、デクストラ。せめて君くらい口上手でないと私が面倒臭いからね」
「…そうですね」

 だから君の考える事は何だってお見通しだよ、デクストラ。力が欲しいのだね。復讐してやりたいのだね。滅茶苦茶に壊してしまいたいのだね。――ならば何故即座にそうしないのだい。君はもう私のデクストラなのに!

「あぁでも、煩いのは嫌いかい? デクストラ。ならば私は口を噤もう。君が望むのなら目を閉じ耳を塞いだっていい。なにせ私は君のシニストラだからね。君の嫌がる事はしないさ」
「何故?」
「何故? 何故と聞くのかい、デクストラ。私が君をこちら側へ引きずり込んだのに。分かっているのかい? デクストラ。私は君の身に降りかかる不幸の一端を担う魔女なのだよ」

 呪われた《魔女[ウェネーフィカ]》の力を持つ者がその意思のままに力を揮わないだなんて不幸、私は耐えられないのだよ、デクストラ。

「僕に恨めと?」
「選択するのは私ではなく常に君でなければならないのだよ、デクストラ。私は魔女であって人ではない。よって人の世に直接関わることは出来ず、唯一君が言葉にした願いを叶えるためだけに干渉を許される。だから恨むも許すも、君が考えた上で選択しなければならない」

 君はただただ願えばいい。

「さぁ、思いを言葉にして願ってごらんよ、デクストラ。君は私にどうして欲しい?」
「――…そばに、」
「それを君が望むなら、未来永劫。何度命が廻ろうと」

 それこそ《魔女》の《右目》に相応しい所業だ。

「この左目にかけて誓おうじゃないか」





(魔女の眼球/霧。契約)
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