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 今自分の前にいる青年がどこの誰でどういう存在か、分かっていても恐怖は生まれなかった。彼が私を傷付ける存在ではないと理解しているから。怖がる必要なんてなかった。

「気分はどう?」
「悪くないわ」

 互いの記憶と、感情と、思考が、絶え間なく混ざり合って私達の境界をあやふやにする。それはとても不思議な感覚だけど、そうして混ざり合ったものを抱えたまま触れ合っているのは存外心地良かった。

「嬉しそうだね」
「嬉しいんでしょう?」
「それに楽しそうだ」
「貴方も楽しいんでしょう?」

 空気を響かせる言葉があまりに無意味すぎて、笑いが止まらない。

「そうだね」

 記憶も、感情も、思考さえ混ざり合っているから、私達は口を開く前に相手の言わんとする事を知る事が出来る。触れ合った互いの薄皮一枚。その向こうには同じものがあるだけで、私達には目に見える肉体以外の違いなんて何もない。

「思ったより楽しめそうだよ」

 どこからが私でどこまでが彼なのか分からない。そんな、奇妙な関係が酷く互いを安心させた。裏切られる事も嘘を吐かれる事もすれ違う事もない、唯一絶対的な存在が今この瞬間も存在しているという奇跡じみた現実。ただそれだけで、何も不安に思う事なんてない。何を怖がる事があるだろう。

「そうね」

 
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