「……僕は、」
力の入らなくなった体には既に感覚もなく、視界に入っていなければその存在さえ疑いたくなるほどだ。
「いつかこうなるんじゃないかと思ってたよ」
「そう…」
「わかってたんだ」
乾ききった瞳が今にも泣き出しそうに思えて、私は目尻を下げる。不思議と、表情だけは自由に出来るような気がしていた。
「なら、哀しくないわね」
「君は馬鹿だ。どうしようもない馬鹿だ。…哀しくないわけないじゃないか」
「でも乗り越えられるでしょう?」
「……」
「恭弥なら大丈夫よ」
立ち尽くす貴方に差し伸べようとした手はピクリともせず、最期に触れられないことが酷く寂しかった。出来ることなら貴方の温もりを感じたまま眠りたいなんて、我侭かしら。
「だから私も大丈夫」
貴方のおかげで人として生きる喜びを知った。平凡ではないけど幸せだった毎日の、やはり平凡ではないこの結末に、私は少なからず満足しているの。本当よ。バタフライ・ラッシュとして殺戮と破壊の限りを尽くす日々となんて、比べるまでもないわ。だから、いいの。早すぎるなんてことはない。十分すぎるほどに、私は幸せだった。そしてこれからも。
「おやすみなさい」
貴方と過ごした日々は、けして偽りではなかったのだから。
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「よせ」
珍しく余裕のない声だと、思った。恭弥らしくない。恭弥はいつだって、余裕ぶっていてくれた方がいい。私は、そんな恭弥が好きだから。
「ごめんね恭弥。でも、他に方法が見つけられないの」
ペンダントの指輪に火が灯る。真っ黒な炎。結局私がこの指輪を嵌めることはなかったけれど、きっと、相応しい主が現れるから大丈夫。
「我侭だって分かってるけど、私のこと忘れないでね?」
「忘れる、わけがない」
「ありがとう」
だんだんと、私という存在を構成するナノマシンが結合を解いていく。体の末端からじわじわと、私が私でなくなっていくのがはっきりとわかった。
「大好きよ恭弥」
でも、これで、貴方とあの子達が生きられるのなら――
「――バッカじゃないの」
酷く可笑しそうに、酷く不愉快そうに、吐き捨てるとルナはさりげなく俺に半歩近づく。
「ママに毒された匣でパパが倒せるわけ、ないじゃない」
それはどこかそうなることを願っているような言い方で、俺は小さく眉根を寄せた。
「手、出すと後が怖いぞ」
「文弥に言われなくてもわかってる」
「…怖い?」
すぐそばにあるルナの手を取る。いつもより少しだけ、冷たい。
「怖くなんてない」
「そう」
握りすぎて手の平を傷付けないよう指を絡ませてやると、二人の距離はいっそう縮まった。ぴったりとよりそって、まるで温めあう雛鳥のよう。
「もし、ルナがどうしても我慢できなくなったら、その時は…」
「…その時は?」
ほんの少しの期待が、ルナの瞳によぎる。でもそれは既に全てをわかりきっている勝利者の目にも見えて、俺は声を立てず笑った。
「二人で父さんに怒られよう」
「ねぇ文弥、ママ知らない?」
「部屋にいないなら父さんの所だろ」
「あ、そっか」
「…行かないのか?」
「こっちくるとき草壁見かけたもん。二人っきりなら邪魔しちゃ悪くない?」
「別にお前は平気だろ」
「文弥は平気じゃないの?」
「俺はそんな恐ろしいこと出来ない」
「意気地なし」
「……行ってくれば?」
「いーの、それに文弥一人だと寂しいでしょー?」
「別に」
「まったまたぁ」
掬い上げた砂は重力に従ってさらさらと手の平から零れ落ちる。これは私の希望。どんなに手を尽くしても、結局残されるのはほんの一握りの砂。これが私に守ることの出来る全て。
「泣いてるの?」
「…さぁ?」
己の無力さを知っている。だからいつだって守ることに必死だ。
「否定しないんだ」
大切なものを選ばなければならない。
「俯いてないで顔を上げなよ」
守らなければならないものとそうでないものとの区別を、はっきりとさせなければ、結局何も守れはしない。
「リナ」
「…少しの感傷くらい許してよ」
「許さないよ」
「酷い」
「君は僕のことだけを考えていればいいんだ」
私の中で絶対的な優先権を持ち続ける男は傲慢にも告げた。不思議と悪い気はしない。よくよく考えてみれば、今までだってそうだった。
「私にそんなこと言うの、貴方くらいよ? 恭弥」
「他にいたら、僕はそいつを生かしちゃおかない」
「…そうね」
私は恭弥の傍にいて、恭弥の傍で笑って、泣いて、沢山のことを知る、これからも知り続ける。
「わかったら顔を上げなよ。君がそんなんじゃ、こっちまで調子が狂う」
「嘘ばっかり」
守るのはこの身と、後はたった一つだけでいい。
「…行くよ、またつまらない仕事だ」
そうすれば私は、まだ、私でいられる。
「うん」
自分がちっぽけな人間[ヒト]であることを忘れないでいられる。
「文弥ー?」
「今行く」
「早くしないとやられちゃうかもよボンゴレー。まぁ、あたしは別にそれでもいいけど」
「母さんに言われたろ、そうならないように俺たちが行くんだよ」
「わっかんないなぁ、なんでママはボンゴレの肩持つわけ? マフィア嫌いなのに」
「嫌いは嫌いだろうけど、それとこれとは違うだろ、父さんはボンゴレなんだから」
「大体、何でパパはボンゴレの守護者なんてやってんの?」
「……さぁ?」
淡い風が吹いた。頬を撫で去っていくその風はどこか温かく、裏腹に一切の創造を奪い去っていくような気配を孕んでいる。
「リナ?」
何故、彼女だと思ってしまったのかはわからない。ただ彼女に貰った彼女の欠片が熱を持っているような気がして、――僕は空を仰いだ。
すぐ、戻るから。
空耳としか思えない微かな言葉の後に、また、あるかないかの風が頬を撫でる。
「君らしくないね」
叶わないと知りつつ彼女を求め伸ばした手はやはり、空を掻いた。
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