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「大丈夫だから」



 嘘なんで一度だって言ったことのない彼女の言葉だから、あの絶望に急かされ先のない希望に縋り付く屑共の巣窟でも、僅かな光を見出せたのかもしれない。





 けれど彼女は失われた。





 その瞳を真っ赤に染め、濡れたように黒かった自慢の髪を鬱陶しげに払い、恐怖に怯える屑共を尽く葬りながら、彼女は蝶のように舞う。
 彼女が一人別の部屋に移されたときから誰もが気付いていたけれど、あえて否定し続けていた現実が突きつけられ、彼女が生きているということへの歓喜と、彼女が変わってしまったことへの絶望が思考を侵した。





 そしてただ美しいという思いだけが残る。





 狂っているのだろうか。それもいいかもしれない。何故なら彼女はもういない。自分が狂うことで哀しむであろう唯一の人は、愚かで矮小な屑共の手によって全く別の生物[イキモノ]へと変貌させられた。彼女はもういない。二度と還らない。他の誰に見せるよりも優しい笑みで僕を迎えることもない。
 いや、それはこの手を血に染めた時からわかりきっていたことだ。なのに欠片ほどの希望にすがりつき彼女を求めた代償がこれ。何も知らずに殺されていればよかった? それとも、鮮血に舞う孤高の群れが彼女であると気付きさえしなければ、こんなにも冷ややかな絶望を――。



「逃げるのか?」
「えぇ、そうですよ」
「なら、行け。今私が殺した奴が最後の一人だ」
「貴女はどうするんですか?」
「私はきっと長くない、じきに終わる」
「何故です?」
「大切なことを忘れてしまったからさ」



 僕は貴女に一体何を捧げられるのだろうか。何を捧げれば、今まで与えられてきた光に報い、絶望を払い、貴女という尊い存在を取り戻すことが出来るのだろうか。



「思い出そうとは、しないんですか?」
「いいや。忘れていたほうが、きっといいんだ」
「何故」
「刹那の自由を、得たから。もうこれ以上望むべくもない」
「そうですか・・」



 愛していました、そう言えば以前の貴女は笑うだろうか。私もよ、屈託のない笑顔でそう返してくるだろうか。姉弟として、そのことになんの疑いもなく。



「ラッシュ、どこ?!」
「今行く! ・・・じゃあな」
「えぇ」
「生き延びろよ」
「貴女も」



 失われた未来を夢見た。手に入らない、指先を掠めさえもしなかった幸福な未来を。
 貴女のいない世界で。



「消してしまおう――」



 胸の中で燻っていた思いを吐き出せば、それは思いのほか簡単なことのように思えた。
 彼女は、もういない。彼女の弟であるはずの存在[ココロ]は絶望とともに闇に堕ちた。自分は、彼女なしでも生きられる。――復讐のためなら。






























 だから、全て消してしまおう。






























 二度と戻らない貴女に、僕は終末を捧げると誓います。









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