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小噺専用
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 呼び寄せられるまま駆け込んだのは、スラムの地下に張り巡らされた通路の一つ。長い年月をかけて地下へ地下へと広がるアンダーグラウンドの表層であり、もう使われなくなって久しいそこは、西地区の連中が好んで入り浸る場所である一方、いつ気紛れな地下の住人が現れるかわからない危険な場所でもあった。
 その通路を、俺は下層へと向かって走る。
 ――早く。
 呼び声は進む度強くなっていった。
「まだ先か…」
 閉ざされた隔壁に行き当たり、息を吐く。傷口にもう一つの心臓があるみたいに、痛みが脈打ち思考を取り留めなくさせている。ここでは視界がぼやけていることを雨のせいにすることもできない。
「は、あ…」
 苦痛をやりすごそうと目を閉じ、壁に沿って滑らせた指先が窪みに触れた。窪みに指をかけ弾くと、その下から操作用のコンソールが顔を覗かせる。
 ――私はここよ。
「もう…少し」
 コンソールを操作して隔壁を開けるのにさえ手間取った。昔は――ムカシ? ――こんなこと――ソレハイツ――、呼吸することのように――テバナシタカコガマタ――出来ていた――コノミニマトワリツク――のに。
 ――ここにいるの。
 分かってるよ、大丈夫。もうすぐ着くから、そんな声で俺を呼ばないで。
 ――ずっと、ずっと…
「…ここだ」
 俺はもう、何を信じればいいかすら分からなくなっているんだ。
 ――ここにいたの。
 硬く閉ざされた扉。何重にもかけられたロックを解除するのにまた手間取って、傷口から滲んだ血が手を汚す。
 ――ずっとここで、待っていたの。
「俺、を…?」

「――貴女だけを」

 薄暗い室内。嘘みたいに輝く銀の髪。
「やっと来た」
 開かれた色のない瞳に息を呑んだ。
「ここから出して」
 冷たい輝きを放つ鳥籠の中から手を伸ばし、その〝人形〟は真っ直ぐに俺を見つめる。
「私を全部貴女の物にして」
「…ヤマト」
「ヤマト」
 色のない瞳が鮮やかなスカイブルーに染まるのを見た。俺の目と、同じ色。
「私のマスター」
 外はまだ、きっと雨だ。

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