いつの間にか沈み込んでいた意識が自然と浮上する。
目を覚ましてみれば、迫る朝から逃れるようぬらりひょんの孫は姿を消していた。羽織一枚勝手に残して。
「余計なことを…」
体を起こすと肩までかけられていた羽織が落ちる。随分と長い間この場所へ留まっていたのだろう。藍色の布地には血のシミ一つ付いてはいなかった。
皺一つない羽織を手近な枝へかけ、血染めの服を脱ぎ落とす。爪先からするりと泉へ浸かり込んでそっと一息吐いた。髪にこびりついてた血もさらさらと溶け落ち、体が冷ややかに清められていく。
泉の濁りは凝り固まって底へと沈んだ。血の結晶が。おびただしいほど積み重なって泣いていた。憎い、憎いと。そうして道連れを求めている。引きずり込まれないうちに抜け出してしまう必要があった。
洗って返せばいいかと冷えた体に羽織を被って杜から抜け出す。境内の端へぽつりと建てられた一軒家には、「まだ」と言うべきか「もう」と言うべきか、とにかく明かりが灯されていた。
「凄い格好だね」
玄関からの堂々とした帰宅。ただいまと、声をかけるまでもなくフルミチは待ち構えるよう廊下の端に立っていた。。
「着替え忘れた」
「その羽織ってるのは?」
「友達が置いてった」
長く腰ほどにまで伸びていた髪がゆらゆら短くなっていく。銀から黒へと色まで変えながら。背も縮んで、太腿の辺りにあった羽織の裾が膝を隠した。
「学校の友達?」
「そうだけど。妖怪よ」
裸足の足で家へ上がることを躊躇うと、見透かしたよう抱き上げられる。
もうそれほど小さな子供というわけでもないのに易々と。
「リクオ君?」
「うん」
「そういえば最近遊びに来ないね」
「忙しいんじゃない? 何かと」
浴室までを運ばれて、温まってから出るよう言い渡される。出てくる頃に朝御飯の仕度も終わっているだろうからと。
「今日は学校どうする? 疲れてるなら休んでもいいけど」
「行く。――ねぇ、この羽織…」
「洗っておけばいい?」
「学校行くまでに乾く?」
「大丈夫だよ」
慈しむよう私の髪をさらさら梳いた。
(透き通るように映える/華と父。あさがえり)
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