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「君はもう誰と行くか決めてるの?」
「…いいえ?」

(だんぱ)


---


「どうなさるおつもりですの?」
「別に代表選手じゃなきゃ強制参加ってわけでもないんでしょ」
「あら。勿体無い」

(出る気ゼロ)


---


 通りがかりに目が合って、そのまま放っておくのも素っ気ないから気安くひらりと手を振ってみる。
 ハリーは反射のような動きで手を振り返しかけ、はたと動きを止めた。
 さっと周囲の様子を確かめてから、足早に距離を詰めてくる。

「どうかした?」
「もしよかったらでいいんだけど…」

 指輪が冷えた。

「僕と一緒にダンスパーティーに出てくれないかな」
「いいわよ」
「――えっ?」
「まだ誰とも約束してないから大丈夫」

(この変わり身の早さである)


---


「――ルーラ?」
「あぁ、アリア。私ハリーと出ることにしたから。ダンパ」
「あら。ではわたくしもパートナーを探さなければいけませんわね」
「別にいなくてもいいと思うけど。――じゃあまたね、ハリー」

(いもづる)
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 ツートンカラーの十字架。普段は首から下げているペンダントトップは今だけ手の中にある。

「(――ルーラ)」

 しゃらしゃらと余る鎖で手首に巻きつけて。

「やめろ!!」

 やるべき事は分かっていた。

「アクシオ」

 振り上げた杖はバジリスクの毒牙から《日記》を救った。


---


「トム・マールヴォロ・リドル」

 にっこり笑って、突き出す短剣に刃はなかった。

「あなた目障りだわ」


---


「御託はいいよ」

 バシッ、と弾けた音に衝撃が重なった。

「時間の無駄だ」

 使えるはずのない魔法。冷ややかに向けられた視線は鮮やかな紅色。
 《記憶》は戦慄した。

「お前は…!」

 ローブから見え隠れする手には赤く濡れた短剣。

「終わりにしよう」

 ぽたぽたと滴り落ちる液体は瞳と同じ色をしていた。


---


 突き立てた刃の中へ流れ込んでくるものがあった。吸収される、と言い変えてもいい。刺さるはずのない《石》の刃はほとんど実体を得ていた《記憶》の胸を違わず貫き、オリハルコンの柄は歪な魂を喰らい尽くさんばかり。呑み込んで、閉じ込めた。
 それでおしまい。

「ハグリッド?」
「いや、そんなはずがねぇ…」

「すまんかったな。おまえさんがあんまり知り合いに似ちょったもんで…」
「知り合い?」
「そのことはええ。おまえさんがあいつであるはずねぇんだ」


---


「あなた!」
「…なに?」
「どうして期末試験で手を抜いたの!? あなたの成績で全て満点なんてありえないわ!!」
「あぁ、あれね…」
「やめろよハーマイオニー」
「そうだよ。一番は君だったんだから、それでいいじゃないか」
「でも!!」

「じゃあ、無事合流できたみたいだしそろそろ行くわ。お使い済ませなきゃいけないし」
「今日は本当にありがとう」
「いいのよ。またね、ハリー。皆さんもごきげんよう」


---


「好感度右肩上がり?」
「どうかな」
「…機嫌悪い?」
「別に」

「あの時、僕をなんて紹介するつもりだった?」
「ハグリッドがいること、リドルだって気付いてたでしょ?」
「考えてなかったんだ」
「でも、もし同じことがあればちゃんとそれらしいこと言うわ」
「それらしいこと、ね…」


---


「あんな人ホグワーツにいないわ!」



「リドル見てー」

 赤い剣身に黒い柄。刃の部分以外にびっしりと細かな模様を刻まれた短剣。

「それがサラの用事?」
「くれるんだって」

 細身で、よく手に馴染む。

「見せて」

 どういう風に使えるものかは聞かされなかった。上質な魔力に満ちて、きっとどういう風にも使えてしまうのだろうけど。

「柄はオリハルコンかな」

 丁寧な指先を短剣の端から端まで滑らせた。リドルの声は感心混じり。
 《賢者の石》ほどではないにしろ、オリハルコンだって立派に希少な鉱物だ。

「本物を触るのは僕も初めてだ」

 必要な《鍵》の在処について。サラには幾つかの心当たりがあった。その最後。山間。谷底の屋敷。
 待ち伏せされたと、気付いた時には遅かった。数百キロの距離を数秒で飛び越えてしまう無茶な移動の直後。そもそも尽きかけていた魔力では、放たれた魔法を防ぐこともままならない。

「手荒な真似をしてすまんの」

 子供騙しのような拘束だった。

「じゃがわしは、おぬし目的を知らねばならん」

 逃げ隠れるよう意識を閉ざす。レイチェルに代わって、今はサラが未成熟な体を意のままに動かす権利を持っていた。
 だからこそ無茶をする気にはなれない。

「目的?」
「そうじゃ。おぬしのような子供が何故、スリザリンに纏わる屋敷や城を荒らしまわっておる?」
「私にはその権利があるからだ」

 どうにかして荒事だけは避けられないだろうかと、サラは思案する。
 その気になればいくらでも無茶の利く体。だからこそ大切にしたいのだという本心が、今は沢山の選択肢を潰してしまっていた。

「そのような権利、今となっては誰にもありはせん」
「何故。現に私はこれまで訪れた場所全ての封印を解いている。誰も入ることの出来なかった屋敷。封じられた城の扉一つ一つへかけられた緻密な呪いの、いったいどれが私を傷付けた?」

 施された拘束を解くことも、この場から逃げ果せてしまうことも。まだ完全に仕上がっているとは言い難いレイチェルの体から、無理矢理に魔力を引き出し使ってしまえば容易く叶う。
 たとえそのために自身の命が縮まったとして、レイチェルは気にしないだろう。そういう子供であることを誰よりもよく知っている。知っているからこそ、サラは――サラだけは、レイチェルの命を大切にしていたかった。

「私だけが開く術を知っている」

 拘束された子供にさえ油断無く杖を向けてくる。老いた魔法使いが背にした屋敷こそ《鍵》の隠された場所であると、サラは既に確信していた。

「権利云々の話をするのなら、貴様にこそこんなことをする権利はないぞ」

 あと少しで手が届く。切り札までの距離はほんの数メートルにも満たない。屋敷の一部にでも触れられたなら、そこへ施された《護り》の全てをサラは意のままにすることができる。サラだけがその術を知っていた。
 権利ならある。それこそ今を生きる誰よりも。サラとレイチェルだけが権利を持っていた。

「おぬしは――」
「 開け! 」

 一か八か。この際賭けてみることにして、サラは鋭く声を発した。
 強く握り締めていた拳。そこから滴り落ちた鮮血が、地面に触れて光を放つ。

「なんじゃ…!?」

 ぐるりと足下に描かれた円環。黒くぽっかりと開いた穴へ落ちるよう、その場を離脱した。
 何かの拍子に外れた拘束をそのまま払い除け、息を吐く。

「だから言っただろう」

 次に現れた場所は、ついさっきまでいた場所とそう離れていない。けれど屋敷の「内」と「外」とを隔てる《門》の内側。外側に立つ魔法使いを振り向かせ、サラはうんざりとした内心隠そうともしなかった。

「貴様に口を出す権利などない」

 主の帰還に色めく屋敷。長い間その存在さえも悟られずにいた数多の魔法が息を吹き返していく様はあまりに劇的で、視界にも見て取れてしまうほどだった。

 こつこつこつこつ。石畳が鳴る。
 三人分の足音は重なりもせず一定で、ひたすらにばらけ続けていた。

「ルーラはここで何してたの?」
「通りがかっただけよ」

 ただの事実にはっきりと不思議そうな目を向けてくる。ハリーが「根は良い子」な、つまらない子供であることはとうに分かっていた。私にとって《英雄》であること以上に価値のない。
 名声のはりぼて。

「この奥に家があるの」

 その方が好都合だった。

「それって――」


「ハリー!」


 野太い声。唐突な。
 聞こえてきた方へ目をやると、路地の一つから見覚えのある大男が出てきてハリーに近付いた。

「おまえさん、こんな所で何しちょる? ここは――」
「こんにちは」

 始まりそうになった立ち話を遮るよう、注意を引く声は僅かに強め。
 絡む視線には習い癖の笑顔を乗せた。にっこりと。計算し尽くした完璧さで。

「ハリーは煙突飛行に失敗してしまっただけなんです。あまり責めないであげてください」

 私はその気になればいつだって、誰であろうと魅了してしまうことができた。
 それは容姿云々の安易な話ではなく魔力の問題。そういう「雰囲気」を当たり前のよう作り出せてしまう。二人揃って優秀な親から受け継ぐ才能の賜物。

「おまえさんは…」
「スリザリンのルーラ・シルバーストーン」

 半巨人の一人や二人、黙らせるのに苦労しない。
 笑顔一つで事足りた。

「ハリーとは同じ学年なんですよ」

 ハリーだけなら構わないけど。森番までを加えた大所帯でこの辺りを歩くつもりは毛頭なかった。





(望まぬ遭遇/緋星と英雄。もりばん)
「サラは誰なの?」

 自分の父親に面と向かって言うには奇妙な科白だった。

「真実などない」

 けれど顔色一つ変えることなく、魔法薬の調合について講釈を始める時のよう滑らかに。サラは淀みなく言葉を紡ぎ始めた。

「お前にとっては父であろう。レイチェルからしてみれば捨て損ねた魂の半分だ。リドルがどう思っているかは知らんがな。その全てが正しく、また誤りでもある」
「…哲学的ね」
「だが、お前が求める答は違うのだろうな」

 そういえば、珍しく地下から出てきている。サラの瞳は、太陽の光を受け眩しそうに緩く細められていた。

「私はかつてサラザール・スリザリンとも呼ばれていた」

 紅い瞳。血の色が透けて、宝石のよう深く光を取り込みながら鈍く反射する。あまり長く見つめ合ったことのない。

「ある程度の正確さを求めるのなら、私はサラザール・スリザリンの生まれ変わりであるレイチェル・スリザリンから弾き出された前世の記憶と伴う知識だ」

 何もかもがとんでもない話だった。

「私の父親がホグワーツの創設者だって言うの?」
「人格までを引き継いではいない。全ての記憶を持つ以上、全く異なっているとも思えないが。少なくとも私は私自身をサラザール・スリザリンそのものであるとは思っていない」

 なのに語られる全てがサラにとっての真実なのだろうと、私はどこか確信していた。
 認めたくないと思っているのも本当だけど。

「私はあれに忠実な下僕だ。それでいい」

 嘘は分かる。多分サラがリドル以上の天才的な嘘吐きだって。これだけまっすぐに見つめ合っていれば分かるはずだった。

「あとはお前がもう少し懐けばいいのだがな」

 嘘であれば良かったのに。

「…ようやく触れても泣かなくなった」

 サラとの間に、初めから大した距離はなかった。伸ばされた手の平は容易く私の頬を包み込む。温かくもない温もりで。そっと。まるで何かを恐れたように。

「お前はリドルにしか懐かなかった。それはいい。そうでなければ生きられなかったのだから。それは私とレイチェルに起きたこととそう変わらない」

 頭の中でけたたましく警鐘が鳴り響いていた。

「けれどお前はいい加減、親に愛されていることを認めるべきだ」

 なんてことを。





(遅れてきた後悔/緋星。ぼけつ)





 母親似の容貌をくしゃりと歪め、添えられた手の平を遠ざける。

「そんなの無理よ」

 ルーラは泣かなかった。
 他者の存在にあからさまな嫌悪を見せるほど子供ではなく、容易に泣き喚いてしまえないほどには大人へ近付いてしまっている。
 ルーラの感情が著しくリドルへ傾いてしまっていることをサラは知っていた。それが仕方のないことだということも。そうでなければ生きられなかったのだから。生きようと生きたルーラは責められない。
 けれどそろそろ努力を始めてくれてもいいのではないかと思っていた。

「リドルを恐れる必要はない」

 ルーラと魂を混ぜたリドルとて。もう後戻りの出来ないところまで来てしまっているのだから。見捨てられはしない。そして全ては初めから決まっていたことだ。
 ルーラは幸せを掴む。
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