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小噺専用
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 俺を呼び続けていた〝人形〟が外の世界でなんと呼ばれているのか、俺は知っている。「絶対少女」人間と同じ見目をした、愛玩用の人工物。スラムの外でならそう珍しいものじゃない。財布の中に少しの余裕と暇さえあれば、精度はどうであれ子供だって手に入れられる代物だ。
「ちょっと我慢しろよ」
「……」
 中の絶対少女が濡れないように、赤い染みの広がった上着で鳥籠を覆う。
 その隙間からスカイブルーの瞳が物珍しそうにスラムを見つめていた。
 俺を呼んでいた彼女は、そこらにある絶対少女とは比べるのもおこがましいほど精密に、繊細に、完璧と言っても過言ではないほど造り込まれている。なのに大きさは大き目の鳥籠に入ってしまえるほどだ。こんな絶対少女見たことない。
「ヤマト」
「ん?」
 いくつかの建物を通り抜け、運よく誰にも出くわすことなく部屋の前まで辿り着き、そっと安堵の息を吐く。
 俺の名を呼んで鳥籠の中から手を伸ばし、銀髪の絶対少女は目を細めた。
「血が出てる」
 限界を超えたのか、痛みはない。だから気にかけていなかった脇腹のことを指摘され、今度は憂鬱な溜息が零れる。
「後でどうにかするよ」
 黙って出てきてしまった手前、ドクターを頼るのは気が引けた。なにより、
「先にお前を――「キング」
 出してやらないと。――そう続くはずの言葉を遮られたことよりも、遮った相手、そいつのいた場所が問題だった。
「…俺のねぐらで何してんだよ」
「ドクターの所から抜け出したんだってな、そのケガで」
 我が物顔で部屋に居座る仲間の存在と、タイミングの悪さに内心舌打ちする。
「そりゃ抜け出したけど…それがなんだっていうんだよ」
「〝かまわねーよ、死なせてやれ〟」
「……」
 咄嗟に背に庇った鳥籠の中で身じろいだ絶対少女は何も言わなかった。
「西地区の奴らはそれでいい。でもあんたは違う」
「ドクターと同じこと言うんだな」
 どいつもこいつも同じことばかり言う。お前はキングなんだからって、本当にそればかり。
「当然だ」
 狭苦しい部屋の中、開け放った窓に足をかけ名のない男は肩越しに振り返る。
「お前はキングなんだ。それを忘れるな」
 そして飛び降りた。
「…ここ五階」
 言いたいことだけ言って俺の前から姿を消す。どいつもこいつも、俺の事なんて何も知りはしないくせに。知ろうとしたことも、知りたいと思ったこともないくせに、自分たちの理想だけを押し付けていなくなる。
「ヤマト」
「…あぁ」
 お前はキングだから。必要な存在だから。
「あれは誰?」
「さぁ? ここに名前がある奴なんて滅多にいないからな」
 だから生きなければならない。自分たちの旗となってくれなければ。
「ヤマト」
「ん?」
「出して」
 どいつもこいつもそればかり。
「あぁ」
 誰も俺を必要としない。


「変な籠」
 継ぎ目どころか表面に傷一つのない鳥籠の一部を、小振りのナイフでバターのように切り落とす。
「ほら」
 差し出された手に戸惑った様子も見せず掴まり、銀髪の絶対少女は立ち上がった。
「オリハルコンなの? そのナイフ」
「そう聞いてるけど、どうだかな」
 そのまま籠の外へ出してやると、テーブルの上に置かれたナイフを興味深そうな目で一瞥する。
「まだそんなもの残っているのね」
「レアメタルだから、本物なら一生遊んで暮らせるんだろうけど…」
「この大陸を出ればいくらでもあるわ」
「へぇ…」
 使い物にならなくなった鳥籠を部屋の隅に追いやって、俺はテーブルに頬杖をついた。
「…ヤマトは、大陸の外にも人がいるって信じてる?」
「さぁな。スラムキングの爺さんは、もう一つくらい大陸があるみたいなこと言ってたけど…俺は見たことない」
「その人は正しいわ」
「お前は見たことあんの? その、もう一つの大陸ってやつを」
 絶対少女はテーブルの端に腰を下ろし、投げ出した足をぶらぶらと退屈そうに揺らす。
「ゼロ」
「…ゼロは、見たことある?」
 透けるように白い肌が、このスラムでの彼女を表しているようだった。
「見たことはないけど、知ってるわ。この大陸の外で生まれた人は皆、当たり前のように知っている。この世界には二つの大陸と三つの国があることを」
 知らないのはこの大陸に生まれた人だけよ。――嘲るでもなく、蔑むでもない、ただただ柔らかく温かいゼロの言葉は、滑るように胸の中へと落ちてくる。
「大陸は二つのなのに、国は三つ?」
 何の根拠もなしにそれが真実だと思えてくるから不思議だ。
「一つは島国よ。沢山の小さな島が集まって、一つの国なの。…海を見たことある?」
「いいや」
「私はその島国で生まれたの。海がとても綺麗なのよ」
 ゼロの伸ばした両手が、何かを抱きしめるように動いて――その仕草すら、このスラムには不釣合い――、薄い唇が弧を描くのを俺は見つめるばかり。
 何もかもが遠い。彼女が語るのは甘く優しい夢物語だ。
「その国、なんて名前?」
「…やまと」
「?」
「倭、よ。貴女と同じ。私が生まれたのは、貴女と同じ名前の国」
「それは…」
 まるでその響きが幸福を運んでくるみたいに、ゼロは出会ってから一番の笑顔で俺に告げる。
「倭には貴女の目と同じ色をした空があるわ」
 不可触の女神。
「貴女はこんな所にいるべきじゃない」
 ゼロの存在が不釣合いなのはこのスラムにじゃない。この大陸に、ゼロと言う少女はいるべきじゃないんだ、
「私と行きましょう?」
 だってゼロは、こんなにも、
「ヤマト…?」
 讃美するかのように、世界の事を語るのに。
「ヤマト」

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