「…なにあれ」
「無病息災を願うこの村の名物祭。参加者は大抵怪我をする。死者もたまに出る」
「あんたそんなことまで知ってるの?」
「知っている」
「記憶喪失のくせに」
「厳密にいえば自分が誰であるかは知っている。記憶がないだけで」
「それを記憶喪失っていうのよ」
「知っている」
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イヴリースはただ楽しそうに笑うばかりで、手を出してくる気はないらしかった。そのことを確認した蓮華は僕を抱く腕に力を込めてそっと息を吐く。呼吸を整えたら、――反撃開始、だ。
紡がれた絶対防御の力は《絶対》の檻として《敵》を閉じ込める。壊れることのない不可視の壁に囲まれ暴れる敵は、もう無力に等しい。
「終わりだ」
見せ付けるように蓮華が手の平を閉じる。その動きにあわせて結界は縮まり、最後には消えてなくなった。
ぽつぽつと、道標のように灯る焔を追って走る。息切れして苦しさにあえぎながら、もう感覚のない両足をなけなしの気力で前へと踏み出し続けた。蓮華と、いくら呼んでも助けが来ないことを知っていたから。
「私達は砕かれた。だからいつだって不安定で、不完全で、どうしようもなく互いの血に飢えている」
「殺し合い、奪い合って、最後に生き残った《欠片》だけが還ることができる。最後まで生き残ることができなければ、還ることはできない」
「その命を奪い血肉を喰らい魂を混ぜることでしか、自分という存在の在りかを確かめられないのだ」
「殺し合い、奪い合って、最後に生き残った《欠片》だけが還ることができる。最後まで生き残ることができなければ、還ることはできない」
「その命を奪い血肉を喰らい魂を混ぜることでしか、自分という存在の在りかを確かめられないのだ」
見渡す限りの戦場は、血と、死の臭いで満ちている。
もはや戦場と呼べるかどうかすら怪しいこの世の地獄で、私たちは出逢った。
「問答は?」
「無用だな」
互いに笑みさえ浮かべながら武器を向け合い、殺意を研ぎ澄まし、力を練り上げ、集中を高める。
二人の目が合った瞬間、既にどちらか一方の命運は尽きていた。
「そうこなくっちゃ!」
欠片ほどの油断も、躊躇いもなく、私たちは衝突する。そしてその瞬間、全ては決着した。
「…威勢の割に、弱いな」
抉り取った心臓を握り潰して、指先から滴る鮮血を口に含めば、二つの欠片は一つとなって私の魂に溶ける。
そうして幾度となく殺し合い、喰い合って、最後に生き残った《欠片》だけが還ることができる。最後まで生き残ることができなければ、還ることはできない。
「――まだ、足りない…」
私たちは砕かれた。だからいつだって不完全で、不安定で、どうしようもなく互いの血に飢えている。その命を奪い血肉を喰らい魂を混ぜることでしか、自分という存在の在りかを確かめられないのだ。
「今日はまた一段と不機嫌だね、華月」
いつもと同じ場所で、いつもと同じように俺が現れるのを待っていた少女は、他の誰かが見れば卒倒しかねないような馴れ馴れしさで俺に接する。
「呼んだのはお前か? 蘭」
「そうだよ。この引き篭もり」
その気安さがどこか心地良くて、俺は地面を這うほどに低かった機嫌を、僅かばかり持ち上げて肩を竦めた。
「俺にそんなこと言うのはお前くらいだよ」
それでも、なるべく早くあの湖へ帰りたいという意思に変わりはない。
「で、今日の用件は?」
人と話すことは好きだ。関わることも。だけどそれ以上に耐え難い喪失感が消えないから、俺はいつも神気の湖で漂っている。
「いつもと同じだよ。新しく生まれた子供への洗礼」
「またか」
出てくるのはこうやって呼ばれた時と、極たまに気が向いた時だけだ。蘭の言う《引き篭もり》も、あながち間違ってはいない。
「そうあからさまに嫌そうな顔しないでくれるかな」
「洗礼の時は特に長老たちの視線が痛いから、嫌いなんだよ」
「気持ちはわかるけど、今日くらい真面目にやってくれると嬉しいな」
「…なんでまた」
「君はいつもつまらなそうだね」
「実際つまらないからな」
「あぁ、やっぱり」
あの方に近付いてはいけない。あの方に話しかけてはいけない。あの方に触れてはいけない。あの方の視界に入ってはいけない。あの方の――。
「そうだろうと思った」
《あの方》に関わってはいけないのだと、一族の大人たちは言う。
「何故つまらないのか、理由を聞いても?」
「…探し物が見つからないから」
《あの方》がいなければ一族としての体裁を保っていることさえ出来ないくせに。
「君に見つけられないものなんてあるの?」
「あるさ。俺にだって、見つけられないものの一つや二つ」
「…意外だな」
大切なものを大切だからと仕舞い込んで、そっとしておくなんて宝の持ち腐れもいいところだ。
「そうか?」
「一族の人間は大抵、君が万能だと思っているからね」
私はそんな大人にはなりたくない。そうなるものなのだと諦めて、受け入れてしまうことなんて絶対に嫌だ。
力は使うためにある。目が見るために、耳が聞くためにあるのと、それは同じことだ。
使わなければ意味がない。使えなければ価値がない。
私たちの《言葉》は世界を変える。
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