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小噺専用
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「・・・あれ?」



 沖縄を離れてから、船の下層部にある貨物室にほったらかしにしていたバイクには、いつのまにかサイドカーがつけられていた。
 もちろん琥珀がつけたものではない。小回りが利かず、乗せる人もいないので、今まで必要としたことすらなかった。



「どうかしたの?」



 遅れて貨物室に現れたルヴィアが、バイクの覆いを取り払ったまま立ち尽くす琥珀の向こうを、彼女の背中ごしに覗き込む。



「・・まぁいいか」
「?」
「気にしないでください。独り言です」



 ルヴィアと出掛ける分にはあって困ることはないだろうと自己完結して、琥珀はバイクを固定する金具に手をかけた。



「ハッピー・パースデイ、琥珀」
「――ぇ?」
「って、書いてあるけど?」



 何のことかと顔を上げた琥珀に見えるよう、ルヴィアはサイドカーの座席から拾い上げたカードをひらつかせる。



(あぁ、そうか・・)



 その、飾り気のない紙切れとも呼びうるカードに記された、思いがけず繊細な筆跡には見覚えがあった。



「桜って誰?」
「盾であたしの面倒を見てくれた人です」
「どんな人?」
「自分の目で見た物しか信じない、子供みたいに笑う人」



 誕生日がないのなら、ルヴィアと出会った始まりの日にすればいいと言ったのも桜だった。



「琥珀はこの人に守られたのね」
「・・・はい」



 周囲の反対も押し切ってあたしにジョエルの日記を見せ、銃の扱いを教え、小夜に最も近い――ルヴィアに会える可能性の最も高い――最前線の任務にあたしを推してくれたのも桜。
 一昨年の誕生日には、免許もないのにこのバイクをくれた。



 ――人の子って分からないものね

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「おまっ・・相手は子供だぞ!」
「どうかしら」



 琥珀を担いだ柘榴を残しルヴィアは低く地を蹴った。
 まるで蝶の様に羽化しようとした翼手の一体を切り刻み、腕についた返り血を舐め上げる。



「柘榴、琥珀に傷なんてつけないでね」



 飛びかかってきた翼手を蹴り飛ばし、真っ二つにし、銃弾を受け尚立ち上がるそれを切り刻む。大量の翼手を相手にするのはこれで二度目。



「あーあ」



 耳朶を打つ懐かしい声にファントムのいたバルコニーを仰いだ。



「サフィア」
「久しぶり、ルヴィア姉さん」



 手摺の上に腰掛け、サフィアは立てた膝に寄りかかる。



「本当に・・」



 タンッと高く跳びルヴィアはバルコニーに消えた。
 先に行け。と視線だけで他のメンバーに促し、柘榴もすぐにその後を追う。



「これが何か分かる?」



 体の向きを変え、手摺から降りたサフィアは銀色の鎖が覗く胸元を肌蹴た。



「Silver Rose・・」



 ルビーレッドの義眼に暗い光が宿る。
 左手の短剣を逆手に構えなおし、バルコニーの床を蹴ったルヴィアにサフィアは笑った。
 仰け反る様に体を反らし、手摺に手をつくとそのまま体を宙に投げ出す。



「返して」
「誰が」



 追い縋るように手摺を蹴ったルヴィアの後姿を見送り、柘榴は苛立たしげに舌打ちした。



「何であいつが」



 サフィアがサーベルを抜いたのだろう、下からは不規則な金属音が聞こえてくる。



「・・殺されに来たのか」



 アステリズムの現れたルヴィアが【Silver Rose】最強である事を誰も否定出来はしない。だから誰もが彼女の力を封じようとした。



「・・・」



 到底封じられるような物でもなかったけれど。
残酷な言葉ばかり遺された



「ルヴィア」



とても残酷な言葉ばかり



「ルヴィア、そろそろ行こう」
「・・・柘榴」
「ん?」





「私は大丈夫だから」





「そうだね」



墓のない貴女の為にレクイエムを奏でよう
小高い丘の上、空に届くよう高く遠く



「行こう」
「持つよ」
「大丈夫」



遺された楽器。遺された騎士
【Silver Rose】とくくるには全てが大きすぎる



「でもね、ヴィヴィアン」



絶望が最果てだとは思えない



「私が生きるから」



それに私達は這い上がれる



「だから――」



いつも、いつでも
 痛みはなかった



 感じるのは抜き取られる命の水に名残惜しさを感じさせないほどの快楽
 与えられるそれに身を任せていればすぐに何も分からなくなった
 何も分からなくなって・・そして唐突に理解する



 彼女は人ではないのだ。と



 戯言でもなんでもなく彼女の言葉は全てが真実
 故にその別れの言葉すら真実なのだろう。彼女はきっと己の理[コトワリ]を曲げる事はしない



「ぁ」



 僕に別れの言葉すら許さず君はいなくなる
 現れたときの様に唐突に、幻の様に消えてしまう



 さようなら、僕のとても愛しい人
 さようなら、どんなに希っても手の届かない人でない人
 さようなら、きっと僕はもう君以外愛せない
 さようなら、君は全てにおいて公平だった



 だから僕の下には残ってくれないのだろう



 さようなら、僕は決して君の事忘れはしない
「ッ――」

 滴る鮮血に顔を顰め傷ついた腕を見下ろした。
 溢れ出る血は止まらない。止める事が出来ない。

「大丈夫?」

 慌てるでもなく近付いてきた柘榴はそっとルヴィアの腕を取り、そこに刺さった硝子の欠片をつまみ出した。

「深いね」
「クラクラする・・」

 粘り気のない血が床に落ち血溜りを作る。
 気だるそうに目を閉じたルヴィアを抱き上げ柘榴は手近なソファーに移動した。

「・・・」

 血が点々と跡を作り移動した痕跡を刻む。
 もったいない。そう呟いたルヴィアを上目遣いに見上げ柘榴はそっと傷口に口付けた。
 ゆっくりとなぞるように舐め上げその血で喉を潤す。
 何度も何度も同じ動作を繰り返し、目を閉じたルヴィアの頬を軽く叩いた。

「塞いで」
「ん・・」

 じわじわと傷口が小さくなっていく事を確認してから周囲の血を拭う。
 左目だけを薄っすらと開たルヴィアは柘榴の上着を掴んだ。

「クラクラする・・」
「大丈夫?」

 血濡れた手を頬に添える事はせず柘榴はソファーの下に腰を下ろす。
 視界の外で繋がれた手に安堵した。

「ごめんね?」
「もういいの?」
「もう我慢できない」

 背後から首に手を回しするりとソファーを滑り降りる。
 目の前に来た首筋にルヴィアは躊躇わず喰らいついた。

 ――苦しいの

 横抱きにした体を抱きしめる腕に力をこめる。それは柘榴だけに許された特権。

 ――何が?
 ――わからない

 稀に体が柘榴の血ですら拒絶する。
 周囲の気配に疎くなり、身体能力は落ち、まるで・・

 ――でももう大丈夫
 ――そう

 まるで人間にでもなった気分。
 血濡れた唇で柘榴に口付けルヴィアはまた短い眠りに落ちた。

「おやすみ、ルヴィア」
 両手に抱えた薔薇が枯れていく様を無感動に見つめルヴィアはただ立ち尽くす。

「足り・・ない」

 一抱えの薔薇程度で満たされるはずもなかった。

「ヴィヴィアン・・」

 今まで口にしたどんな血よりも甘いその血が、
 今まで口にしたどんな血よりも赤いその血が、
 私を蝕んで止まない。飢餓を加速させ体の中で暴れまわる。

 ――ルヴィア

「ざ、くろ・・」

 砕けた膝を支えるよう腰に腕が回った。
 そのまま軽々と抱き上げられ、ルヴィアは顔を上げる。

 ――つらい?
 ――これ以上辛い事なんてあるはずもないのにね
「愛してる愛してる愛してる愛してる」
「ルヴィア・・?」
「柘榴」

 薔薇の民薔薇の民異なった生き物
 私は誰? ここはどこ? 何故私達はここにいる?

「愛してる愛してる愛してる。誰に告白してるんだい?」
「ヴィヴィアンによ」
「残念」

 Silver Roseを失って

「どうして?」
「わかってるだろ?」

 羽ばたく羽を手放して

「分からないよ」

 自ら地に足を付けた

「・・・」
「呼んでる」

 愛しい人
 愛しい愛しい薔薇の姫

「行くの?」
「だって呼んでるもの」

 私達のお姫様

「そう」

 大切な人

「柘榴も来る?」

 今は誰よりも何よりも

「行かないよ」

 例えば――

「そう」

 俺達よりも?

「また後で」
「また後で」

 残酷な残酷な俺達の主。薔薇の民を統べる人
 俺達はただその意思に従う、従うと誓う

「――人は短命だ」

 いつまでもどこまでも

「そういうことルヴィアの前で言うなよ?」
「お前とは違う」

 共に堕ちる事ができるのは俺達だけ

「そうだな」

 今までだってそうだったんだから
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