「よかったね」
そう言って姿を消した《それ》は既に私の心臓ではなくなっていた。けれどそれ以上の事は分からない。もう私の一部ではないから、分かるはずもなかった。
「何が良いもんですか…」
とくりとくりと、押し付けられた心臓は健気にその役目を果たそうとしている。今更こんなもの取り戻したって何の意味もないのに。
「レーヴァテイン…?」
絶える事無い鼓動の音が疎ましいのか、レーヴァテインの存在は私の中で限りなく小さくなってしまっていた。体の内側から溢れ出す魔力を失くして、これじゃあ本当に普通の人間と変わらない。杖だって取られてしまった。リーヴから貰った、本当に大切なものだったのに。
「リ…」
罪悪感が唇を凍らせる。杖も魔力も無い今の私では呼ばなければ見つけてもらえない事は分かりきっているのに、どこかで期待しながらも見つけて欲しくないと思ってしまっていた。リーヴにとって私が、私だけが特別なのだと証明して欲しい。でも、今の私を見られたくない。
「――こわい」
リーヴはきっと、怒るだろう。でもそれは杖を取られたからではなく私が呼ばなかったからだ。私がもう一人の私と邂逅したその瞬間彼の名を叫ばなかったから、その一点に対してのみリーヴは激昂する。でももし私が呼んでいたら彼は深く傷付いたはずだ。たとえ側にいたって、私を傷付けられないリーヴが私から私を守れるわけない。そして守れなかったと自分を責めるのだ。それはどうしようもない事なのに。だから呼べなかった。呼びたく、なかった。
彼の優しさは、時々真綿で首を絞めるような息苦しさを私に与える。優しすぎるのだ彼は。元々感情なんてもの持ち得ない生き物だったのに、今は私より遥かに人間じみている。
「こわい、よ」
妬ましかった。羨ましかった。でも一度諦めて、捨ててしまった私はどうしても取り戻せない。温かい感情を、与えられただけ返してあげたいと思っているのに。
「怖いの…」
本当はもうとっくに分かっていた。私に《心》が無いのは生まれと育ちのせいではなく私自身の《欠陥》だ。今の今まで沢山の言い訳を重ねてきたけど、私はちゃんと愛し慈しまれる事を知っている。与えられた《心》を自分の中で育てられないのはやり方を知らないからではなく、知っていても出来ないからだ。私は《心》を持てない。持てるようには造られなかった。
何よりも恐ろしいのは、リーヴが私の《欠陥》に気付いてしまう事。彼は私の全てを肯定してくれると言うけど、それだけは否定して欲しい。《心》を切望した私の前で、「それでも構わない」なんて心からでも口にして欲しくない。
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