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小噺専用
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 高らかに響くバイオリンの音色。
 聞きなれた狂詩曲は何の躊躇いもなく胸の中に落ちてくる。

「どうして・・」

 夢の中には誰もいない。
 名前を呼んでも答えない。
 世界はどこまでも続く漆黒。
 私は独り。

「どうしてっ」

 エトランゼ。異邦人。それはだれ?

「私は――」

 響く音色が心を震わす。
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「どういうこと?」

 それだけで人を射殺せそうなほど鋭い視線を目の前の男へと向け、ルヴィアは両手に持っていた短剣を鞘に戻した。

「私を管理するつもり?」
「お前ではなくお前たちを、だ」

 向けれられた銃を一瞥する。

「そんなもので?」
「ああ」
「・・・」

 銃口を突きつけられたのは一人の女。
 ルヴィアは今度こそはっきりと嘲笑した。

「柘榴、紫苑」

 そしてゆっくりと短剣を抜く。

「手は出さないで」

 皆殺しだ。と、呟く声が風に乗って届いた。
「紫苑! ルヴィアはどこ行ったの!?」
「落ち着け」
「このホテルで合流するって言った!」
「落ち着け、琥珀。お前なら分かるだろ」
「っ・・」
「ルヴィアはお前を見捨てたりしない。そうするつもりなら俺はここにいない」
「でもっ・・」
「ルヴィアがお前の前から完全に姿を消すのはお前を殺すときだ。彼女の約束を信じろ」
「帰って・・来るの?」
「多分な。俺が合流するときはお前を連れて行く。それでいいだろ」
「・・・・・わかった」
「オ・ルヴォワール、SAYA」

 開け放った窓から片足を投げ出しルヴィアは小さく呟いた。
 誰が悪いのかなんて知らない。あえて言うのなら正しい人間なんていない。

「私達も行きましょうか、柘榴」

 声をかけたまま返事も待たず屋外へと姿を消したルヴィアの後を追い、柘榴は放置された刀を視界に捕らえる。

「脆いわね」

 まるで彼女の心のように。

 ――紫苑は?
 ――琥珀を一人にしたくないの
 ――あっそ

 降りしきる雪が足跡を消す。
 ともすれば呑み込まれそうになる白さに柘榴は背後からルヴィアを抱きしめた。

 ――どこに行くの?
 ――さぁ?

 オ・ルヴォワール。愚かで浅はかな【赤い盾】。
 小さな笑い声は全て雪が呑み込んだ。
「彼女、ルヴィアにだけは敬語を使うのね」

 どうしてかしら。呟くジュリアを一瞥しデヴィットは窓の外に視線を戻す。

「琥珀か」

 車もまばらな道路を飾り気のないバイクが走り去って行った。

「そう。赤い盾最年少実動員、琥珀。・・沖縄に来てからずっと一緒だったけど、あんな彼女始めて見るわ」
「それだけ特別だという事だろう」

 任務に支障がなければ問題ない。

「けど、Bloody Eyeは危険よ」
「琥珀がいる」
「彼女が裏切らないとでも?」



「お前達が心配する様なことじゃないだろ」



 いつの間にか部屋の扉は半開きになっていた。
 扉の枠に寄りかかるようにして立っていた柘榴は剣呑な光を帯びた目を細め、二人を睥睨する。

「ルヴィアの約束が信じられないのなら今すぐ琥珀を殺せばいい。何故琥珀が必要なのかは聞いてるんだろ? 赤い盾のエージェント」
「だからこうして作戦にも参加させている」
「精々ルヴィアの逆鱗に触れない事だな、ルヴィアがその気になれば、あの――」
「柘榴」

 二人目の来訪者。
 紫苑は柘榴の言葉を遮るようにその名を呼び姿を現した。

「ルヴィアに言われただろう」
「?赤い盾に構うな?? 俺はルヴィアの言葉よりも安全を優先する。解ってるだろ?」

 凍てついた視線を向けられて尚表情一つ変えず、紫苑は一拍置いて柘榴に背を向ける。
 そのまま音もなく歩き出し、室内の二人には聞こえない程度の声で呟いた。

「奴等がルヴィアに何か出来るとでも思っているのか」

 紡がれた言葉に柘榴は酷くおかしそうに肩を揺らす。
 傷一つでも嫌なのさ。

「過ちを繰り返すなよ? 赤い盾」

 彼女の鮮血が流れたときは、楽に死なせてなどやりはしない。
 室内に視線を戻す事無く扉を閉じ、柘榴は忌々しげに吐き捨てた。

「そうさ、楽に死なせる訳がない」

 例え誰であろうと八つ裂きにしてやる。
「柘榴、頭が痛い」
「二日酔い」
「いたいの」

 起き上がることもままならないルヴィアの腕がベッドの上から投げ出される
 カーテンを引き、柘榴は仕方なさそうに肩を竦めた

「大丈夫?」
「ぅー・・」

 シーツに埋もれたままルヴィアは首を振る
 広がった髪の隙間から覗くルビーレッドの義眼に手を伸ばし、柘榴はルヴィアに覆いかぶさった

「ほら、こっち向いて」
「・・・」

 薄く開いた唇から覗く牙を首筋に誘い血をわける
 与えすぎないようタイミングをはかり、少しして柘榴はルヴィアの体を押し返した

「頭は?」
「・・大丈夫」

 唇の端から零れ落ちる血を拭ってやり体を起こす
 それにあわせルヴィアも起き上がり、少し重そうに頭を振った

「ありがとう」
「どういたしまして」

 気だるそうに壁に寄りかかり窓の外を見遣る

「紫苑も吸う?」
「何を?」


 ――わかってるくせに


 ベッドを離れない柘榴の首に手を伸ばしルヴィアは笑った

「今度は俺の血に酔った?」
「翼手の血とは違う。この血は私を苦しめない」
「苦しむと解っていて尚口にする理由は?」
「苦しみを忘れない為に」
「不毛だね」
「そんな事言ったら生きていけない」


「柘榴、来て」


 アステリズムの現われたルビーレッドの義眼が全てを捕らえて離さない
 誘われるままルヴィアの首筋に顔を埋め、柘榴は牙をつきたてた

「んっ・・」

 甘く甘い。どこまでもどこまでも

「ざ、くろ・・」
「ん?」

 深くクラク溺れていく
「っ」

 バラバラ バラバラ

「どうして・・」

 バラバラと、その音が聞こえる。

「・・・」

 月に憧れた獣の咆哮が途絶えた。
 ルヴィアはつい数秒前までその声が轟いていた建物を遠目に見やり、近付いてくるヘリの音に耳を澄ます。

「ルヴィア」
「違う。啼き止んだんじゃない、途切れたのよ」

 頭を抱えルヴィアは蹲った。
 バラバラとヘリの羽音が近付き煩さを増す。

「死んだのよ。だって――」

 うわ言の様に虚ろな瞳で呟くルヴィアを抱え上げ、柘榴は紫苑に視線を投げた。
 小さく頷き紫苑は地を蹴る。

「血の匂いがするもの」
「ルヴィア」

 耳元で囁かれルヴィアは視線を上げた。
 柘榴はゆっくりと首に手を回すよう促し、ルヴィアを抱えなおすと紫苑を追う様に自らも地を蹴る。

「ハンターがいるのよ。いいえ、殺戮者が」

 遠い過去で嗅いだ事のある鮮血の香。

「?殺す者??殺すことのできる者?」
「ルヴィア、黙って」
「また来るわ。今度は打ち砕きに」

 全てを見下ろす月が目に付いた。
 バラバラと聴覚を侵すヘリの音。鮮血の香。轟いては途切れる獣の咆哮。

「柘榴、紫苑っ」
「大丈夫。ここにいるよ」

 無人の建物に入り込み柘榴はルヴィアを抱く腕に力を込めた。
 一足先に二人を待ち受けていた紫苑が奥への扉を開け、ルヴィアの世界に漆黒が落ちる。

「柘榴?」
「おやすみ、ルヴィア。ここなら何もルヴィアを苦しめない」

 分厚い壁は月光を遮り、ヘリの羽音を遠ざけた。
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